第14話 SIDEカレン

 唐突に現れた金髪もじゃもじゃ頭のイケメン。


 入学希望者の資料を読んで、イケメンに目を付けていた私は覚えている。確か平民の男だ。名前は忘れたけど。人の名前を覚えるのって苦手なのよね、貴族にはあるまじき事だけど。


 原作主人公の特徴はロックにも教えていたから、疑わしげな顔で「こいつが主人公か?」と目で語って来たので、あたしは断じて違うと全力で否定した。


 ってか、こいつ絶対転生者よ。資料だけじゃ分からなかったけど、『俺の嫁』って、どっちに対して言ったのかしらね。あるいはあたしとエミリア二人共に対してか。


 あたしやロックみたいに原作主要キャラに憑依したタイプじゃなく、モブか、そもそも存在すらしていなかった人物としての転生。そのパターンも居るわけね。そうなると、もうどこに転生者が潜んでいるか分からないって事になるじゃない。


 ロックの例からして、原作知識も無く、無意識で原作を破壊してくれる転生者の存在が居たとしても、最低でも名前付きのキャラクターでなければ、こっちの把握し切れないところでやられる可能性すらある。そんなのどうしろってのよ。


 そんな感じに色々と考えを巡らせてヘラりそうになっていると、ロックが懸念していたように、主人公の立場に成り代わろうとしているタイプかと予想されるその男は、有無を言わさずロックに襲い掛かった。


 強い。流石は転生者。才能は偶然だったのか、それとも、ここまで来ると神様転生した正真正銘のチート持ちが居てもいっそおかしくないとすら思うけど、私でも勝てるか分からない。身体強化は適性こそあっても『熟練度』を後回しにしている私じゃ、少なくとも接近戦では勝負にならないだろう。


 けれども……


「あ? 避けた? いや待て、捨て石君が身体強化を使えるだと?」


 最初の一撃をロックは涼しげな顔で避けてしまい、相手の男は一瞬不思議そうな顔をした後、きっと顔に力を込めると、改めてロックに襲い掛かった。今度は加減する気は一切無い様子で、顕在化させている魔力量も一気に跳ね上がっている。


 それでも、パンチも、キックも、何をしても男の攻撃はロックに掠りもしなかった。


「なっ……何でだ!?」


 ロックは常に紙一重ながら、しかし全ての攻撃を確実に避け切っているのだ。男の表情は焦燥感に染まっているのがハッキリと分かる。


「てめーっ、どんなチート使ってやがる!?」


「いや、あんたが下手過ぎるだけだろ」


 弱い、ではなく下手。そこに重要な意味がありそうだと、魅入られたように二人の攻防を眺めていたあたしは考えるが、答えは出ない。


「凄い……」


 側で同じく呆然としているエミリアが小さく呟いたけど、何がどう凄いのかまでは彼女も理解していなさそうだった。


「捨て石君のくせに生意気だぞ! つかてめーも転生者だな!? 他にも居やがったのかよ! しかも原作キャラとかずりーな!」


 ロックに答える声は無く、新たに登場した男の「くそっ」、「大人しくしやがれ!」、「本当にどんなチートだこらっ!」といった罵倒の声だけが一方的に響き渡る時間がどのくらい続いただろう。


 防戦一方でこそあったが、本当に一度も掠りすらさせないロックの方が圧倒的に凄いという事だけは理解し、その腕前に魅入ってばかりいると、男がとうとう「くそっ、くそっ」としか言わなくなった頃、ようやくロックが口を開く。


「俺が思うにだが……」


 全く苦にもしないで男の攻撃を避け続けながら、ロックは淡々と告げる。


「あんた、平民だな。既に冒険者デビューもしている。強力な魔物を倒して功績を稼いで、ランクだけは高くなってる部類だ。だが手練れの人間と戦った経験は無いようだな。少なくとも、豊富な魔力量に物を言わせて圧倒的な力の差で叩き潰せる雑魚以外、人間の敵と戦った事は無い。違うか?」


 図星だったのだろう。男は驚愕で一瞬動きを止めて、ロックから飛び離れた。馬鹿にされた事よりも、見抜かれた事が不気味だったのだと思う。ぶち切れるのではなく、慎重に窺うようにロックを睨みつけている。


「貴様ら、何をしている!」


 そうこうしていると、いつの間にか出来上がっていたギャラリーの間から教師の一人が現れた。


 二十代半ばの眼鏡を掛けた褐色肌に黒髪ストレートの巨乳美人で、少なくとも連載途中の段階でヒロイン扱いされてはいなかったが、主人公に好意的な教師の一人として、原作ファンの間では高い人気を獲得していたサブキャラクターの一人だ。名前はシャロン・マクレガー。


 ロックを一方的に襲っていた男は、ちっと舌打ちを鳴らしたが、すぐに笑顔を作って彼女に応じる。


「軽くじゃれ合っていただけですよ。貴族様の実力がどんなものか知りたかったんです」


「本当か? 私は平民にも寛容なつもりだが、貴族に対して平民が一方的に手を出したのなら論外だ。貴様の発言が嘘だったら議論の余地無く即刻退学ものだぞ」


 彼女は疑わしげにロックの方へと確認の意味で視線を向けたが、彼も男の言葉を否定はせずに頷く。


「ええ。彼の発言に嘘はありません」


「……分かった」


 納得してはいなさそうだったが、彼女はロックの発言を受けて、ギャラリー全体へ向けて言い放つ。


「ならばこのバカ騒ぎも解散だ。もうすぐ入学式が始まる。間に合わなかった生徒は何かしらのペナルティがあると思え」


 そんなルールは無いし、一教師の彼女にそんな権限も無いが、そう脅せば強制的に騒ぎを治めて入学式に急がせる事ができると考えたのだろう。


 案の定、全員が途端に講堂の方へと走って行く姿が目にできる。


 ……その中に原作主人公の姿は確認できなかった。


 なぜ……?


 何かトラブルでもあったのかしら?


 バタフライエフェクト、あるいは他の転生者の行動によって主人公の行動が原作と変わった?


 分からない。でも、少なくとも完全にエミリアとのフラグが潰れたのは間違いないわね。挽回は可能かしら?


「あの……」


 転生者同士の事情に巻き込んでしまったエミリアが一番の貧乏くじでしょうね。恐る恐るあたしに声を掛けてくる彼女に、あなたも早く向かいなさいと言って遠ざけ、あたしはロックと二人きりになった。


 シャロン……じゃなくて、マクレガー先生って呼ばなきゃいけないのか。日本に居た頃は誰もそう呼ぶファンなんて居なかったし、何ならシャロンたんの愛称で親しまれてすらいたけど、そういうわけにもいかないわよね。


 彼女はああ言ってたけど、入学式にはまだ時間がある。歩いても余裕だし、何なら入学式はサボってしまっても構わない。あたしは首席だけど、新入生代表挨拶みたいなのも特に無いしね。


「ねえ、何であそこで嘘を言ったの? 退学にしちゃった方が早かったんじゃ」


「どこでどう余計なマネをされるか分からないより、目の届く範囲に居てもらった方がいい。最悪――」


 普段でもクールな声音がいっそう冷たさを帯びる。


「――消す」


 本気だ、とあたしは強制的に理解させられざるを得なかった。


 何度か危ない発言をするところはあったけど、この男は本当に邪魔者を殺す事に躊躇いは無いのだと、理解せざるを得なかった。


 緊張感をごくりと呑み込み、頬を冷や汗が伝う感触がする。


「安心しろ。あんたに罪を押し付ける気はさらさら無いが、あんたの許可なく勝手にやりはしない。俺のポリシーにも関わる。それにあの程度なら幾らでもあしらえるしな」


 ほっとする物を感じながら、気まずい空気を換えたくて、努めて明るい声音で話題を振る。


「実力に差があり過ぎそうだったものね」


「そうでもないぞ」


「え? そうなの?」


 明らかに戦闘力の差がありすぎる感じだったけど……

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