第24話
夜になって、俺達はそれぞれ示し合わせていた時間に学生寮を抜け出し、闘技場までやって来た。
実習用の広場とは違い、学生同士が届を出した上での決闘や、大会なんかに用いられるのが闘技場で、古のコロシアムのように観客が三百六十度から観戦できる造りになっている。
昼間の内にカレンから親父さんに使用許可は取ってくれるという話になっているので、黙って使用するわけではない。学院長令嬢という立場はこう考えるとありがたいな。
ちなみに、学生寮に門限等の禁則事項は特に無い。本人が望むなら校庭での夜間訓練も自由だし、街に繰り出して遊ぶのも自由で、そこら辺は個々の自主性に任されているとか。
……カレンよ、こんな環境で貴族の女は結婚するまで純潔を保てと言うのは無理があり過ぎるとは思わなかったのか、とツッコミたいが、止めておこう。
「さて……」
お互いに学生服を身に纏い、闘技場で距離を取って向かい合う。
魔法学院の制服は最低限の対魔力コーティングが施されているので、下手な冒険者の装備よりはよっぽど頑丈な造りになっており、あえて他の装備をする必要は特に無い。
「最初に言っておくが、俺にあんたを殺すつもりは当然無い。本気で叩き潰してはやるが、真に殺意をもって襲ってくる敵に対して最後まであんたが抗えるかはまた別の話だ。しかし、多少は本物の実戦に対する心構えにはなるだろう。その程度のつもりでいる事をお勧めする」
「あなたこそ、あたしだってこれまで何の努力もして来なかったわけじゃないんだから、勝てるなんて自惚れていると、痛い目を見ても知らないわよ」
「まあ、精々頑張ってみる事だな」
自信を持つだけの魔法の実力があるのは理解するが、かちんっと切れた様子を隠しきれていない。そうなるように挑発したんだから当然だがな。本心であるのも嘘ではなかったが。
「俺の身の安全なんて考えず、いっそ殺すつもりで最初から全力で来る事をお勧めするぞ」
「言った以上、どうなっても知らないわよ!」
瞬間、カレンの魔力の高まりを感じる。
「ヘル・フレア!」
なるほど、『熟練度』はやはり大したものだ。
カレンの手から放たれた炎は、俺の周囲を埋め尽くさんとする。
がしかし……
「なっ……」
パチンっと俺が指を弾くと、その炎の魔法はまるで幻だったのかと疑うように消え去った。
「言ってなかったな。俺に対して火属性の魔法は基本的に一切通用しないぞ」
唖然とした表情を見る限り、俺が何をしたのか理解できないのだろう。昼間の実習の時の事を思い出せば想像はつきそうなものだが、不慣れな実戦形式の立ち合いで頭が一杯な今、そこまで思考を巡らせていられる余裕は無いのだろうな。
「くっ、なら! サンダー・ストーム!」
次は雷属性か。
しかし、俺が左手を自分の肩の辺りに構え、右から左へさっと流すと、俺の目の前に透明な膜のような物が現れた事はカレンからも目に出来ただろう。その透明の膜が壁のように雷撃の前に立ち塞がり、全て遮ってしまった。
その光景を見て言葉も無い様子のカレンへ、俺は誘うように左手を差し出す。
「雷属性もお勧めはしない。無属性……じゃない、光の属性が使えるんだろう? 俺を倒したければそれで攻撃してくる事をお勧めしよう」
「言われなくても!」
と、魔力を集中するカレンを見て、俺は動き出す。
一瞬で距離を詰められたカレンの驚愕を張り付けた横顔を見ながら、俺は彼女の耳元で囁くように話しかける。
「しかし、光属性を迂闊に使用するのも、実はあまりお勧めできない」
「がはっ」
全身を緊張感で硬直させながら俺のアドバイスを黙って聞いているしか無かったカレンが正気を取り戻す前に、彼女の腹部に向けて、俺は拳を叩き込んだ。
途端に苦悶で地面に崩れ落ち、腹を押さえながら咳き込むカレンの目には涙が浮かんでいる。
「確かに光の属性は攻撃力において速度、威力、また特に目立つ弱点も無いという幾つかの点において極めて優秀な属性だが、その分、十全な威力を出す場合には相応のチャージが必要になるため、単体戦においては隙が大きくなりすぎる。エレメンタリスト相手でも他の属性に展開速度の差で撃ち負ける恐れが高く、同レベル以上のマジックウォーリアーなら相当距離を稼いでからでないとこうして距離を詰められてしまう。前衛または援護の存在もなく迂闊に使用するのはあまりお勧めしない」
俺は冷静な目でカレンを見下ろしながら、それ以上の追撃はしなかった。いずれはするようになるかもしれないが、初心者の彼女に対していきなり『それ』を要求する程、俺は鬼畜ではないし、すぐにでも『それ』を身に着けてもらわなければならない程、特に状況が差し迫っているわけでもないからな。
「分類上、アークナイトのあんたの場合、自ら動きながら魔法を構築できるようになればソロでも俺に光属性を叩き込めるだろうが、魔法の使用で集中力がいっぱいいっぱいな現状では、あんたにソロで俺を倒す手段は無い。大威力を実現する事ばかり考えていた今までの鍛錬の方向性が全く間違っていたとは言わないが、ソロを前提にしているなら話は別だ」
俺が話している最中に呼吸が落ち着いてきた様子のカレンだったが、姿は地面に手を突き項垂れたまま変えようとはせず、口を開く。
「……原作じゃ、カレン・ファルネシアは三属性の強力な魔法を自在に操って、ソロでも序盤は主人公も寄せ付けない実力を示していたのに、なぜここまで差が出るの……?」
「単純に、火属性と雷属性を無効化するような相手が居なかったせいじゃないか?」
それか、より単純な理由として俺が強すぎるだけかだな。自惚れた発言と思われても仕方ないので、黙っておこう。
「それだけとは到底思えないわ……」
原作を知らない俺には流石に何とも言えない。相手が相応に格下だったか、さもなければ細かな描写が無かっただけで、今のカレンとは成長の方向性に違いがあり、同レベル以上の相手であっても余裕で魔法を叩き込める集中力を持っていたとかじゃないか?
「もっと威力を絞った光属性で俺を上手くけん制するしかないだろうな、現状のあんたに俺を倒せる可能性が僅かでもあるとしたら。で、どうだった?」
「……攻撃されるって、本当に怖いし、痛いって事は理解できたわ」
俺の漠然とした質問に対するカレンの答えは、俺を満足させるだけの物だった。まずはそこを理解してもらわなければ始まらないからな。
「まだやるか? 諦めてもいいぞ。原作なんぞ忘れて、平穏に生きるのも一つの道だ。本当に世界の滅亡が懸かっているかなんて証明されているわけじゃないんだからな」
「いいえ、やるわ。この世界に生まれ変わって16年近く、ずっと魔法使いとして生きて行く事を夢見て頑張ってきたのに、こんな簡単に諦めたくなんてない……っ」
ぐっと瞳に力を込めながら立ち上がるカレンに、ファンタジーに憧れる気持ちも馬鹿には出来ないもんだなと俺は感心した。
その後、カレンの使用できる魔法で俺にまともに通用する物は無いと理解した俺達は、あえて近接戦だけで模擬戦を行った。俺が攻撃し、カレンは避けるか防御する事に重点を置いて、とにかく近接戦と、それに伴う痛みに慣れる事を優先しての事だ。
同時に、近接戦を行いながら魔法の使用も出来るならやって構わないという決まりで訓練を続けていたが、現状ではそれが出来るようになるのは当分先のようだった。
首より上に攻撃したら一撃で意識を失ってしまうだろうし、それでは訓練の趣旨を外れてしまうので、俺は先程のように腹部を殴る、蹴るを主に、または足を払うくらいしかしなかったものの、その度にカレンは痛みによってうずくまり、時には地面を転がり回ったりしたが、落ち着いたら自ら立ち上がる事を最後まで厭わなかった。
大した根性だと俺も感心しながら、何度目かも忘れる回数を叩きのめしたその時だ。
「何をやっているんだー!」
声変わりはしているものの、幼さの抜けきらない少年の、怒りに満ちた声がコロシアムの中に響き渡った。
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