第15話 SIDEカレン

「あの男に有利なルール――そうだな、例えば、お互いに足を止めて避ける事は許さず、一発ずつ交互に殴り合いをしろ、と言われたなら、1パーセントくらいは負ける可能性も考えられるだろう」


「……それは余裕って言うんじゃないかしら?」


「条件付きなら1パーセントでも負ける可能性が考えられるなら、俺にとっては余裕とは言えないんだが……まあ確かに、普通に戦っていいなら、百戦しても百回とも全て勝てるだろうな」


「何よそれ、結局余裕って事じゃない」


 一瞬だけでも心配して損したわ。


「懸かってるのは自分の命だぞ?」


 平然と紡がれた一言に、あたしはひゅっと息を呑む羽目になった。


「普通に戦って勝てないなら、勝てる状況に持って行けば良いだけだ。その上で、引きたくない1パーセントなんて普通に引けてしまうのが世の常だと俺は考える。例えばだ、アニメとかには詳しくないが、それでも言える事はある。立場を変えれば、大抵の主人公は、その1パーセントの可能性を手繰り寄せて強敵に打ち勝って行くものじゃないか? 俺は自分がそんな選ばれし特別な存在だなんて思えない。常にその1パーセントを引かされる側だと思っている」


 その思考回路のシビアさに、あたしは何も言えなかった。こいつは常に甘えなんて無いんだと思い知らされる。


「あんたも自分で戦う意思があるなら、そういう意識で居るのをお勧めするぞ。じゃなきゃ命が幾ら有っても足らん。実際、単純な出力だけなら俺とあの男に大差は無い」


「……じゃあ何で避けられたのかしら?」


「全てにおいて大振りで予備動作も大きすぎた。あんなもん、どうぞ避けて下さいと自ら言ってるようなもんだ。どんなに強大なパワーを秘めていようと、当たらなければどうと言う事はない」


 言う事がいちいち強者感溢れすぎなんだけど……油断一つで命を落とす世界に生きてきた男だけあるって事か。


「そう言えば、戦いながらプロファイリングっぽい事してたけど、どうして分かったのかしら?」


「功績を積みやすい巨獣系の魔物が相手なら、細かい技術なんか必要とはされないからな。才能が有り余るせいで簡単に高ランクまで上り詰められた平民の冒険者の中でもフィジカル系特化のマジックウォーリアー特有の癖みたいなもんで、何度かあの手のには会った事がある。魔物相手ならまあまあ使えるが、人間相手の仕事では大して使えやしない連中だ」


 ランクだけは無暗に高いから、敵も腕の立つ相手である事は必然で、なのにそういう仕事になると全く使えないから、組む相手としては最悪だと、ロックは嫌そうに零した。過去にそういうケースで酷い目を見た思い出でもあるのだろう。


「たまに居るが、指導者に恵まれず訓練の仕方が分からないから、仕方なく素振りばかり愚直に繰り返して、いつしかそれで達人になったつもりの勘違い。そのけもあったな。全体的な体捌きはお粗末なのに比べればだが、正拳突きだけは妙にキレが良かった。あれは相当長期間にわたって繰り返し訓練してると思う」


 努力の方向を間違え過ぎた、ただの間抜けだ、とロックは続けて小さく零した。


「そういう人物が活躍する物語も世の中にはあるわよ? 一撃必殺で誰も避けられない、みたいな」


「達人が敢えてそういう訓練をして必殺の領域まで極める例は、以前にこの世界でもお目に掛ったが、素人がそれをやって達人になるのは、誰の指導も受けずにひたすら投球練習をしていたら某日本人メジャーリーガーみたいな投打両において並ぶ者は無い名選手になれちゃいました、と言うレベルで無茶だろう」


「反論のしようがないわね」


 するつもりも別に無いけど。


「一芸だけの敵に主人公が絶対に勝てない物語なんて見た事ないものね」


 強力な一芸だったとしても、一度負けて攻略法を手に入れてからリベンジ成功するのがお約束だろう。


「一芸特化で馬鹿にされてた主人公が活躍する話だから物語として映えるんであって、敵が一芸特化だから簡単に勝てるなんて話じゃ、物語としては意味ないか」


「肉弾戦最強とか、漠然と戦闘全般を内包するような意味の一芸ならともかく、正真正銘の意味での一芸だけで百戦危うからずと行けるなら苦労はしない。最終的にそこに持って行きたいって思惑も見え見えすぎて、逆に正拳突きの方が避けるのは楽だったくらいだ」


 あの、まだ名前も聞いてない男にとってはきっと自慢に思っているだろう必殺技が、逆に弱点扱いされているなんて知ったら、どう言う反応をするだろうかと少し興味がわいた。大体予想はつくけどね。気が短そうというか、見るからに短慮だったし。


 自分が踏み台転生者になってどうするのよ。完全にそういう言動だったじゃない。本当に自覚無いのかしら? だとしたら救いようがないわね。


「貴族出身だと、親か実家のお付きの騎士なんかに習ってりゃそうはならないんだがな。騎士はむしろ対人戦のプロフェッショナルだから」


「知らなかったわ。原作にもそんな描写は無かったもの」


 原作では、殆どが模擬戦を繰り返すだけで、後はひたすら力を高める修行の描写こそあったものの、そんな細かい修行の描写は全く無かった。だからあたしも、魔力量や出力量を高める修行しかして来なかったけど、対人戦を想定するなら、もしかしたら、あたしはあまり強くないのかもしれないという危機感が芽生えてきた。


「固定砲台としての放出系の魔法使いを目指すなら、そう必要な分野でもない。あんたの場合、身体強化は出来るようだが、それで近接戦をするつもりは無いんだろう?」


 それも言わずとも見抜かれてるのか。これが実戦経験の差ってやつなのかしらね。


 ただ単にこいつが特別なだけの気もするけど。色々な分析力とか正直に凄いと思っちゃったし。デストラント・サーガの世界だからって何も深く考えてなかったあたしじゃ、馬鹿にされても仕方ないなぁ、って反論も出来なかったわよ。ツンデレじゃあるまいし、そこで意地を張る気はさらさら無いもの。


「うん。戦士系に近寄られちゃった時とか、いざって時に逃げるか時間稼ぎするための物でしかないわ」


 格闘戦なんてまともに出来る気がしなかったからね。


「だから、親父さん達も特に注意しなかったんだろ。そもそもあんたを実戦に送る気があるのかも怪しいが。あんたの綺麗な体に傷でも出来る方が勿体ない。いずれにしろ今の方向性で引き続き鍛える事をお勧めするね」


 だから何でこの男は、こうもさらっと女を褒められるのよ……。


 と、あたしは不意打ちの称賛に、顔を赤くするのを避けられなかった。


 それを誤魔化すために、もう一つ気になっていた事をあたしは質問する。


「そう言えば、そもそも何で冒険者だって事まで見抜けたの? ひたすら修行してただけかもしれないじゃない」


 あたしみたいにね、という言葉は黙っておいた。


「事前に俺の事を知っていたという訳じゃないのも、俺がフィジカル系の使い手だと見抜いていたという訳でもないのも、どちらも本人の言動から明らかなのに、躊躇なく俺を魔力まで用いて攻撃してきた。一応最初の一撃は死なない程度に加減はされていたが、俺が避けられなきゃ、俺はとっくに血反吐をまき散らして医務室送りになっていたし、運が悪ければ死んでた可能性もある」


「――――――ッ!?」


 確かにそうだ。なのにどうして、あの男はそれが平気で出来た? その答えは……


「しかも原作では魔法一辺倒だったって話の俺が相手なのにだ。俺が身体強化を使える事を理解した後は遠慮も一切無くなった。俺たち日本人の目から見ればモラルなんて有って無いようなこの世界の住人だって、普通は躊躇する。そうじゃない理由はただ一つ」


 ゆっくりとロックの眼差しが鋭く狭まる。


「あれはもう一線を越えている。それも一人や二人なんてもんじゃない。犯罪者じゃないなら、冒険者として犯罪者の討伐をしての事だと考えるのが自然だろう」


 やはり、とあたしは緊張感で顔を強張らせてしまった。


「対人戦に優れた相手に当たっていればとっくに死んでそうなバランスの実力と考えると、護衛任務で盗賊に当たったか、盗賊団の討伐でもしたってところだろうな。あれだけ動けるなら魔物相手で何の功績も立てていないと考える方が逆に不自然だから、人間相手にも暴力を振るう事に慣れてしまう程の期間を過ごしていて無印ランクって事もまあ無い。ランクはブロンズか、あってシルバーに成りたてってとこだろう。シルバー以上になれば、人間の討伐依頼の相手は主に冒険者の犯罪者か、それに匹敵する魔法使いになってくるからな。相当自惚れている印象もあったし、犯罪者の討伐依頼を避けるような考えの持ち主には見えなかったから、二度か三度も受ければ、あれじゃ勝てない相手に当たっていただろ」


 加えて、下手したら殺人事件に繋がりかねない傷害事件を学院で公けに起こす意味を考えていないあたり、本人の気質が短慮なのも間違いはない。あるいはそこまで考えてすらいなかったとしたら、現実と創作物の境が曖昧になってしまっている相当危険な部類の輩だと、冷静にプロファイリングを続けているロックの言葉はあたしの頭には入ってこなかった。


 だって、それが分かるって事は……そしてこいつは既にゴールド級だって事は……


「あなたも、人を殺した事があるのね……?」


「この世界で罪を犯した平民の魔法使いの扱いがどうなるかくらい、あんただって知ってるだろ?」


「うん……」


 酷いという意味ではない。逆だ。平民出身の魔法使いの犯罪は国からは殆ど放置されている。


 なぜなら、危険すぎるからだ。


 一般人と魔法使いでは戦闘力に開きがありすぎる。下手に一般人程度の戦闘力しか持たない下っ端貴族が捜査したあげく、犯罪者と遭遇するような事になったら、確実に命を落とす羽目になる。だからと言って、高位の魔法使いの犯罪者に対抗可能な戦闘力の持ち主だけで捜査から捕縛まで全てを行うのは、人的な問題から不可能と言っていい。


 貴族出身の犯罪者なら国の威信を懸けて騎士団が全力で討伐するけど、そうじゃない平民出身の高位の冒険者や、それに匹敵する魔法使いの犯罪者は、よっぽど国にとっても目に余るような罪を犯したのでもなければ、放置されてしまうのだ。


 そのため、魔物の討伐という、国が苦手とする仕事をメインで請け負うための機関である冒険者ギルドとは言え、そこから出た犯罪者なら、冒険者ギルドが対処すべきという事になっている。これに関しては冒険者ギルドの威信が懸かっているので、そこは彼らも真剣に取り組んでくれるけど、その際に用いられる戦力は当然冒険者だ。そして、その処遇は捕縛ではなく、殺害一点であるのも……。


「誰かがやらなきゃならないんだ。犯罪者が生まれたという事は、その被害に遭った人物が既に存在するという意味でもある。その恨みを晴らす力が本人に無く、公権力の力もあてに出来ないなら、そして何よりも、新たな被害者が生まれる前に、その犯罪者を始末しなければならない、誰かがな」


 だからこいつは、己の欲望優先で余計な被害に繋がりかねない行動をしそうな転生者なら、殺してしまう事に躊躇いが無いのか、とあたしは理解した。


 本当にその時が来たら、あたしには出来るだろうか……?


 こいつみたいに強くなれるだろうか……?


「安心しろ。あんたには俺が居る。俺が代わりにやってやるよ、依頼人様マイ・レディ


「――――――ッ」


 このシーンでその微笑みは反則でしょ。ニコポなんてもう流行らないわよ! バカ! 女たらし!

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