第21話 SIDEカレン
あまりにも意味も原因も分からない現象を起こした魔法を見せつけたロックへとあたしは質問する。その際に、マクレガー先生を始めとする教師達が集まって、少し前までは鉄人形だったはずの砂山を調べながらあーだこーだと語り合っている光景を一瞬チラ見しながら。
「……本当に何をしたのかしら?」
「原子を弄った」
驚愕の声を呑み込むのは大変だったわね。何とか絶叫は避けたけど、代わりに息を呑んで冷や汗するのは避けられなかった。
「……そんな事が出来るものなの?」
「砂は鉄も含めた鉱物の欠片だからな、地属性の適性があれば別に難しくもない。工程が複雑になる程、求められる『熟練度』とそれに伴う消費魔力量――通称『魔法力』も上がるが、今回は鉄元素一つを弄るだけだったし、対魔力コーティングの隙間を縫って直接鉄人形を弄ったから、消費魔力量もお得に済む。この世界の住人は地属性で鉄を操れるって発想自体が現状は無いらしいがな、全く別の化学式に書き換えるよりは楽なもんだ」
書き換えまで出来るのか……嘘でしょと言いたくなる。しかも最小限の魔力消費で望まれた結果を成し遂げるという、マクレガー先生の求めていた解答に対する、まさしくパーフェクトなまでの成果だろう。
「それからあんたも不安なようだから言っておくと、その不安は見当外れだから安心してくれ、人間相手に使えるものでもない。観客を楽しませるための手品みたいなもんだな」
そのセリフにはほっと出来たけど、直後に「色々とやりようはあるがな」と小さく付け加えられた一言には、思わずどっちなのよと罵倒したくなったわね。
「誰かに教えてもらったのかしら?」
「いや、元々は水の魔法を研究している段階で連鎖的に知った」
どうしたら水の魔法を研究していて、そんな発想に辿り着くっていうのか、本当に理解できない。ロック自身のセリフを借りるなら、本当にどんな思考回路しているんだろう、こいつは?
「そうおかしな話でもないと思うがな。順に論理的考察をしていけば自然と辿り着く話だと思うぞ」
詳しい話を聞く前からなんだけど、そう思うのは絶対お前だけだ、とあたしは既に確信を抱きながら続きを促す。
「教えてくれる気があるなら、勿体ぶらずに教えてよ」
あたしの問い掛けに、ロックはふむと小さく頷いた。
「水属性は水を構成する成分、また地属性は土を構成する成分を操る魔法、それが両属性の本質だ」
以上だ、と締め括るロックだったが、それで他人が理解できると思うんじゃないわよ!
「ちっ、面倒くさいな」
「秘密にしなきゃならないんじゃないなら、ちゃんと順序立てて教えてよ」
ロックは、仕方ないと半ば嘆息するように呟きながら口を開く。
「至って真っ当な疑問に対する実験と検証の繰り返しだ。適性さえ有れば魔法で水を操るのは簡単だが、水を無から生み出せるのは一定以上の魔法使いにならなければ無理というのは、おそらく質量保存の法則が関係していると予想した」
ファンタジー世界で納得しておきなさいよ、ってのはこいつには通用しなさそうね。そもそもファンタジーって定義くらいは知ってるみたいだけど、実際の中身に関しては殆ど知らないようなものみたいだし。
「では、魔法で操れる水とは何を指している? 不純物の含まれない純粋なH2O分子のみなのか? そもそも魔法で生み出した水の組成は? 飲料水と同じ成分だとしたら違うはずだが、その解析や証明は技術的に困難だった。しかしそれなら、例えば炭酸水を生み出す事は可能なのか? そう思いついて試してみたら至って普通に出来てしまった。が、水の魔法で二酸化炭素を含む炭酸水を生成出来るとはどういう事だ? という疑問が今度は俺の頭に生じた。これは水分と分類される物なら生成できるという事か? という疑問に対する実験として、今度は硫酸を生み出してみた」
硫酸の魔法を考えるという発想が既に怖いわよ。こいつ本当に……何て言うか、もうね……あれね、あれ。何とかと天才は紙一重ってやつじゃない?
と、感心しつつ呆れながら少しガチ目に恐怖心も覚えている中で、ロックの解説は続いている。
「が、残念ながらそれは失敗した。後にこれは『熟練度不足』が原因と判明したが、この時、俺が疑問に思ったのは、ならば既に存在する水を炭酸水に変化させる事は可能なのか? という点だったが、簡単なものだった。むしろ明らかに生み出すより楽だったが、これもおそらく質量保存の法則が原因だと思われる。そしてこの方法なら、水から硫酸を精製する事も出来てしまった」
「出来ちゃったの!?」
思わず大声を出して周囲の注目を集めてしまい、慌てて何でもないと言い訳して、周囲の注目が外れた頃、ロックは話を再開する。
「これらの検証から幾つかの可能性を考えたが、その全てを話すのは無意味なので控えさせてもらう。結論として、つまりこれは化学式を書き換えているという事になるのではないか? という推測が正解だったようで、更に幾つかの検証を経て確信を得た後、次に疑問に思ったのは、これは硫酸のH2SO4が水分を表すH2Oに硫黄のSや酸素のO元素を足しただけだから出来た事なのか? それとも全く別の性質の元素記号に書き換える事も可能なのか? と言う物だった」
そう思ったら試したくなるだろ、という意見には賛同しない事もないけど……頭おかしいわよ、絶対。
頭良いとは出来れば言いたくない。至って淡々と事実だけを述べている風で、特に楽しそうにも見えないけど、話してる内容は軽くマッドサイエンティスト入ってると思わざるを得ないもの。
「そこからは俺が知っている限りの科学知識と照らし合わせて出来そうな事を一通り試してみたところ、今でも完全に解明できているわけじゃない部分もあるんだが、一定の条件下で化学式を組み換える事は可能という結論に落ち着いた」
軽く言ってくれるけど、とんでもないわね。あたしは原作の魔法を極めるのに必死だったのに、この男はそんなもん知らんと(実際知らなかったわけだけど)、自ら効果的な魔法を考えて編み出していたのだ。きっと他にも、見た事も聞いた事もなような魔法もあるのだろう。
でも少し安心したわ。
「何でもかんでも変化させられるってわけじゃないのね」
「案外そうでもないがな」
どういう事なのよ!? というあたしの心の絶叫をロックは察してくれたらしい。
「例えば水を石に変化させる事は可能だ」
「は?」
それってもう錬金術って言わないかしら?
そう質問してみたら、満更間違ってもいないのだろうが、何の法則性もなく、何でもかんでも術者の好きなように変換できるわけじゃないという答えが返ってきた。
「水属性は水分を操る魔法ではなく、水素か酸素をベースにして物質を操る魔法、それが水属性魔法の本質だ、と理解しろ」
「ごめん、理解できない。だから何で、水が石になるわけ?」
「石と言ってしまうと漠然とし過ぎるな。要するに鉱物の化学式は様々だが、大概の物はO元素を含む。例えばルビーやサファイアならAl2O3にそれぞれチタンかクロムを更に含む事で色が決まり、エメラルドはBe3Al2Si6Oだ。何か一つでもHかOを含んでいる化学式なら水の魔法で組み換え可能なんだよ。重要なのはそこで、水魔法でも一見地属性に思えるSiを化学式に加えたりする事は可能なんだ。水を炭酸水に変化させるなら炭素のC、硫酸に変化させるのも硫黄のSを加えているわけだからな。理屈としては同じなんだよ……って、ついて来れてるか?」
目をぐるぐるさせているあたしに気付いたようだ。ロックの浮かべている苦笑が心に突き刺さって痛い。
「無理。でも気になるから最後までお願いするわ」
すると、もう少しで全部終わると言ってくれたので、あたしは何とか頭をしゃっきりさせて耳を傾ける。
「ちなみに化学式の足し算だけじゃなく引き算も可能だ。硫酸を水に精製する事は可能だからな、ある意味当然と言えば当然だろう。地属性の場合はどうやら分類としては土を基準にしているようで、一般的に土と認識されている物質を構成しているケイ素のSi、アルミニウムのAl、鉄のFe、カルシウムのCa、カリウムのK、ナトリウムのNa、マグネシウムのMgのいずれかを含んでいる物質なら操れる。同じ物質を操る系統の魔法でありながら、水を生み出す魔法使いは居ても土を生み出す魔法使いが居ないのは、俺の感覚的なものでしかないが、無から生み出す場合はコップ一杯の質量で必要元素数の倍の魔法力が求められてしまうため、漠然と土や岩を生み出そうとする場合は消費魔力量が膨大になり過ぎるからだろうな。可能とするレベルまで成長した魔法使いが居ても、今更やろうという発想を抱く事すら無いんだろう。水と違って基本的にどこにでも存在しているから、攻撃手段として用いるために生み出す必要自体が無いというのもあるのだろうが」
硫酸を生み出そうとして最初は出来ず、炭酸水なら可能だったのは、炭酸水のH2CO3の6元素ならギリギリ魔法力が足りたが、硫酸のH2SO4の7元素だと逆にギリギリ魔法力が足りなかったせいだな、とロックは言う。
コップ一杯の炭酸水で必要魔法力が仮に12とした場合、硫酸なら14。当時の自分は感覚的に13辺りのレベルだったと思われる、ともロックは言った。元々存在する水を硫酸に変化させるならH2OにS一つとO三つを足すだけなので必要魔法力はたったの4だから出来た、という事らしい。
「ちなみに先程アッシュがやった光魔法の魔法力は、感じ取れた魔力から逆算して、その理論で言うと18くらいだろう。水を生み出す時点でH2Oの倍に当たる6レベル分の攻撃力が死んでいる訳だが、その違いは確かに大きすぎる。そのせいで誰も研究しようとしないから、水属性は全く理論が進んでいない。地属性も操作する元素が漠然としていると必要魔法力が高すぎるから不遇属性と言われているな。それでも一定以上のレベルになれば、多くの場合攻撃力を持たせるために質量まで求められてしまう水属性よりはマシだが、やはりこちらもほぼ研究されていない」
だが実際は、逆に単一のFe元素を操るだけだった今回の消費魔力は極々僅か1だけで済んだというわけだ、とロックは更に付け加えた。
「もっとも、酸素のOと水素のHの方が物質としては汎用性が高いから、水魔法の方が化学式変換には向いてるんだがな。で、結論だが、元素記号の足し引きは可能だから、最悪それを繰り返して行けば大抵の物質には変化させられる、という事になる」
「は、反則くさいわね……」
「また、それぞれの元素を操るだけなら差して魔法力も求められはしないし、単一元素の操り方は、ある程度は術者の意思一つでどうとでもなる。地属性魔法の本質を理解できていれば、今回のように鉄を粉にするなんて赤子の手を捻るようなもんだ。鉄人形の成れの果てを良く調べれば、鉄以外の不純物はそのまま混ざっているのが分かるはずだ」
以上だ、と言って締め括ったロックに対してあたしが思う事は一つだけだった――絶対頭おかしいって、こいつ。
「……もうそこまで分かってるのに、解明できてない部分って何なのかしら?」
「さっき言ったろう? 人間を別の物質に変化させる事はどうやっても出来なかった」
「―――――――ッ!?」
さっきの反省を生かして叫ばずにいられた自分を褒めてあげたくなったわね。恐ろしい事を考えるんじゃないわよ。
本気で即死魔法と言い切ってしまえる魔法を考えていたのか、こいつは。
「理屈としては水魔法で簡単に弄れるはずなのに……ってああ。安心しろ、実験対象は死刑確定の犯罪者でやってるから」
「そういう問題じゃないと思うわよ……」
「これが成功していれば恐怖を感じるいとまも無く、一切の苦しみを感じる事も無く死ねたんだから、むしろ有情と思うがね。犯罪者には残念な事に、結局失敗したよ。ちなみに死体でもダメだった」
だから恐ろしい事をあっさりと口にしないでほしいわね。
「人間どころか魔物も含めて生物全般ダメだった。魔物の組成がそもそも正確には分からんというのもあるけどな。変化させるどころか、生物に対してエレメント系では直接の干渉自体が出来ない感じだったな。地球上に存在しない化学式の物質を精製しようとしても無駄だったという検証結果もあるから、おそらく形而上学的な問題じゃないかと俺は思っているんだが、そこまで来るとそれこそ神の領域で、それ以上は検証のしようがなくて諦めた」
そもそもケージジョーガクって何よ。いや、もういいや。これ以上聞いてたら本当に頭パンクしそう。
いや、それより今気になるのは……。
「あたしにも出来るかしら?」
「あんた、適性属性は?」
「エレメントは火、雷、光の三つ」
攻撃に関しては強属性と言われるトップ三種なんだけど。
「ダメだな。最低でも地か水のどちらかは扱えないと。他の属性は全て物質ではなく、エネルギーや現象を操る魔法だからなんだろう。その分、単純にエネルギー量を得て攻撃力に転換するのは容易な訳だが」
反則技としか思えない化学式変換魔法を使うためには向かないらしい。これじゃ原作で強属性ともてはやされていたのも形無しね。原作の記述が覆されるのは良いのかしら?
いや、違うのか。あくまでも『攻撃に関しては強属性』なんだ。応用力において優れたのは水と地、それは許されるという事なんだろう。
それに、まだ途中だった原作なら、その後に「実はこの属性が」みたいな話もあるのかもしれない。少なくとも、原作に登場済みの魔法では最強と言われた魔法をあたしは使えるけど、それだって物語が更に進めば、更に強い魔法も出てくるだろう。だって「この魔法が世界最強で他にはありません」なんて意味を示すような記述は無かったもの。戦闘力がインフレして当然の成長型ファンタジー物で、そうならない方が逆におかしいと言っても過言じゃないし。
そう考えると、魔法に関してはまだ何が最強かなんて決まっていないとも考えられるんだ。それにさ、弱いと思われていた属性が実は最強だった、なんてありがちじゃない。それは許されそうだもんね。
「ねえ、あなたって適性は全属性って言ってたけど、実際に得意なのって、聞いたら答えてくれる?」
「エレメントは水、地、雷の三つだな。他もちょいちょい扱えない事はないが、この三つに関しては本職にも負けない自信はある。特に水は不遇過ぎて誰も熟練度を上げようとしないから、おそらく世界一じゃないか?」
雷はともかく、他は見事に強属性を外している。ご丁寧に最強と言われる光まで。ちなみに原作では火と光を主に使っていたのだけど、そこすら完全に無視されている。
でもそれは、きっとこの男の事だから、色々と考え抜いた上での最強の組み合わせなんじゃないかとあたしは思った。
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