第10話

 ファルネシア家に連れて来られた俺は、更にカレンの部屋まで連れて来られると、しばらくの間、放置された。


 父親に俺の事で許可を取って来ると言って部屋を出て行ったカレンが、一時間程で戻って来たら、その手には男物の学生服らしき衣服があった。


「サイズ合ってるか試してみて」


 と言われたので、話しながら着替える。


「……見てたいのか?」


「男のくせに恥ずかしいのかしら?」


「貴族令嬢としてはしたないぞ。好きにしてくれて構わないがね」


 今更女に裸を見られて恥ずかしがる時期などとっくに過ぎている。


「わぁ……細マッチョだ」


 ぽっと頬を染めるカレンが見て取れる。


「服の上からでも何となく分かってたけど、凄く鍛えてるのね」


「身体能力は魔力で補えるとは言え、地力を鍛えていて損するもんじゃないからな」


「身体強化できるんだ。原作のあなたはエレメントこそ多彩に扱ってはいたけど、放出系の魔法一辺倒だったはずなんだけど」


「全属性に適性があったぞ」


「チートじゃない。呆れる才能ね。原作のあなたがどれだけ腐ってたのか、あなたを見てるとよく分かるわ。才能だけで次席入学しただけはあったって事か」


 ちなみに首席は原作でも自分だし、今回も当然自分だと、カレンは自慢げに豊満な胸を張った。


「ところで、親父さんには俺の事は何て説明したんだ?」


 俺も一緒に行くと言ったのだが、その方が面倒くさくなるから、自分だけで良いと言って断られたんだよな。


 今夜は泊めてもらう事になるので、礼儀として挨拶くらいしていなくて良いのかと思うのだが、食事もこの部屋に運ばせるらしいし、どうしてそこまで頑なに俺と親父さんを会わせたくないのだろうか?


 まさか、恋人を紹介するようで恥ずかしいってわけでも……ありそうだな。もしかして本当にそれが理由か? 何が何でも親父さんと顔を合わせたいわけじゃないし、別に俺自身は構わんので、変に追及してヘソを曲げられても面倒なので、あえてしようとは思わないが。


「嘘ついても見破られちゃうだろうから、やんごとない事情があるから何も聞かないであなたを入学させてくれってストレートに言ったわ」


「よく変に勘繰られなかったな」


「なぜかそこに関しては全く追及されなかったのよね。あとなぜか、頼んでる間ずっと、いつもよりご機嫌だった気がするわ」


「ふむ……なるほど」


「理由が分かるの?」


「あんたは俺の事を調べたんだろう?」


「うん。パパには内緒で……って、まさか!?」


「バレてるんだろ」


 前世持ちだろうが、所詮はまともな実務経験も無い小娘の企みなど、海千山千の大貴族からしてみれば子供の遊びに等しいだろう。むしろ裏ではカレンに知られないように助けてくれてたんじゃないか?


 俺を探しに抜け出してきたのも、見逃されていたと考えた方が良さそうだな。


「どこまで知られてるかは分からないが、少なくともあんたの知ってる事はそのまま筒抜けだと思って構わないだろ。転生者云々はどうだか知らんが」


「あたしって……」


 もしかして、親には知られないように上手くやったつもりだったのか? まあ、俺を探す理由を問い詰められたら答え難かったのは確かだろうが。


 凹んでいるカレンは放って、俺は着替え終えた。


「こんなものか? サイズは丁度良さそうだな」


 最後にキュッとネクタイを締めながら鏡を見て確認していると、カレンは下げていた頭を上げて俺を見て、満足そうに笑う。


「うん、似合ってるわよ」


「……堅苦しいな」


 俺はネクタイを緩めて、ワイシャツのボタンを二つほど外した。


「うわっ、似合いすぎ。そっちの方が絶対良いわ」


「そりゃどうも」


 頃合いを見計らっていたのか、それともただの偶然なのか、ちょうど召し使いの女がティーセットを持って部屋にやって来た。


 彼女はそれをテーブルに置いて、静かに一礼してから部屋を去る。


 それを見届けた俺たちは、暗黙の内にお互いにテーブルを挟んで座った。


「歪な世界だな」


 俺の発言が唐突すぎる内容だったのか、どういう意味だと首を傾げているカレンは、文字通り可憐な仕草と容姿で、得してるなと俺は密かに思った。


「平民と貴族を一緒にさせて、一体全体、本当に何をさせたいんだ?」


「クラスは別よ」


 平民クラスでは、教養を身に着けていない平民が貴族と接していて問題無いだけの教養を学ぶ事が、勉強時間のほぼ全てに充てられている、とカレンは言う。


 逆に貴族クラスの方は社交界の延長でしかないらしく、まともに勉強らしい事をするのでもなく、平民が勉強している時間はお茶会や芸事のお稽古に終始するらしい。同世代の貴族同士、将来を見据えたコネクション作りの場でもあるとか。


 魔法関連の座学や実習の時間も、既に教育を受けている貴族と、基本的に教育を受ける事が許されなかった平民との間には明確な差があるため、別々に行われるとか。


 ……同じ学院で学ばせる意味がどこにあるんだ?


 それじゃ貴族VS平民の構図で争いの種にしかならないと思うのだが。


 民間から優秀な人材を発掘したいという上層部の思惑は理解できなくもない。血筋の停滞が招く先は滅亡しかないからな。地球で有名かつ極端な例だとスペイン・ハプスブルク家か。俺の前世の生家もおそらくそれに近かったのだろうと思う。余計な外戚紛いの外様が入って来ないよう、昔は親戚筋でしか婚姻してなかったらしいからな。俺からしてみれば何様だって話だが。


 だがそれなら、それ専用の平民の学校を作れば良いだけの話で、貴族と平民をごっちゃにする意味が俺には本当に理解できない。それとも俺が思いつかないだけなのだろうか?


「平民が貴族と絡んで成り上がって、立場が逆転する姿を描きたかっただけでしょ。そこに論理的な理由なんて求められてはいないのよ」


「推測だが、原作と関係無さそう、あるいは影響が無さそうな部分は、文明水準に即して現実に生きる人間の本能や感情に根差した状況が構築されているように思える。原作とやらで描かれなかった部分は勝手に現実的な整合性を取られたと考えるべきか?」


 カレンは俺の推測を聞いて怪訝な顔をしている。


「……と俺は考えるんだが、どう思う?」


「えっとさ……悪いけど、どういう意味?」


 ああ、話の内容が伝わってなかったのか。過去に組んだ冒険者からも、よく注意された事なんだが、どうも治らないな。


「例えば昨日も話した女の貞操観念や社会モラルに関してだが、おそらく原作において、貴族の女は結婚するまで処女じゃなきゃならないという記述は明確には無かったと俺は考える。違うか?」


「もう16年近く前になるわけだし、うろ覚えだけど、確かに無かったと思うわ」


 カレンの返答を受けて、やはりなと俺は確信を深める。


 皮肉げに唇を歪める俺を見て、カレンは不思議そうな顔をするだけで、「それが何?」と言わんばかりだった。少しは疑問に思ったりしないのかと、俺は呆れを隠し切れなかった。

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