第23話

 忠告しに来てくれたエミリアが立ち去ったのを見届け、貴族クラスに戻ろうとしたが、カレンがそれを止めてくる。


「ちょっと待って。確認しておくけど、あなたきっと、神様転生って理解していないでしょう?」


「転生して神のような超越存在になるって意味かと解釈したが。俺の魔法が理解できなければ、そう思われる可能性もあるかな、と」


「全然違うわよ。いえ、満更違うってわけでもないかも知れないけど、神様転生っていうのは、神様に実際に面会して、異世界に転生させてもらう現象の総称を指して言うの」


 その際には大抵、神様から直接、何らかの特別な力を授かるのが定番で、それを指してチートと呼び、おそらく俺は、神様転生してチートを貰った特別かつズルい奴であるとあの連中から認識されている可能性が高いと、カレンは顔をしかめながら言った。


「なるほど。そうなると、この先の展開も想像できるな」


 神として恐れられているなら迂闊に手を出しては来ないだろうし、カレンの話を聞くまでは問題無いだろうと思っていたのだが、そういう事なら、あの自己顕示欲と承認欲求の塊としか思えない連中が、俺の存在をいつまでも黙ったまま指を咥えて眺めていられるとは到底思えない。


 カレンの方も、どうやらそう判断したらしいな。


「気を付けてね」


「まあ、あの程度の二人ならどうとでもなる。気にしないでいい」


「ドレッドはともかく、アッシュも?」


 少し驚いた様子で確認してくるカレン。


「人一人を始末するのにあんな大出力など別に必要無い」


「さらっと怖い事を口にするの、本当に……」


 早くも既にお約束と化しているセリフを言おうとしたらしいカレンだったが、その途中でいえ、と小さく否定の言葉を呟いて、どんよりと澱んだ眼差しで更に口を開く。


「もう殺っちゃおうかしらね。色々と面倒くさくなって来たわ。あの時に何も言わずに頷いておくべきだったわね」


「おぉ……」


 流石に俺も、カレンの様子に若干引いてしまった。


「本当にお望みなら俺がやってやるが」


「嘘よ。冗談。流石にそこまで思い切れないわ」


 カレンは瞳に光を取り戻し、大きく溜息をしながら、力なく項垂れた様子で首を横に振った。


 教室へ歩みながら、俺達は会話を交わす。


「エミリアは大変そうだな」


「苦労するでしょうね。ドレッドもアッシュも、二人とも自分が選ばれし主人公だって本気で信じて疑ってなさそうですし。まあ、あたしも思わないわけじゃなかったから、あまり声高に責められたものじゃないわね」


「今は違うのか?」


「あなたみたいな正真正銘のチート野郎が居るのに、いつまでも自惚れたままでなんていられないわよ」


「あんたまでチート呼ばわりか? 別にズルしてるわけじゃないだろう」


「チートよチート。何よ化学式変換って、意味が分からないわ」


 意味が分からないからチートは流石に酷いと思うぞ。


 カレンのジト目は無視して話を元に戻す。


「しかし、確かにエミリアにしろ、あんたにしろ、そうそうお目に掛かれない美女美少女だと思うが、別に女なんて幾らでも居るだろうに、どうしてそこまで頑なにこだわるかね、あのドレッドは」


 あれだけのマジックウォーリアーなら金には困らないだろう。金で靡いてくれる美人を捕まえた方が早いと思うんだがな。アッシュにしても同じ事が言える。心底惚れたというなら仕方ないのだろうが……そんなすぐ、争う程に惚れられるものなのか? 


 俺には分からんが、エミリアにはそんな魔性とも言える程の魅力でも有るのだろうか? 確かに最上級に可愛らしい娘だとは俺も思わないでもないが……俺の場合、エミリアを見て可愛いと思うのは、小動物を見て可愛いと感じる気持ちと変わらないな。まあ、そこは個々人の趣味嗜好の問題だろうが。


 一人の女の好意を巡ってアピール合戦するだけなら問題無いが、少なくともドレッドの気質で、いつまでも邪魔者を許容できる我慢強さは期待できないだろう。その時にあの自己顕示欲の塊アッシュが、黙って引くとも到底思えない。


 互いの実力が明確に違えば逆に命まで落とす事にもならないだろうが、タイプが違えどあの二人の実力は同程度だろう。伯仲した実力じゃ、片方が自ら矛を収めない限り、生半可な決着はありえない。あの二人の魔力量をもって本気で争うなら、十中八九どちらかは死ぬぞ。それを許容してまでヒロインだからと欲しいものか? まあ、同じ転生者って立場でお互いに譲るのが癪ってだけかもしれんが。


 別に世界一の美女というわけでもなかろうに。そもそも、そんなのは一定以上の美貌になったら、あとは見る側個々人の主観による。ミスコンの優勝者が顔の造作だけで決まるものじゃないからな。


 よっぽど心底から惚れているならまだ分かるが、少なくともドレッドの場合、あれはどう考えても、自分に相応しい女を侍らせたいって欲求からきてるだろ。トロフィーワイフ的な。


 それか、自分が負けて、あまつさせ命を落とす事になるなんて考えてすらいないのかも知れないな。アッシュはまだ良く分からんが、ドレッドに関しては現実と創作物の境界線が曖昧になっているような雰囲気だったし。


「そのヒロインがどういう男性が好きなのか、どういう状況なら好きになってくれるのか、あらかじめ知っているんだから、その攻略本通りにすれば簡単に好意が買えると思っているんじゃないかしらね。ハーレムを許容してくれる女だって事も既に知れてるわけだし、それも理由としては大きそうな気がするわ」


「やはりそんなところか……」


 カレンの言う通りだろう、少なくともドレッドに関してはな。


 しかし、その状況を再現するだけで、果たして惚れてくれるものか? 


「原作でエミリアが惚れたのは主人公だろ? あのアークとか言う。雰囲気からして全然違うじゃないか。今のところ見る限り、極めて善良で好ましい少年にしか見えないがね」


「性格は良いわよ、女性に関しては優柔不断なだけで。そこ以外は純粋で正義感の強い王道的主人公気質であるのは間違いないわ」


「転生者の可能性は無さそう、という事だな?」


「そうね、多分だけど」


 原作の俺から助けられたのはあくまでも好意を抱く切っ掛けでしかなく、アークの人柄と付き合っている内に好意が深まったと考えた方が良さそうな気がするんだがな、俺は。


 それとも、原作では助けた次の瞬間には、エミリア自ら股を開いてくれる程の好意を抱いてくれたような描写でもあったのか? 俺のナンパには簡単に引っ掛かってこそいたが、そんなチョロい娘にも思えないんだがな。ちなみにエミリアに関しては、先程の会話のおかげで、転生者の可能性は限りなくゼロと俺の中では決まったし、原作の本人だろう。中身がよっぽどの演技達者な転生者なら話は別だが。


 さり気なくずっとアークには意識を置いておいたが、ドレッドとアッシュの喧嘩を仲裁したり、俺が笑われているのを真剣に止めようとしたり、ずいぶんとお人好しな事だと嫌味ではなく感心したぞ、俺は。


 他人を下に見て嘲笑い、自分の優位を示せていないと気が済まないドレッド、そしてアッシュもこの点に関しては似たようなものの様子だし、そんな相手にエミリアが惚れるとはどうしても思えない。


 ……他者の、特に敵になりかねない相手の思考形態を把握しようとする俺の悪い癖が出ているな。


 そんな風に思考に浸っている一方で、カレンは話を続けている。


「アークまで転生者だったらどうしようかと思ってたけど、どうやらそれはなさそうだし……いえ、その方が手っ取り早かったのかしら?」


「なぜだ?」


「原作を把握しているなら、勝手に事件を解決してくれるでしょう?」


「どうかな。原作のシナリオをクリア出来るだけの力をあらかじめ得ていて、圧倒的な実力差で一方的に嬲れるならともかく、命の危険すらある死闘になるようなら、あまり期待は出来ない気がする。それはドレッドもアッシュもだ」


「どうしてかしら?」


 俺は足を止めてカレンを見つめる。一歩先でそれに気付いて振り向いた彼女に、俺は少しだけ脅しを兼ねて、声を低めて言う。


「骨を砕かれ、血反吐を吐き、それでも最後まで諦めずに抵抗できる強靭な意思は、生まれ持てる物ではなく、環境によってしか培われない」


 カレンはごくりと息を呑む。


「だから何であなたってば、そうも怖い事を平然と口にできるのよ……」


「だが、事実だ。こればかりは生活環境を始めとする本人の経験によって後天的に身に付くものでしかないが、現代の一般的な日本人に求めて良いものじゃないだろう。だから、この点に関してだけは、正直に本音を言えば、あんた自身にも懸念している」


「それは……」


 言い淀むカレンに、俺は今思いついた内容を提案する。


「一度俺と本気で模擬戦してみるか?」


「え?」


「回復属性も俺は使える。というか、個人的には攻撃なんぞよりもよっぽど有用だと考えるから、得意な方だと言っていい」


 もちろん偶然ではない。真っ先に回復属性をある程度上達させ、回復魔法頼りで後先考えずにひたすら殺し合いに近い訓練を幼い頃から繰り返してきたのだ。名家に縛られた生活なんて二度としたくなかったから、廃嫡されてなくても、元々どこかのタイミングで死んだ事にでもして家を抜けようと考えていたからな。


 相手だった騎士達はドン引きしていたが、当時は嫡男だった俺の指示に逆らえる訳もなく、無理やり付き合わせた。後半はあいつらの治療ばかりだったがな、回復魔法の使い道。少し悪かったかなと思っているが、彼らの実力も上がっていたので、差し引きトントンだろう。うむ、間違いない……きっと、おそらく……彼らもそう思ってくれているはずだ、と信じたい。家を出る際にお礼がてら挨拶した時に目にした、彼らの喜びに満ち溢れた顔は、きっと俺の自由への門出と未来の幸福を祈ってくれてのものだと、俺は信じている。


 おかげで回復属性が実は二番目に『熟練度』が高いんだよな。ちなみに一番得意な属性は水だ。使い勝手が良すぎるんだよ。『基礎熟練度』は水と火と光が同等のレベルで一番高かったけど、火と光は個人的には使い勝手が悪すぎるから、ほぼ基礎熟練度のままだ。カレン曰く、原作の俺は水魔法を全然使わなかったらしいが、水属性の本質を理解せずに攻撃手段として使おうとしたら、やたらと消費魔力量が上がるからな、無理もない。


「本気で叩きのめしてやるが、痣の一つも残さないと約束しよう」


 カレンは徐々に目を見張っていき、きゅっと目に力を込める。


「お願い……できるかしら?」


「ああ」


「あなたは女でも本気で殴れるのかしら?」


「確かに気は進まないが、そこを躊躇してあんたに死なれる方が困る。心を鬼にしよう」


「お願いするわ。でもそう考えると、アークが原作通りだったのは、やっぱり幸いかもね。エミリアと上手く行ってほしいけど、ドレッドとアッシュがなぁ……」


「アークに惚れる女が、ドレッドやアッシュに惚れるとは到底思えないがな」


「顔と実力でそこを帳消しにできると考えているんじゃないかしら? あとは原作でエミリアが落ちるためのフラグだけ建てていけば自動的に恋人に出来るって具合に。原作のあたしのフラグは『相棒として頼れる男』と証明する事だから、さっきのドレッドもわざわざアピールしてきたんでしょ」


「アッシュがしなかったのはどうしてだろうな」


「あなた、分かっていて聞いてるでしょ?」


 という唇を緩めながらのカレンの言葉に、俺も無言で微笑した。


「単純にあたしが好みじゃないのか、さもなければ原作知識は無いんじゃないかしら、あなたと同じで」


「その後者の可能性が高いと俺は考える。接点が無いあんたにはこだわらず、エミリアにこだわってるのも、むしろ原作を知らないからこそ、あの顔と実力で落ちない訳がないと自惚れていると考えた方が納得もし易い」


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