第19話 SIDEシャロン

 色々と考え事をしている間に広場に辿り着き、平民の生徒から順に簡易実技試験を執り行われる様子を黙って眺める。


 流れで側にはメリスター生徒とお嬢様が居るが、二人とも静かに同じ光景を眺めている。


 今回の簡易実技試験は、対魔力コーティングを施された鉄人形に対して各々に攻撃するというものだ。エレメント系なら魔法攻撃で、フィジカル系なら物理攻撃で、あるいはアークナイトなら好きな方法で攻撃し、鉄人形に与えたダメージ量を測定する、という。


 攻撃出力量だけで実力が計れるわけではないが、単純な指針にはなるからな。サポート系特化の魔法使いには酷な試験でもあるが、滅多に居ないし、サポート系の魔法使いは別の審査基準でちゃんと評価されるから問題は無い。


 稀に対魔力コーティングを越えて鉄人形を破壊してしまうような生徒も居るので、予備は数多く用意されている。この授業だけで使用されるわけじゃないからな。破壊されるとダメージ量は測定不能だが。


 何人かの平民の生徒が挑戦して、鉄人形を破壊しきれずにダメージ数値だけ係りの教師から告げられて肩を落としている姿が見られるが、それが普通なのだ。破壊しきってしまうような生徒など、卒業間近の三年生でもそうそう居ない。


 そして、昨日の騒ぎの相方である男子生徒の番になり、


「よく見てろよエミリア!」


 と彼は自分のクラスの女子生徒の一人に向けて言った後、更に、


「カレンも良く見てるんだぜ! 俺様の本当の実力をな!」


 そうお嬢様に向けて言い放ち、お嬢様が嫌そうな顔をしているのなど目に入っていない様子で、意気揚々と拳を鳴らす仕草をしながら、鉄人形の側まで歩み、深く腰を落とす構えを取ってから、パンチを繰り出した。


 派手な音を立てて破壊された鉄人形に、平民クラスの生徒達だけでなく、貴族クラスの生徒達の間からも驚愕と動揺の声が上がった。


「どう思う? メリスター生徒」


 自分に対して警戒心を抱いていた私から積極的に、しかも親しげに話し掛けられるとは思っていなかったのだろう。メリスター生徒は一瞬目を見張って、しかしすぐに元に戻りながら口を開く。


「あの程度はやるだろう……でしょう」


「無理しなくていいぞ。私は実力主義だ。私から貴様に教える事などどうせあるまい」


 私達のやり取りに、驚愕の表情を張り付けているお嬢様の姿が目に入る。


「無用に周囲の反感を買うマネをするつもりはありませんよ、マクレガー先生」


「好きにしろ。それで、感想は? 正直に言ってみろ」


「あの程度はやるでしょう。あれしか出来ないでしょうが」


「だろうな。総合的な体運びはお粗末すぎる。どうしてあんな鍛え方をしたのか気になるが、稀に見るな、ああいうの。大抵は剣士だが」


「ええ」


「なんか二人とも、妙に仲良くないかしら? いつの間に?」


 私達二人が言葉少なく、多く語らずとも分かり合っているような会話をしているせいなのか、お嬢様が嫉妬している姿に、可愛らしいものだなと唇が笑みに緩んでしまう。


 そのせいで、お嬢様は赤面して顔を背けた後、ゆっくりと私に視線を戻してから睨みつけてきたが、安心してほしい。そんな感情は微塵も無いから。


「凄いじゃないか、ドレッドくん!」


 そうそう、ドレッドという名だったな。


 ドレッド生徒に向けて称賛の声を張り上げた私と同じ珍しい黒髪の男子を見て、お嬢様がメリスター生徒に何か耳打ちしているが、内容までは残念ながら聞こえなかったものの、メリスター生徒の目がきゅっと狭まるのを見て、あの生徒にまで何かあるのかと、私まで注意深く観察してしまう。


 ああ、そう言えば昨日、二人の喧嘩の仲裁に私を呼びに来た生徒だったな。


 ドレッド生徒はその男子を無視して、彼の側に居た女子生徒に話しかけ、なぜだか知らんがドン引きさせている様子だ。彼女は引き攣った笑顔で困ったように受け答えしているように見える。細かい内容は距離があり過ぎて聞こえないが。


 すると、更に新たな、こちらもまた中々顔立ちの整った灰色の髪の毛の男子生徒が、ドレッド生徒と女子生徒の間に割って入り、口喧嘩を始めたようだ。


 ここまで来ると担任教師も黙ってはいられないようで、無理やり二人を引き剥がし、エミリアと呼ばれた女子生徒を守るようにして自分の側に置きながら、新たな男子生徒へ、とっとと実技試験に行けと指示している光景を目にできる。


「アッシュくんも頑張って!」


 黒髪の男子が声援を送っている。善良な子なのだろうな。ああいう子こそ応援してやりたくなる。学院に居る間に最大限学んでもらいたいものだ。


 声援を送られた方は、クラスの輪から抜け出した所で足を止め、右手を空に向けてかざした。


「カレン、俺の後ろに回れ」


「え?」


「ちっ」


「きゃっ」


 反応が鈍いお嬢様に舌打ちを鳴らしながら、メリスター生徒は自らお嬢様を抱きしめるようにして、広場を背にする。


 瞬間、アッシュ生徒が掲げていた右手を振り下ろすようにしたと同時に、極大の白光が広場を埋め尽くし、轟音を鳴り響かせ、地面を揺らし、爆風が広場に居た全ての生徒も教師も等しく襲った。


 メリスター生徒に庇われているお嬢様は何事もなく無事だったが、他は殆どの人間が地面に倒れるか尻もちをついて、半ば破壊され尽くした広場を見ながら呆然としている有り様で、無事に立っているのはほんの一握りの生徒と教師だけだった。教師にも尻もちをついているのが何人か居る始末で、彼らは今後、生徒から信頼を取り戻すのが大変だなと、少し同情してしまった。


 やらかしたアッシュ生徒は、広場の全体を見渡して、困ったように頭をかいている。


「あれ? 皆さんどうされました?」


 何をほざいているんだ、あいつは? 本当に事故だったとしても問題だし、意図的な物だったら大問題だぞ。


 アッシュ生徒を罰するような意味ではなく、彼自身の実力や内面を慮っての話だ。


「あ、あいつもなのね……」


 メリスター生徒の腕の中から広場の惨状を見て顔色を強張らせていたお嬢様が、更に引き攣った顔でアッシュ生徒を見ながら何か特別に思うところがあるようだが、恋心とかではないのは間違いないだろう。


「大丈夫か?」


「あ、うん。その……ありがとう」


 メリスター生徒の腕の中から解放されたお嬢様がてれてれと頬を染めている様子を見て、どこでもかしこでもイチャついてくれやがってとイラついた私は、メリスター生徒への意趣返し兼、お嬢様への腹いせを慣行する。


「ところでメリスター生徒。私も一緒に庇ってくれても罰は当たらなかったんじゃないか?」


「平然と突っ立ってるくせに良く言いますね」


「女にはサービスしておいて損はないぞ? 特に私のような美人にはな。貴様が庇ってくれないから、自慢の髪の毛が砂埃まみれじゃないか。どうしてくれる?」


 知るか、という小さな呟きが吐き捨てられたが、口の動きで分かっただけで、私の耳にまでは届かない声音で言っていたので、見なかった事にしてやるとしよう。


「それで、どう思う?」


「大したものだと思いますよ」


「本音は?」


「ドレッドなら、まだ魔物相手なら組んでもいい……が、アッシュとやらだけはごめんですね」


 一瞬セリフが詰まったのは、そちらも避けられるなら避けたいという事だろうな。気持ちは理解する。


 そして、アッシュ生徒に関しては絶対に組みたくないという気持ちも理解できる。


「同感だ。気が合うな」


「玄人なら当然の判断を、さも俺と先生の間だけに存在する共通見解みたいに言ってほしくないですね。カレンが面倒くさくなったらどうしてくれるんですか」


「ならないわよ、失礼ね」


「明らかに拗ねてただろうが」


「拗ねてない」


「そういう事にしておこう。で、何か疑問があるようだが、俺達の考えが知りたいって事でいいか?」


「そうよ。アッシュって呼ばれてたあの子、実力は凄いじゃない。あんな威力、私だって出せないわよ」


「二つの点から、あんなのと組むのだけはやめておけ。命が惜しければな」


 お嬢様はそこまでとは考えていなかったのだろう。息を呑んでいる姿に、素人とは怖いものだなと私は思わされた。それを教えるのが私達の役目なのだがな。


 しかし、ドレッド生徒にしろアッシュ生徒にしろ、魔法使いとしては到底平民とは思えないな。貴族にだってこの年齢でここまでやる生徒は毎年一人居るか居ないかというレベルだろう。今年はお嬢様がその枠かと思っていたら、なかなかどうして。


 ふむ、貴族クラス担任としては、このまま平民にだけ良い格好をさせておくわけにもいかんか。


 お嬢様へ警告するメリスター生徒を視界の端に映しながら、少したきつけてみるかと私は口の端を微かにつり上げた。

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