第20話 SIDEカレン
アッシュと一緒に戦うような事があれば命の危険すらあるとロックは言った。
「そこまで言う程なの?」
「さっきのが力の制御が出来ていないが故の事故なら論外。ちょっと加減を間違えたら無意味に敵諸共吹き飛ばされるのが落ちだな。わざとなら自己顕示欲が強すぎる証拠だが、十中八九はこちらだろう。だとしたら、あの鉄人形を消し飛ばすのにあそこまでの威力なんぞ要らん。破壊すれば測定不能だと説明はあったのに、それ以上の威力を出す意味があるか?」
「無いわよねぇ……」
ロックが何を言いたいのか何となく理解できてきたわ。
「既に何人もの生徒が挑戦して、あのドレッドとか言うのに至っては破壊までしたんだから、どの程度の威力が必要かなんて誰にでも判断つくだろ。ついてないならついてないで問題だが……いずれ自分が活躍したいあまりに、チャンスが目の前に転がり込んだ瞬間に、今回みたいに周囲の被害なんぞ考えずにやらかすのが目に見えてる。それじゃ仕事にならん。下手すると仲間の存在なんぞ頭から消し去って、敵諸共吹き飛ばしかねん。連携なんぞまともにする意識があるのかも怪しいし、いずれにしても危険すぎて組むに組めん」
言われてみると確かに、ネットラノベによく見る無自覚系最強主人公を意識している転生者と思われるアッシュなら、自分が主人公的な活躍のできる場面を見逃すとは思えない。その時に周囲の状況など考えないだろう事は今の一件で明白よね。
本当に無自覚にやっているなら、ロックに言われた通りによくよく考えてみると、そっちの方が怖いわ。自分が強いって自覚が全く無いって事は、一緒に戦ってる最中に、「え? 巻き込まれる方が悪くない? みんながそんな弱いなんて知らなかったよ」って感じで自分も纏めて吹き飛ばされるって恐れしかない。実際のラノベならご都合主義で仲間達が巻き込まれる事は無いんでしょうけど、仲間達の方はよくそんな意識の人間と一緒に戦えると思うわね。
真面目に考えるとマジで怖くなってきたわ。リアルに無自覚系最強主人公の仲間として戦うなら、仲間の方にこそ「こいつになら無意味に吹き飛ばされても構わない」って信頼と勇気と覚悟が求められるって事でしょう?
日本で見ていた頃は、こいつ馬鹿よねぇ、ってくらいの軽い気持ちで笑いながら見てたけど、リアルになったら無理だわ。少なくともあたしは無理。本当に怖い。
「強敵相手なら助かるかと思ったんだけどなぁ……」
流石に自分の命を犠牲にして、仲間にフレンドリーファイアで殺されるのまで許容して戦いたくはない。ってか戦ってらんないわよ、そんなの。
「あんたならそう遠くない内にあの程度は出来るようになる」
「その時はアッシュが更に成長してるでしょ?」
「その成長の方向性が、力の制御と、何よりも心の制御に割り振られる事を祈りたいな」
「ではメリスター生徒。貴族クラスの担任の私としては、平民にばかりいい格好をさせておくわけにもいかん。ここは一つ、貴様がこれぞという手本を見せてやれ」
あたし達のクラスの順番だと係りの教師が告げに来たら、マクレガー先生がそう言って、ロックにあたし達の先陣を任せる発言をした。
けど、ロック自身は気が進まない様子で眉をひそめている。
「やはり貴様、適当に濁して終わらせるつもりだったな? 教師として授業に対しての不真面目な態度は許せんな。最低でも破壊しろ」
マクレガー先生は、この男なら出来るはずだと、既に完全に確信しているようね。あたしも、詳しい実力はまだ良く分かってないけど、出来ないとは到底思えない。原作でも出来てたしね。
「あたしも見たいな、あなたがどうやって破壊するのか」
ロックはあたしの発言を耳にすると、マクレガー先生に聞こえないよう、身を寄せて小声でたずねてくる。
「俺が実力を出してもいいのか?」
「原作でも破壊してたから構わないわよ」
「俺に出来るか分からんが、言ってくれれば原作通りに破壊してやっても構わないぞ?」
「先生の言葉を受けた上での、あなた自身のやり方が見てみたいの」
お願い、と手を合わせてウィンクすると、彼はふっと笑みながら己の胸に手を添えて、恭しく礼をしてみせる。
「イエス、
あたし達のやり取りを見るマクレガー先生の訝しげな眼差しは、あたし達二人揃って無視した。
ロックは次に挑戦するのは自分だと挙手して、クラスメイト達の間を通って前に出る。
けれども、てっきりドレッドのようにフィジカル系で破壊するのかと思っていたら、ロックが足を止めたのはアッシュと同じくらいの位置だった。
ほんの少しだけ魔力の高まりが感じられる。でもそれは、アッシュがやったのは元より、ドレッドのそれにすら遠く及ばない、極々微かな魔力の波動でしかなく、そんな弱い魔法で魔力コーティングを越えられるわけがない。
なのに彼は、すーっと左手を差し出し、手のひらを上に向けるようにして、パチンっと指を鳴らした。
異様な雰囲気のあるロックの仕草に、何が起こるのかと、広場に居る全員が固唾を飲んで注目していた。
あたしと同じで魔力を感じ取れると思われる人達は早くも鼻で笑うか、失笑している。
でもあたしは、絶対にロックは何かしてくれるはずと信じていた。
けれども、待てど暮らせど一向に何も起こらず、そのままロックは踵を返してあたし達の方へと戻って来てしまう。
「ぎゃははははっ! なんだありゃ!」
「くっ、あはははっ、我慢できないや!」
ドレッドとアッシュの馬鹿にした大笑いが広場に響き渡ると、つられたように大勢の笑い声の合唱が始まった。
そんな中でも表情一つ変えず、ロックは平然としたままあたしの側まで戻って来た。
「ねえ、何であんな笑われて我慢してるのよ。失敗したのが恥ずかしいのは分かるけど、諦めずに」
もう一度挑戦してみてよと言おうとした瞬間、広場を風が吹き抜けた。魔法によるものではなく、自然現象のそれは、決して突風と言えるような勢いではなく、ただの微風に過ぎなかったのに。
途端に、それまでは形を保っていた鉄人形が、さらさらと砂のような、無数の小さな粒になって崩れ落ちたのだ。
それまで笑っていた人達の中で、それに気付いた人達から順々に笑い声が消えていき、それはあっという間に広場全体に伝播して、ずっとお腹を抱えて大笑いしていたドレッドやアッシュまでもが、目を皿のようにして鉄人形の成れの果てを見ながら顔色を変えている姿が目に出来る。
広場に居る誰もが一言も言葉を発する事もできず、中には真っ青な顔で震えている生徒まで居る。
彼らの気持ちはあたしにも理解できた。ドレッドが破壊したのは直接攻撃で、極論、近寄らせなければ問題は無いし、避けてしまえばいいだけだ。逆にアッシュの攻撃は遠距範囲攻撃で、狙われたら逃げるのも難しいだろうけど、分かり易く光の魔法だったので、防ぐ方法自体は幾つか考えられる。どちらも実際に実現可能かどうかはさて置いて。
けれども……ロックの攻撃は、彼が何をしたのか理解すらできない。魔力の軌跡も一切無く、いきなり鉄人形だけが何かしらの現象によって破壊された。いや、崩壊させられたと言った方が正しいだろうか? それも、綺麗に砂粒サイズにまで粉々にされてだ。
防げるのか? 仮に防げるとしたらどうやって? あるいは避ける事すら叶わないのか? そう考えてしまうと、ある種の回避不能の即死魔法にすら思えてきて、恐怖心を覚えずにはいられないのだろう。
「余計な被害を一切出さず、綺麗に対象だけ破壊。見事なものだ。てっきり破壊点ギリギリの威力に絞った放出系の魔法をお手本にしてくれるのかと期待していたんだが、私のオーダーに対するある意味予想以上の完璧な解答をありがとう。こちらの想像を上回る解答となると、100点満点どころか120点を付けなければならないな」
「どういたしまして」
満足そうなマクレガー先生。そう言えば先生は、何も疑わずにずっと満足そうな顔で居た気がする。
応じるロックは特に何とも思ってさえいない涼しげな顔で、まるで「こんなの何が面白いんだ? あんな抵抗もしない的をどう出来たからと言って何の意味がある」とでも言わんばかりだ。
「ところで、何をしたのかは私にも理解できなかった。解説を要求したら、答えてくれるのかな?」
「立場が逆では? 仮にも教師ならご自分でお調べになったらどうでしょう」
「返す言葉も無いが、話したくないという事かな?」
「億劫ですね。先生が理解出来るように説明するためには予備知識だけで丸一昼夜で足りるかどうか」
「慇懃無礼という言葉をご存知かな? 言葉遣いを丁寧にしていれば何でも言って構わないと思ったら大間違いだぞ。あまり教師を馬鹿にするなと言いたいところだが、それでは私自身の発言を否定するか。残念だが諦めよう」
と言って、マクレガー先生は鉄人形のあった場所まで自ら歩いて行った。まだ残っている鉄人形の残骸を調べたいようね。同じ感想を持ったらしい教師達も既に残骸の所へ集まりつつある。
あたしも知りたくて仕方なかった。あんな魔法、原作にはどう考えても存在しなかったのに……。
ロックの切り札だったりしたら、何だかんだ、まだ出会ったばかりのあたしに教えてくれるか分からないけど、聞いてみるだけならタダだろうと思って、あたしは意を決して質問してみる。
幸い、彼は特に勿体ぶる様子もなく答えてくれる事になるんだけど……聞いたあたしは、一瞬その内容に本気で体に鳥肌が立ってしまったくらい、想像だにすら出来なかった驚愕の答えが返ってくる事となる。
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