第22話 SIDEエミリア

 簡易実技試験で平民クラスの最後になった生徒のアッシュ君がとんでもない事をやらかしてくれた。ちなみにサポート系特化の私は試験自体を免除されている。


 本人は自分のやらかした事がよく分かっていない風を装ってたんだけど、直後に自分の魔法を見てどうだったかと、自慢げな様子を隠し切れない顔で私に聞いてきたのはどういう事だろう?


 今朝、平民クラスに行った途端に、ドレッド君と一緒になって……じゃないか、争うようにして私にぐいぐいと話し掛けきて、その度にあわや喧嘩になりそうなやり取りばかりしている、よく分からない人がアッシュ君。


 私に気があるのは確かなようだけど、この人もドレッド君と同じで、あまり好ましい感じがしないから、正直私は苦手だ。顔は良いけど、私を見ながらも私を見ている気がしない感じが、悪いけど本当に気色悪い。


 この二人が私にばかり話し掛けて来て、他の生徒に私が話し掛けようとするたびに邪魔してくるせいで、他の友達が全然作れなくて困ってしまっている。二人ともやたらと顔だけは良いせいだからだろうけど、早くも他の女子生徒の反感を買っちゃっているようだし、もう本当に泣きたいよ。


「二人とも仲良くしようよ!」


 と、ドレッド君とアッシュ君が喧嘩になりそうになるたびに仲裁に入るのはアーク君と言って、顔立ちは二人には到底及ばないけど、二人みたいに気色悪い感じは殆ど無いので、私にとっては凄く付き合い易い男の子だ。二人が鬱陶しく絡んでくるばかりなので、まだお互いに挨拶と自己紹介をしたくらいで、まともに会話を交わしてすらいないけどね。


 頑張ってアーク君! その二人に負けないで!


 と心の中で応援する私だけど、ドレッド君が怖すぎて、下手に拒絶するような言葉を投げ掛ける勇気は残念ながら私には無いので、アーク君には本当に頑張ってほしい。アッシュ君も怖い人だって事が理解できたし、本当に頑張って頂きたい。いつか何かでお礼するから。


 そうこうしていると、半ば崩壊した広場の反対側を試験場にして再開すると言うので、次の貴族クラスの生徒の番になり、最初に出て来たのは昨日ナンパされて、その後色々とあって、結局何だかよく分からない内に有耶無耶になっていた相手の男の人だった。


 試験官にロック・メリスターと呼ばれている光景が目にできる。


「リンドロック・メイスターじゃねーのか……?」


 ドレッド君が何か呟いていたけど、現状、私にとっては学院に居る男の人の中で一番興味深い人物の登場に、その実力はどんなものかと気にならざるを得ないでいる私の意識には入ってこなかった。


 何でナンパして来た男の人なのに、ドレッド君達のように嫌悪感的な感情を私が抱いていないのかは簡単な話だよ――あの人、私をエッチな事をしたい対象として考えてなかったのが何となく分かってしまったから。全く一切、これっぽっちも無いってわけでもなかったけど、他の男の人なら普通に私へ抱いてくるよりも遥かに小さなものだったのは確かだ。ドレッド君達に関しては逆に普通の人の何倍も感じられて、二人きりになったら何をされるか分からないレベルだから、絶対にそうならないように気を付けよう。アッシュ君の方はまだマシだけど、ドレッド君は本当に無理。


 エッチな事には興味あるけど、それだけが目当てって分かっちゃう男性って気持ち悪く感じちゃって無理なのよね、自分でも難儀な事だと思うけど。そういう意味ではアーク君なら受け入れられると思う。今のところは特にそういう感情も無いけど。


 ならどうしてロックさんはナンパして来たのかって話だけど、金髪の女性と妙なやり取りをしていたので、たぶん本人の意思じゃなかったんじゃないかな。それはそれでどうなの? って気はしないでもないけど、二人とも悪意は感じなかった、と言うか、むしろ私に対しては好意的な雰囲気すらあったので、何か事情があったのだろうと私は考えている。


 どうも私って昔から、普通の人よりも、そういう他人の感情に敏感らしいのよね。エッチな欲望とかは特に。それが普通だと思っていたので、年頃になるまで自分が変だとは気付かなかったけど。


 ロックさんは何ていうか、とても同い年とは思えないので『君』って呼ぶには凄く抵抗感があるし、ロックさん……って、貴族様だからメリスター氏? それともご領主様ご一家と同じでロック様でいいのかな? 爵位自体はまだ無いはずだから、メリスター卿ってわけじゃないだろうし、同級生としてお呼びするならどれが適切なんだろう?


 まあいいや。ひとまず今はロックさんと呼ぶ事にしよう。


 ロックさんが魔法を失敗した途端に、ドレッド君とアッシュ君は真っ先にゲラゲラと笑い出したので、私は尚更、二人の事が不快になった。誰が相手だろうと、他人の失敗を嘲笑うような行為なんて私は好きになれないな。


「笑ったら失礼だよ、二人とも」


 真面目な顔で注意しているアーク君は本当に良い人よね。この人なら好きになれそう。別に恋愛的な意味じゃないけど、少なくとも今のところはね。ドレッド君とアッシュ君は言っちゃえば論外。


 けれども、すぐに二人が笑っていられるような事態ではなくなった。


「うわぁ、凄い! 何したんだろうね! 全然分からないや!」


 純粋に驚いて、更には称賛まで出来るアーク君は凄いと思った。私だって他の人達がみんな黙り込んでしまっている理由くらい察せるというのに。


 けど、実力の差が明らかなのに、ドレッド君を痛めつけようとは最後までしなかったロックさんなら、それを無暗に使ったりしないだろうと思えたので、周囲の人達とは違って、脅えるまではいかなかったけどね、私の場合。


「な、何をしたんだ、彼は……?」


「くそっ、未来予知だけじゃなく、あんなチートまで持ってやがるのかよ……」


「未来予知? どういう事だい?」


「お前も転生者だろ? なら分かるだろ。俺様達と違って、あいつ神様転生か何かの転生特典でチート貰ってやがるんだよ」


「何だって!? しかしなぜキミがそれを知ってる?」


「あん? だってあんな力、原作には」


「原作? キミは何か知っているんだな?」


「あ、いや……」


 二人の会話の意味は全然理解できなかったけど、ロックさんに対する敵意をまるで隠そうとしていない二人に、私は少し心配になってしまった。


 なので、全ての生徒の試験が終わって教室に戻る前に、私はそっとクラスメイトの輪の中から抜け出して、ロックさん達に接触を図った。


「ロックさん、カレンさん」


 廊下の角に潜んで、二人が通りかかるのを待っていた私は、姿が見えた事で、小声で二人の名前を呼んだ。ちなみに、カレンさんも炎の魔法できっちり鉄人形を破壊していたのはお伝えしておくね。


 二人は私が手招きしている事に気付くと、一度お互いに顔を見合わせてから、こちらにやって来た。


「あ、すいません。どうお呼びしていいかまだ良く分かってなくって。失礼だったら改めます」


「好きに呼んでくれて構わないぞ」


「あたしも、あなたとは仲良くしたいと思っているから、名前でいいわよ」


「ありがとうございます!」


 間違いなく学院のカリスマとなるであろう二人にそう言って貰えて、凄く嬉しい気持ちが隠し切れなかった。


「あ、私はエミリアです」


「よろしく。それで?」


 ロックさんが、何の用だと質問してきたので、あの二人の様子がおかしいから気を付けるように伝えると、その対象である彼自身の方は特に気にした様子も無かったけど、カレンさんの方は頭が痛そうに眉間を指で摘まみながら顔を俯けた。


「あと、ロックさんの事を指して、神様がどうだとか、天性? がどうだとか言ってました」


 神様が天性ってどういう意味だろう? なんかイントネーションが違う気もしたのよね。そう言えばチートって何だろう? こっちは知らない言葉なのよね。もしかしたら天性じゃなくて、同音異義語なのかな。


 俯いたままふらっとし、今にも倒れそうになるカレンさんは、何とか直前で持ち直した様子で私に向き合う。


「分かったわ。知らせてくれてありがとう。何か困った事があれば言って頂戴、私に出来る事なら助けてあげるから」


「ドレッド君とアッシュ君に言い寄られて凄く困ってます」


 ありがたく正直に言ったら、カレンさんは思いっきり顔を引き攣らせた。


「言った側からでなんだけど、ごめんなさい、すぐに解決できる問題じゃないわね。いくらあたしが学院長の娘でも、何の理由も無く退学になんて出来ないし、平民の彼らをクラス移動させる先も無いから……」


 気まずそうに答えてくれたけど、私こそ言っておいてなんだけど、期待していたわけじゃない。もし可能ならラッキーだなってくらいには本気だったのも嘘じゃないけど。


 なので、特に落胆する事もなく、気にしないで下さいと言って、ひとまず会話も終わり、今日のところは解散となった。

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