第17話
入学式は特筆すべき事も無く終わった。各々の学生寮への入寮が午前中いっぱいに予定され、午後から行われていた入学式が終わると、既に空は茜色に染まっており、その日は特に授業も無く解散となるのが通例だそうで、俺もカレンと別れて寮の自室に戻った。
一人部屋なのはありがたい。この点だけでも貴族扱いでねじ込んでくれたカレンには感謝しておこう。
寮に住む生徒の人数が人数なので、外観が与える印象ほど一部屋あたりの広さは大した事はないが、鍛錬するにしても充分なだけのスペースはあるおかげで、どうやら毎晩抜け出す必要は無さそうなのもありがたい。
一通りの日課を数時間ほどこなし、その夜はそのまま就寝した。
翌日はまず、自分の割り振られた教室に行く所から始まるらしい。そこで担任教師の紹介があって、そこから模擬戦用の広場に改めて集まるそうだ。
ちなみに俺とカレンは教室までは会わない事にしていた。
もう原作云々は意味無い気がしているものの、俺とカレンが知り合い同士だとはまだ誰も気付いていないはずなので、教室で出会って意気投合した事にしようという作戦だ。あの男からして気付いていない様子だったからな。
原作で仲の良かった二人ではないので、そこはどうなんだという話だが、昨日絡んできた男にはもう俺が転生者だとバレてしまっている(俺は肯定していないが、否定するのも無理があるだろう)ので、他の転生者の存在も気にならないというわけではなかったが、それよりも学院内で緊密に連携を取れる立場を優先するという話になったのだ。
俺もよく他人からそう言われるが、カレンもかなり独特で近寄り難い高嶺の花的な雰囲気のある女なので、俺たちが揃っていると、他の貴族の連中も遠巻きに見てくるだけで、話し掛けようとはしてこない。
「いいのか?」
社交界の延長としての場だと言っていたのに、コネ作りに励んだり、更には肝心の恋愛をしなくていいのかという意味で聞いたのだが、カレンは軽く首を傾げるようにして肩を持ち上げた。
「いいわよ。好みのタイプ居ないし」
「そこそこ顔の整った男は居るようだが」
「いいったらいいの」
ぷんっと顔を背けてしまうカレン。今の会話のどこに拗ねる要素があったんだ?
俺が悪いわけでもないのにご機嫌を取るつもりは無いので、そのまま放っておくと、担任教師が部屋に入って来たので、ざわついていた教室内も途端に静まり返った。
「担任は昨日の女か……」
あの男をどう処理すべきか迷っていた中、あの騒ぎを治めてくれたのは感謝しているが、もっと早くしてほしかったものだ……興味本位で覗き見してるんじゃなくてな。
そんな俺の内心の愚痴を感じ取りでもしたのか、タイミングよく担任の女教師と視線が交わった。
ほんの一瞬の出来事で、他の生徒達もカレンも、向けられた俺自身以外は誰も気付いていなかったが、警戒されているのか、明らかに何かしら俺に対して含んだ物を抱えているのは間違いないと視線が物語っていた。
「担任のシャロン・マクレガーだ。よろしく頼む」
口調は女軍曹を彷彿とさせる感じだな。ある意味教官とも言うべき魔法学院の教師には似合いか。
見た目は堅物教師と言った雰囲気だが、衣服を大きく膨らませる胸元の部分はカレンと同等の大きさと容易に推測できてしまうし、顔立ちが綺麗なせいもあり、色気はとても隠しきれていないが、首元まできっちり閉められたインナーに、体型が分かりにくいよう更に上着を羽織っている服装を見る限り、異性からそういう目で見られるのに嫌悪感を持っているタイプかな。
女として侮られたくない、ちゃんと実力で評価して欲しい、そんな心の声が透けて見える。別に悪い事ではないが。
まあ、そういうこだわりを持ちたくもなるだけの実力者であるのも間違いないだろう。魔力量と最大出力量は既にカレンの方が勝っていそうだが、現状、何の義理も無くどちらと組むのか選べと言われたら、俺は迷いなくこのシャロンという女を選ぶ。
カレンに人を殺せないからとかではなく、単純に戦闘力的な問題だ。今のカレンがシャロンと戦っても、まともにやったのでは百やって百とも負けるだろう。魔力量とそれを扱いきれるだけの大出力が戦力の全てを決めるわけではない。
そして、明らかにこのシャロンという女は、相当な数の修羅場を潜り抜けてきている。まだ若いのに、それで魔法学院の教師なんて、少々アンバランスに思えるな。以前に調べた限りじゃ、研究者気質の魔法使いがやるイメージなんだが。
シャロンが俺を警戒しているのもそこら辺の理由だろう。おそらく見抜かれているはずだ。
通信技術がまともに存在しないこの世界で、俺の名など特定の界隈にしか知られちゃいないが、冒険者ギルドにリンドロックの名を問い合わせれば俺がゴールド級だと知る事は難しくないものの、学院での俺は『ロック・メリスター』で通す事になっているので、容易に俺の正体と結び付けられるは思えないが、だからこそ不気味なんだろうな。
たった一人とは言え既に転生者バレしている以上、リンドロック・メイスターの名で通した方が、転生者対策としては変に疑われないという意味でよかったかと思わないでもないが、リゼルビント王国の貴族も居るし、メイスター繋がりで不審に思われる訳にもいかないからな。別の国のメイスター家だと強弁してもいいが、特に隠滅工作もしていないし、調べられたら終わる。廃嫡された俺がメイスターを名乗っているのが実家に知られるのは流石に不味すぎるし、仕方ないだろう。
貴族の子女では、学院入学時点で既に実戦経験を豊富にこなしている方が珍しい。学院に入学できるだけの資質を持つ子供なら、卒業して安全マージンを稼いでから実戦で使いたいから、それまでに実戦に出す事は滅多に無い。貴族ならほぼフリーパスとは言え、一応最低ラインは定められており、それに値しない貴族子女の場合、恥をかかないよう、はなっから入学を希望しないだけだ。平民に比べれば遥かに低いボーダーラインだがな。
簡単に叩き潰せる雑魚相手に幾ら実戦経験を積んだところで、大した経験値にはならないからな。貴重な才能はある程度育ちきってから使いたいと考えるのも当然だろう。数が居るなら、篩に掛ける意味でとっとと実戦に放り込んだ方が手っ取り早いのだろうが。
しかし一昨日、いや、時間的に考えて俺の存在を教師が認識できたのは昨日か。いきなり特例でねじ込まれた俺の存在が、額面通りのただの貴族令息であると考える教師も居ないだろう。
かと言って俺が平民だとするなら、幼い頃から専門的な訓練を受けていたと容易に推測できる洗練された実力を持つと言うのがまた不自然なのだろう。
居ない事はないがね、高ランク冒険者の子供とか。激レア物だが。遺伝的要素が強い魔力体質とは言え、貴族よりも更に絶対数の少ない高ランク冒険者の子供が同等以上の才能を持って生まれるというのも中々無い。高い魔力体質を持つ人間の子供は例外なく高い魔力体質を持つわけじゃ決してないからな。じゃなけりゃ、世の中は既に膨大な魔力を持つ修羅ばかりで席巻されていなければおかしな話だろ。
ちなみに、引退した高ランク冒険者が道場のように教室を開いて大々的に教えるような事は国から認められていない。平民の反逆が怖いのだろう。隠れて個人的に教えているくらいはあるだろうが。
平民が専門的な教えを受ける場合、冒険者としてギルドに所属してしまえば、扱いは『冒険者ギルドの住人』扱いされるという特例のもと、同じ冒険者から教えを授かる許しが出るという事になっている。何かあった際には冒険者ギルドが責任を負う訳だ。貴族も冒険者に成る事は可能だが、その場合は依頼を受注できるようになるだけで、貴族としての立場が優先される。
ここら辺も、原作と現実の整合性を取った結果だろうな。才能に溢れた素人の主人公が下剋上をするって原作の展開のためにも好都合っぽいし。
しかしそう考えると、原作主人公は放って置いても原作通りに活躍する補正でも働きそうな気もしてくるが……それならなぜ、俺たち転生者の存在があるんだ? という話になる。
現状では何とも言えないという結論しかないんだがな。
いっそ、黙って原作の俺の次の敵に主人公をぶつけてみた方が早い気もするな。勝手に原作に準じる力を得るか、そんなの関係無く勝ってしまうかしてくれれば、もう放置で構わないだろ。まあ、それで死なれても寝覚めが悪いんだが、正直迷うぞ。原作通りに進めなければ本当に世界が滅亡するかも分かっちゃいないのだからな。可能性ばかり考えていたら、逆に何も出来なくなる。
……三下ムーブしなきゃならん事にイラついているわけでは決してない。本当だぞ?
だが、あえてどうしてもやりたくない理由を上げるとしたら……いや、止めておこう。俺の個人的な感情の問題でしかないのも事実だ。
話を戻して、こう言った様々な事情から推測するに、シャロンから見た俺は「何の企みがあって学院に潜り込んだのだ? 学院長の推薦だから滅多な事は無いと思うが、警戒しておいて損は無いだろう」と言ったところなのだろう。
魔法実習のために広場に移動する事となり、カレンと並んで最後尾を行く俺たちを見届けたシャロンが、俺の背後からじっと観察している視線を感じる。
「何かあなた、目を付けられてるっぽくないかしら」
カレンが少し身を寄せて、小声で訪ねて来た。
「昨日の件があったからな」
「本当にそれだけかしら」
「俺の存在が不気味なんだろう。しかし、いい加減、俺の後ろに立つなと言いたくなってくるな」
決して気持ちの良いもんじゃない。ここが魔法学院で、相手が教師でなかったら、とっくに一発かましてるところだ。
「あなた……たまに思うんだけど、狙ってやってるのかしら?」
「何がだ?」
本当に自覚は無いらしいわね、と小さく呟くカレン。
「呆れた。本当に二次元には全く造詣が無いのね」
「仕方ないだろう。触れられる環境じゃなかったんだから」
「そうよね、ごめんなさい」
途端にしゅんっとするカレンは、普段はザ・美人って感じの美貌なのに、やけに可愛らしく感じられた。
「あんたのそういうとこ、割と好きだな」
「っ……だから、もうっ」
あまり言われ慣れてないのか? これだけの美貌なら、社交界に出れば称賛や好意を示す言葉の雨霰だっただろうに。
「あなたに言われたからよ」
と呟きにもなっていない、息を吐くだけのように紡がれたほんの小さな声音は、俺の耳には残念ながら届かなかった。
「何か言ったか?」
「難聴系主人公は時代遅れよ」
「生憎と耳は良い方なんだがな。つか、明らかに聞かせる気が無かっただろうが」
「何でもないわよ。気にしないで」
背後でシャロンが、「ちっ、新入生のくせにもういちゃついてやがる」と呟いた声はしっかり耳で拾ってみせた。生憎と耳は良い方なんだ。
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