第9話 SIDEカレン
乙女ゲーの攻略キャラかよ!
それが、捨て石君改め、リンドロック・メイスター改め、ロックに抱いたあたしの嘘偽りの無い感想だった。
イケメンながら、性格の悪さが滲み出る表情しか描かれなかったリンドロック・メイスターから毒気を抜けば、そこに残ったのは正真正銘のイケメンでしかない。
かなり女慣れしている雰囲気があからさまで隠しきれておらず、と言うか本人に隠すつもりすら無いようだが、原作よりも鍛え抜かれた体つきのおかげなのか、ある種の色気という物すら感じさせられるフェロモン野郎。ぶっちゃけメッチャ好みです。
こういう男からドロドロに愛されるのが好きな女は多いとあたしは思う。現実じゃ浮気される可能性が高いけど、好きな物は好きなのだ。
すわ処女喪失かと若干の期待と、同じくらいの恐怖心を抱いていたら、見抜かれてしまったのは羞恥心も覚えたけど、女に見境が無いわけじゃなく、優しいんだと思えて、図らずもガチで胸キュンしてしまった。
あまりチョロい女だと思われたくなくって、誤魔化すために振った話題が特大の地雷で、思わず息を呑んで冷や汗する羽目になってしまったけど。
嘘だとは思わなかった。ロックが語る姿に淀みは無かったし、あまりにも生々しすぎる内容は、容易に考え付く話ではないと思った。
ロック自身もそう言ったように、男としては数多の女性とエッチ出来て幸運だろうと、あたしも全く思わないでもなかったけど、その体験があったからこそきっと、初体験は本当に好きな相手にしておけと手を引いてくれたのだろうと考えると、彼の本心も透けて見える。
女たらしなのは本当みたいだけどね。彼の前世の境遇や、自分の意思で挑むなら死地でも構わないと言い切った彼の性格から鑑みるに、自ら選んだか、他者から強制されたかの境目はかなり重要な意味を持つのだろうと、彼との今後の付き合いをする上でのコツを掴んだ気がした。
その直後にされた頬っぺにチューは、男慣れしていないあたしの頭を一瞬で沸騰させてくれたけど、彼の姿が無くなって、あたしはキスされた頬を手で押さえながら、ぽーっと余韻に浸ってしまった。
壁ドン、押し倒し、からの優しさを見せた上で頬っぺにチューと、イケメンにされてみたい事ランキングでトップ10に入るとあたしは確信している事を短時間に幾つもされてしまったのだ。こんなのキュンキュンしない方が乙女的に無理でしょ。前世も合わせれば余裕の三十路越えとか言ってはいけない。
「うきゃぁ~~~~っ」
ベッドの上でうつ伏せになり、顔を枕にぎゅっと押し当てながら抱き締め、足をバタバタさせている、悪い男にもてあそばれてしまった初心な乙女の姿がそこにはあった。
それを自覚していながら、危険な男との恋が現実に己の身に降りかかってきて、それを楽しんでしまっている自分自身を、あたしは否定できなかった。
真剣に付き合ってくれるって言ってたし、エッチさせてあげちゃった方が良かったかも、と少しだけ後悔してしまったけど、出会ったその日に体を許すほど軽い女じゃないつもりだし、ちゃんと好きって言われてからにしたいと、あたしは自分自身の心に予防線を張り巡らせるので必死で、胸がドキドキしてしまってその夜はなかなか眠れなかった。夢なんて見れなかったわよ。
翌日になって訪ねて来たロックに寝不足の顔を見られた事で、彼は大凡の事情を察してしまったらしく、鼻で笑われてしまい、原作とは違う意味で性格悪い男ねと、むっとしながら言い訳してラブコメしてしまったけど、それすら楽しくて幸せな気分になれてしまった。
悪い男の術中に嵌っている気はしないでもなかったが、幸せな気分にさせてくれるなら構わないかなと、ホストに夢中になる馬鹿な女の気持ちが少しだけ理解できてしまって、何だかちょっと複雑な気分にもなってしまったけどね。
再会してすぐに、あたし達は魔法学院に向けて出発した。ロックが滞在していたのが学院の存在するシルベスタリオン王国だったおかげでギリギリ間に合うけど、入学式は既に翌日に差し迫っている。急ぐにこした事はない。
そうなると予想していたロックは、昨夜の内に知り合いに別れの挨拶は済ませていたらしく、すぐに出発する事ができた。卒のない男である。
道中、護衛の騎士達は馬車の御者をしているので、馬車の中で二人きりになったあたし達は、この間に打合せを済ませておこうと、真面目に話し合っている。
「あなたがちょっかい掛けるのはメインヒロインの一人で、主人公が最初に交流を持つ女よ。名前はエミリア」
「平民か?」
「そ。ヒロインだけあってそこらの貴族令嬢じゃ太刀打ちできないくらい可愛いわよ。だから原作のあなたに目を付けられて、強引に女にされそうになったわけだけど」
「それを主人公が助けて、恋に落ちるわけか」
ありがちだな、と小さく零すロック。
「冒頭の時点じゃ主人公にあなたに勝てる力は無かったから、騒ぎを聞きつけたあたしが解決して、二人が交流を持つのと、あたしに興味を抱かれるって流れね」
いわゆる「面白ぇ女だな、お前」ならぬ「面白い男ね、あなた」である。
「その件は了解した。けどな、一つ大きな問題がある」
「何かしら?」
「俺って学院に居る間、ずっと嫌な男を演じ続けなきゃならないのか?」
それは考えてなかったけど、確かに大きな問題ね。
「それは流石に気疲れするだろうし、そこまで演技を上手くこなせる自信も無いぞ」
更なる追い打ちに、あたしの頬を一筋の汗が流れ落ちる。あたしって思慮深い方だと自負してたんだけど、もしかして行き当たりばったりの脳筋だったのかしら……?
「えっと……いっそ手あたり次第に女に手を出しまくって、男子にとって嫌な男になるとかどうかしら?」
「
自棄になったあたしの提案にもたらされたジト目での返答に、あたしは全力でそれは止めてくれと謝罪する羽目になった。
こういう男は特に、危険な恋に恋焦がれる貴族の乙女にとってドストライクなのだ。まともに友達が居ないあたしだって、社交界で世間話をする機会くらいはあり、ご令嬢の一人が、そういう男と恋がしてみたいと言って、「分かるー!」と多数の同意の声が上がっているのを耳にした事くらいあるし、その中の一人にあたし自身が居たのも紛れもない事実だ。
貴族令嬢が遊びで期間限定の恋愛をするのに抵抗感が無いと知った以上、この男の自由にさせたら、どれだけの犠牲者が量産されるか知れたものじゃない。
平民だって、甲斐性抜群でイケメンときたら、拒否する女の方が少ないだろう。
「取り合えず、フォローし易いようにクラスはあたしと一緒にして、できるだけ主人公と接触しない方向で行くしかないかしら」
序盤では事あるごとに主人公の前に現れて挑発を繰り返すのだけど、そこはもう諦めるしかないでしょうね。
「貴族と平民が同じクラスで学ぶのか?」
「あなたは貴族って事にするわ。社交界デビュー前のあなたがメイスター家を廃嫡された元嫡男だなんて、同じリゼルビント王国の貴族だって、わざわざ調べなきゃ知り得る事じゃないでしょ。念のために遠国の貴族って設定で、適当にメリスターとか名乗っておけばいいわ」
確かにと頷くロック。
「何なら、うちの騎士として一時的に本当に貴族の名前を与えてもいいけど」
平民を騎士の一人に任命するくらい、我が家の力を持ってすれば簡単にできる。
「意味があるとも思えないな。騎士程度の家柄で横柄な貴族を演じるのも不自然だろう」
「まあそうね」
「それに、騎士として貴族登録されたら、王家の命令に逆らえなくなるだろ。万一にもそれで迷惑掛ける気は無い」
「反逆する気でもあるわけ?」
「この国の民じゃない俺に反逆ってのは本来当たらないという話は置いておくが、気に食わない命令ならとっとと逃げ出すぞ。依頼なら余程じゃない限り成し遂げるが」
「あなたの許せる基準が何となく理解できてきたわ。騎士叙勲の話は無しね」
「賢明な判断だ」
と、このように大真面目な顔をして打ち合わせをした事が全て無駄になるだなんて、この時のあたしは想像すらしていなかった。
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