第13話 SIDEエミリア

 私は平民として生まれた。


 けど、生れ付き豊富な魔力を持っていたおかげで、魔法学院への入学を許された。


 貴族が沢山居て怖い所だと聞くけど、平民は試験に受かってしまえば無料で学べる上に、卒業すれば国の魔法省や騎士団への加入が認められるから、将来安泰で、平民が立身出世する数少ない道の内、最も確実で安全なルートであるのは違いない。


 家族を楽させるためにも、才能のあった私がその道を選ばずにいられるはずがなかった。


 適性がフィジカル系の回復属性や補助属性に寄っている私は、レアな系統なので冒険者になれば引っ張りだこでもあるんだけど、自分の身を守るための手段が無いサポート役一辺倒の女の子が冒険者をするのは、よっぽど信頼できる仲間達と一緒じゃないと難しい。なので、私には魔法省への就職を志して魔法学院を目指すしかなかった。


 あるいは、同レベルかそれ以上の才能の持ち主達が集まる魔法学院でなら、友達として付き合っている内に互いを信頼し合い、改めて冒険者という選択肢も生まれる事もあるだろう。


 命の危険は公務員より遥かに高いけど、魔法省も騎士団も戦争になったらどうせ命の危険に晒されるのに然したる違いは無いし、貴族社会で生きるのも大変だから、冒険者の方が気楽で良いとも言われるしね。将来の保証は無いけど、若い内に稼げるだけ稼いで残りはスローライフも悪くは無いと、知り合いの元冒険者のお爺さんは言っていたし。


 貴族は横柄で傲慢な人が多いから、荒くれ者揃いの冒険者よりマシとは言え、可愛い私(ってみんなが昔から言ってくれるけど、私自身にその実感はあまり無い)は危ないから気を付けろと言われたけど、私の暮らす近隣を治めるご領主様やそのご家族様はみんな優しい人達だったし、あまり心配はしていなかった。


 けど……


 今の私はこれからの生活が心配でいっぱいです。泣きそう。ぴえん。










 平民用の女子寮に荷物を置いて、入学式が執り行われる講堂を目指していた私の前に、突然男の人が立ち塞がった。


 同年代の女子と比較して小柄な私よりも頭二つ分くらい背が高く、灰色がかった黒髪を綺麗に切り揃え、鋭い印象を受ける眼差しの中心に位置する瞳は力強い輝きを秘めた、凄く整った顔立ちの男の人だった。こんなに美しい顔をした男の人、故郷では見た事ない。


 とても同い年とは思えない大人びた雰囲気を身に纏っていたけど、学年を判別できるネクタイの色は私と同じなので、本当かと内心驚いてしまい、思わず顔とネクタイの間で視線を往復させてしまった。


 貴族と平民を完全に見分ける方法は無い(貴族に無礼を働いたら大変なんだから、不親切だと思う)けど、明らかに平民とは一線を画する洗練された佇まいや容姿は、どう考えても貴族でしょ。


 そのネクタイを緩めて着崩した、貴族らしくない制服姿が、本来ならだらしないはずなのに、妙に似合っていると思った。


 そんな風に色々考えていると、目の前の男の人から突然腰を抱き寄せられる。


 私に警戒心を全く抱かせない、あまりにも自然な仕草だったので、拒否する暇も無かった。


 しかも更に、私の顎を指先でクイっと上げさせて、間近で見つめ合うような形になる。


 これってこれって、もしかしてき、キスされちゃうやつ!?


 故郷の友人達ときゃいきゃい騒ぎながら、美男子からされてみたいシチュエーションとして誰かが言っていた内容を思い出し、思わず顔が熱を持ってしまう。


 そんないきなりダメですよ、でもでもこんなに格好いい男の人なら、いや待て相手は貴族っぽいし弄ばれるだけじゃないかしら、いやいや別に結婚するまで処女で居たいとか思ってるわけでもないし、故郷の友人達はもう結婚してる子も多いけど私は魔法学院目指してたから経験無いのちょっと負けてる気がして何だったから気に入る男性が居たら積極的に行こうって決めてたし、一夜の過ちもあり寄りのありね!


 なんて頭の中で乙女な私と女な私が議論している間に、その男の人の妖しい唇がおもむろに開き。


「お嬢さん、俺と危険な火遊び、どう?」


「あ……はい♡」


 頭の中では乙女な私が女な私に殴り飛ばされて、思わず自分でも聞いた事の無い熱に浮かされたような声と共に、無意識の内にそう答えていた。


 すると、その男の人は訝しげに眉をひそめてしまったので、私の返答が何かおかしかったのか、もしかして貴族特有の礼儀作法由来のやり取りでもしなくてはならなかったのかと心配になって来た頃。


「ナンパ成功させてどうすんのよ、このお馬鹿ー!」


 男の人の背後から、文字通り空中を飛んできた女の人が居た。


 彼は私を庇うように抱き寄せたまま身を横にずらし、彼女の飛び蹴りを片手で受け止めてしまう。


 どちらも凄い、と私は二人の技術に見惚れてしまった。


 華奢な女の身体能力を魔法で強化し、数メートルは飛来して、はた目にも物凄い力のあるキックを繰り出した女性の方も、背中に目がついているのかと思わされるくらいの正確さでそれを察知し、キックを片手で軽々と受け止めてしまった男性の方も、どちらも並みの冒険者では相手にならない強さだろう。


「スカートで飛び蹴りは流石にはしたないと言わざるを得ないな」


「ふざけんじゃないわよ! 本当に原作守る気あるわけ!?」


「言われた通りナンパしただろうが。細かいやり方については指示されてない以上、いつもの俺のやり方でやるしかないじゃないか」


「あなたいつもああやってナンパしてるわけ!? それはそれで何だか凄くムカつくっ」


「あんたにもやってやろうか?」


「要らないわよ! ふんっだ」


「拗ねるなよ」


 と、その女性の腰を抱き寄せる彼の姿が異様なまでに絵になる二人。


 女性の方も満更じゃなさそうで、そっぽを向きながらも、男性が気になって仕方ないらしく、視線だけはチラチラしている。


 改めて女性を見てみると、こちらも本当に綺麗な人で、二人の絵になる姿には思わず見惚れてしまわざるを得なかった。


 何だか、浮気性の悪い男性と、それを知ってるけど離れられない女性といった図の恋人同士にしか見えない。


 ちょっと残念な気はしたけど、本気になってしまい失恋する前に知れたのは良かったかなと思いながら、二人の愛憎劇をわくわくとした心持ちで眺めていたら……。


「てめー! その二人に何をしてやがる!」


 と、新たな男性が登場し、女性を抱き寄せたままの男性に向けて非難の大声を上げた。


 こちらも結構な美男子だった。


 けど、女性と見紛うような美しさを保ちながらも、男性的な鋭さと逞しさを器用に混在させた、何とも形容し難い独特の、妖艶とも言える雰囲気を自然と身に纏い、他者の視線を図らずも吸い寄せてしまう最初の男性に比べて、新たに登場した男性は、顔立ちこそ同等に綺麗なのは間違いないけど、こちらは単に綺麗なだけで、それ以上の感想は特に無い。


 あるいは、これこそがカリスマ性の差とでも表現すべきなのかもしれないと思わされるくらい、ぱっと見でも分かる程に、目には見えない、しかしハッキリと感じ取れるオーラが違い過ぎる。最初の男性に有って、後から現れた方には無い。


 それに何て言うのかな、一人目は「熱い夜を俺と一緒に過ごしてみないか?」と遊び前提で女性に一夜のお付き合いを提案して、女性を、それでもいいかなって気にさせてしまう本物のプレイボーイなのに対して、二人目の男性は、他の恋人の存在を黙って「お前だけだぜ」って女を騙した挙句、浮気がバレたら「お前なんて遊びに決まってるだろ?」って平気で言って女を泣かせる酷い男。女なんて自分の欲望を満たすための吐け口としか見ていない、そんな感じがプンプンと漂ってる。邪推だったらごめんなさい。でもさ、何度もそういう目で見られてきた私には何となく分かっちゃうよ。


 どちらもやってる事は変わらないという意見もあるかもしれないけど、どちらが良いかと問われたら、私は断然一人目の男性だ。と言うか、何なら遊ばれてみたいまである。


 その人と恋人同士っぽい美女の二人は、揃って身を離しながら新たに登場した男性を数瞬眺めた後、「知り合いか?」と問うような視線を女性に投げ掛けた彼に、彼女の方はぶんぶんと首を横に振って応えている。


「俺の嫁に気安く触れてるんじゃねーよ! 死にやがれ腐れ外道の捨て石如きが!」


 膨大な魔力の発露と、それに伴う高速での突進からのパンチ。


 いきなり始まったガチの修羅場に、戦闘向きの能力は殆ど無い私は呆然と見ているしかなかった。


 お父さん、お母さん、やっぱり魔法学院は怖い所みたいです。ぴえん。

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