魔法学院邂逅編

第12話

 オルテシア魔法学院。シルベスタリオン王国の首都から徒歩で半日くらいの郊外に陣取り、ファルネシア侯爵家の現当主が現学院長を勤める、世界に数ある魔法学院の一つ、というのはカレンから聞いた話だ。


 一応その存在は知っていたが、少し前までは他の貴族が学院長を勤めていたはずだ。魔法学院の存在が意味不明すぎて、一度調べた後はその存在自体を頭の中から消し去りたくて、すっかり忘却の彼方だったがな、いつの間にか代替わりしていたらしい。


 魔法学院と言っても、魔法しか勉強しないわけではなく、剣や槍と言った近接戦闘も授業の一環で教えている。


 というのも、この世界において、一定以上のレベルで近接戦闘をするなら身体強化を始めとするフィジカル系魔法と呼ばれる科目を習熟する必要があり、それを専門とする戦士系も魔法使いと分類されているからだ。魔法戦士マジックウォーリアーとは、魔法も使える戦士を指して言うのではなく、フィジカル系魔法使いを指して言う。


 資質的なものか、それとも性格的なものかによって向き不向きもあり、大抵はそれぞれが希望するコースの授業を受ける事になる。


 無論、エレメント系を得意としながらフィジカル系も使える万能型も存在し、マジックウォーリアーと区別するために、そう言った手合いは魔道騎士アークナイトと呼ばれるが、俺も分類上はそのアークナイトだ。そんな分類なんてあまり意味が無いと個人的には考えるので、自分から名乗った事は無いが。


 なぜ意味が無いと俺が考えるのかと言うと、属性適性は両方有るけど、まともに習熟しているのはエレメント系だけとかフィジカル系だけとかいう部類にもアークナイトを名乗る人物が普通に居るからだ。箔が付くからな。別にアークナイトという事実が即座に強いという事実に結び付く訳でもないんだが。


 エレメント系ならば更に地水火風その他諸々と各属性で得意不得意が別れたり、フィジカル系なら身体能力を高める身体強化属性だけでなく、防御力を高める身体硬化属性や、自分や、更には他者をも回復させる回復属性に、他者の身体強化や身体硬化を可能とする補助属性と言った具合に、属性ごとに更に細分化されており、ここでもまた得意不得意が別れる。


 全属性に適性があった俺の存在を反則チートだと言ったカレンの言葉は差して間違っていないのだ。これで魔力自体はショボかったら笑い話なのだが、生憎と俺は魔力も豊富だ。だからこそ、短期間で若くしてゴールド級にまで上り詰められたのだから。


 もっとも、適性のある属性の全てを習熟しようとしても器用貧乏になるだけなので、全属性に適性があるからと、何も考えずに全属性を極めに行くのもお勧めできたものじゃないし、俺も全属性を扱えるわけではない。素人が魔法使いを目指すなら、伸ばすべき属性の取捨選択や、その鍛錬方法など、専門家のアドバイスが受けられるならそうすべきだ。もっとも、大抵は選択できる余地があるほどの適性に恵まれる事は無いのだが。


 平民からの反逆を抑止するためにも貴族とは強い事が正義という風潮は各国共通で、だからこそ魔法の英才教育においてしっかりとした最先端の理論を持ち、それ故に各国から将来有望な資質を持つ少年少女が集まる魔法学院で己の子女を切磋琢磨させたくて、貴族の親たちはわざわざ他国に出してまで学ばせるのだ。


 コネ作りという意味でもな。学院出身とそうじゃない貴族子女の間には、様々な面でその後の扱いに差が生じる。貴族社会は究極のコネ社会だからな。


 その性質から全寮制で、オルテシア魔法学院が存在するシルベスタリオン王国の貴族子女ですら、公平を期すために寮生活が強いられる。


 というわけで、入学式前に貴族男子寮の自分の部屋に荷物を置いた俺は、女子寮で同じようにしているはずのカレンと合流するために、寮を出て待ち合わせに指定された場所へと向かう。


 その途中で通り掛かりに目にする事になった平民男子寮は、言葉を飾らずに言ってしまえばみすぼらしかった。どこの豪邸かと思わされる貴族寮とは雲泥の差だ。


 仕方ない事だがな。身分の差が絶対的な意味を持つ時代なら。


 それに、貴族の子女なら基本的にフリーパスで、入学試験は序列を決めるための儀式としての意味合いしか持たないのに対して、本当に優れた資質を秘める限られた人間しか入学を認められない平民では、生徒の絶対数も貴族に劣る。そこに金を掛けようと考えられないのはやはり仕方ない。


 仕方ない事だとは理解するが、こうした不公平がはびこっていては、生徒間の対立は尚更止められないだろうなと、俺は今後を思って溜息せざるを得なかった。巻き込まれたくないものだ。学生レベルのじゃれ合いに興味など欠片も無い。


 本当に何で、授業は別々とは言え、貴族と平民をごっちゃにして同じ空間で生活を共にさせようなどと考えたのだか。どう考えても原作を基準に現実を合わせているとしか考えられない。


 一応、建前上は貴族であろうと平民であろうと、同じ学び舎で勉学に励む学生同士として、外での権力を行使するようなマネはご法度という事になっているらしいが、人は3人集まれば派閥が生まれる生き物なのだから大した意味などなかろう。


 貴族の方は平民を自分と同じ人間だと認識してすらおるまい。まともな大多数はそうでもないだろうが、そういう貴族も確実に存在する。今生の実家の連中なんかはその典型例だったし、前世の俺の生家も大して変わらん。名称が貴族ではなく名家だっただけだ。


 だが平民は貴族をご主人様と盲目的に従うわけでもない。同じ人間だという意識は拭えないだろう。


 教育が行き届いた大人として仕事上の割り切りが出来るようになった後ならともかく、血気盛んな思春期じゃ、殺し合いをしろと言ってるに等しいだろうに。


 いや、デストラント・サーガという物語が前提という説を信じるなら、トラブルの起こりやすい環境は、物語を書く上ではむしろ好都合なのか。


 まあ、一緒に授業を受けさせるのは尚更意味が分からなくなるがな。分かり易く言えば、小学一年生の平民と中学一年生の貴族を同じ教室で学ばせるようなものだ。それに比べれば別々ならばまだ……いや、うん、やはり意味が分からん。


「あら、待たせたかしら」


「今来たところだ」


 デートの待ち合わせを思わせるやり取りだったのを意識したのか、あっと顔を赤くするカレンだったが、俺は余計な事は言わずにスルーした。


「あまりご機嫌麗しくないようね」


「現状を認識すればするほど、未来なんぞ忘却の彼方に置き去って今すぐ出て行きたくなってくる。主人公様は理不尽を許容してくれる器の大きな男だったりしないよな?」


「しないわねぇ。むしろ積極的に嚙みついて行くタイプよ。普段は優柔不断なくせにね」


 なら最後まで優柔不断で何も出来ずに居てくれ、と俺は暗澹たる思いで深く息をした。


 良く言えば、普段は優しいが、いざと言う時は理不尽を許容せず、強者を敵に回す事も厭わない正義漢、なのだろうな。言い方一つで偉い印象の差である。


「で、俺は何をすればいい?」


「そろそろメインヒロインのエミリアが講堂へ続くこの道を通るはずだから、あなたは彼女をナンパして。嫌がる彼女を強引に誘っていれば、主人公が助けに入るから。その後はあたしが更に助けに入るわ」


「イエス、依頼人様マイ・レディ


 言っていると、どうやらそのエミリアが来たようで、あの子よと小さく呟いたカレンは、他の人間に俺と居る場面を見られないよう木陰に隠れた。


 それを見届けた俺は街路樹の群れから姿を現し、エミリアの前に立つ。


 なるほど、確かに血統的に美形な貴族顔負けに可愛らしいお嬢さんだ。大人しそうな性格が外見に滲み出た茶髪セミロングの小動物系。


 大人っぽく豪奢な印象の金髪ロングでスタイルも爆裂しており、気の強さが前面に滲み出ているカレンとは対照的で、御し易そうで守ってやりたくなる柔らかい雰囲気は、好きな男は好きだろう。俺はカレンの方が好みだが。


 いきなり貴族が目の前に立ち塞がっても、脅えるのではなく、不思議そうな顔をしているあたり、天然で純粋培養のお人好し感が出ている。この世界の一般的な平民の女なら、普通は脅えるか、最低でも警戒はするんだがな。それもご都合主義か。原作者がそういう女を好きだったのだろうが、ならせめて貴族の箱入り娘にしておけよ。


 いや、最初のヒロインはクラスメイトにしておきたかったのだろう。平民クラスは一つしかないしな。貴族と平民のクラスを分けたのは、流石に四六時中一緒は無理があると考えたのだろうか? それとも他の理由か?


 ……何を大真面目に考察してるんだろうな、俺。もういちいち現実と照らし合わせて考えるのもバカバカしくなってきたぞ。


 その思いを押し殺し、俺はナンパを決行する。


 エミリアの腰を強引に抱き寄せ、顎を摘まんで顔を持ち上げさせて、見下ろす俺の視線に彼女自身の視線を合わせさせる。


「え?」


 と戸惑いを露にするエミリアに、俺は微かに顔を近づけながら微笑む。


「お嬢さん、俺と危険な火遊び、どう?」


「あ……はい♡」


 ぽっと頬を染めながらの肯定の返答を受け、俺は「あれ? 話が違うぞ?」と一瞬固まってしまった。


 その隙に、背後から奇襲を受けてしまう。


「ナンパ成功させてどうすんのよ、このお馬鹿ー!」

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