第8話 SIDEカレン
前世のあたしはいわゆる喪女のオタクだった。
何度か男子から告白された事はあったから、顔はそこまで悪くは無かったのだと思う。ただ、何となくピンっとは来なくって、結局男子と付き合う事は無かった。BLも嗜むガチオタな実姉の影響で、あたし自身もオタクなせいもあり、ちょっと夢見がちな部分があったとは思う。要するに、劇的な恋愛に憧れちゃうような、ちょっと痛い系女子だったのは否定しきれない。
高卒で就職したあたしは、恋人が出来る事もなく、漫然と仕事と趣味に浸る生活をしていたが、ある日お約束のトラック事故で転生した。自分の不注意だったので、トラックの運転手には悪い事をしたと思う。罪に問われていない事を祈りたい。
転生先は生前にアニメから知ったデストラント・サーガというハーレム物のヒロインの一人であるカレン・ファルネシア。挿絵が好みだったので、原作のライトノベルも購読した、そこそこの大作のメインヒロインの一人だ。
その事実を認識したあたしは「よし来た、これで勝つる!」と歓喜した。
作中ヒロインとしては最強。腰まで届く金髪を靡かせて、ボンキュッボンなスタイルを惜しげも無く晒し、常に堂々と生きる美女として主人公の憧れを受ける魔法学院長の娘にして侯爵家のご令嬢。圧倒的勝ち組キャラこそが、カレン・ファルネシアだ。
もっとも、主人公の才能はそれ以上で、いつしか「主人公様素敵ー!」と賛美するしか能の無い、ヒロインと言う名の記号みたいなハーレム要員の一員と化すのだが。
男にとってはそれが理想的な女なのだろう。可愛いヒロインが見られるならそれで構わないあたしなんかはあんま気にしなかったけど、「男ってさぁ(笑)」……って思う事もそりゃあった。
女だって、自分だけを盲目的に溺愛してくれる王子様達に囲まれるのに憧れたりするんだから、お互い様だとは思うけどね。もっとも、女の場合、最後まで逆ハー路線を突き進むのではなく、他の男にも言い寄られて、本命が嫉妬してくれる姿に萌えたあげく、最終的には気を持たせていたサブヒーロー全員を切り捨てて本命と結ばれる方向性を好む傾向はあるけど。そこは種蒔き本能がある男と、産める子供の人数に限りのある女としての本能的な差なのだろう。
だが、あたしは、原作通りにハーレムの一員で満足する気など無かった。未完結だった作中では正式な描写こそ無かったものの、世界の危機を救う王道ファンタジー路線っぽかった原作において、下手に余計な行動をすると世界が滅びる可能性もあるが、だからと言って、全く好みではないステレオタイプなハーレム主人公の愛玩人形などごめんである。読者の共感を得たいからだろうけど、顔も特に優れているわけではない十人並みという設定だったし。原作の挿絵やアニメじゃそこそこイケメンに描かれていたけど、それは割と定番の現象だ。
あたしは普通にイケメンが好きだ。そこに嘘をつく気は無い。イケメンなら何でもいいってわけじゃないけどね。作中屈指の才能を持つと言われながら性格最悪で速攻退場する『捨て石君』(リンド『ロック』の部分から捨て石君と呼ばれるキャラだ)みたいに性格が終わってるイケメンは流石にお断りしたい。
が、ぶっちゃけ原作主人公の性格も好みとは到底言えない。優しいと言えば聞こえはいいが、あんなのはただの優柔不断でしかない。友達としてなら問題無いが、恋人としてはごめんこうむる。女は愛する男にとってのたった一人の女として愛されたい生き物なのだ。
せっかく作中屈指の美貌と才能を誇る女に生まれ変わったのだから、そのくらいの贅沢は言わせてもらいたい。
だからあたしは、とにかくまずは鍛える事にした。主人公の愛玩人形を拒否する以上、それ以上の働きで世界の危機を回避する一助にはなるべきだろうという義務感もあるにはあったが、あたしTUEEEEEEEEしたかったのが紛れもない本音である。
幸い世界観的に、女は黙って男のお飾りをしていろという事も無く、貴族として魔法の研鑽を積むのを好まれるおかげで、両親の理解と協力を得るのは難しくなかった。
ただ、もうすぐ原作開始だと言うのに、実戦経験を積める機会は一度も無かったのが一抹の不安だ。魔物を倒して経験値を得てレベルアップという世界観ではなかったせいもあり、そこは両親も許してくれなかったのだ。
だが、原作よりレベルアップしているのは間違いないはず。最新話のカレン・ファルネシアと同等の実力には達しているはずだった。
だから油断していた。自分が強くなる事で頭が一杯なばかりに、転生者が他にも居るなんて考えもしていなかった。
ある種の慢心を抱いていたあたしの楽観的な思考を打ち砕いたのは、入学希望者に好みのタイプが居ないかなと期待して、パパの執務室に内緒で忍び込んで、顔写真付きの願書を確認していた時だった。写真の存在にツッコミを入れてはいけない。ご都合主義ファンタジー世界なのだから。
「あ、この子いい感じ。こっちの子も好みかも。やっぱモブにもイケメンは居るのね。主人公はリアルになるとこんな感じかぁ。やっぱ顔も好みじゃないわねぇ」
と、何人かの男子に目を付けながら、イケメンのプロフィールを確認し終えたのだが。
「あれ……?」
あたしは疑問の声を発しながら、再度願書を頭から確認する。
「……居ない。捨て石君が居ない」
通称捨て石君は序盤の中ボスとも言うべきキャラクターで、主人公の成長のためには欠かせない踏み台だ。そこが無くなると、それ以降の敵に力不足からあっさり殺されてもおかしくはない。
「何で……!?」
慌てて家の権力と財力を全力で駆使して調べた結果、おそらくこいつも転生者であるとあたしは推測した。
実家を廃嫡されて13歳になるかならないかという若さで平民として冒険者デビュー。様々な事情からその年齢で冒険者というのが平民では異例と言う程ではないものの、あっという間に頭角を現し、順調にランクを上げて行って、15歳にして既にゴールド級。
デストラント・サーガは学園物として物語が始まるが、主人公も冒険者登録して様々な冒険をするし、物語後半はむしろそちらがメインになる。その中で主人公は最新話でようやくゴールドに達していた。
ちなみにランクのシステムは、何の功績も無ければただの冒険者で、世の冒険者の8割はこの無印ランクと言われている。そこから、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、オリハルコンという順で上がって行くが、プラチナは時代ごとに数人という選ばれし存在だし、オリハルコンは伝説級の偉業を成し遂げた人間に与えられる物で、現在は一人も居ないという設定だ。きっと最後は主人公がその地位に納まるのだろう。
つまり、ゴールド級とは世界全体でも上澄みの中の上澄みという意味なのだ。
ランクの昇格は功績が基準になるので、必ずしもシルバー以下はゴールドの冒険者より弱いという意味にはならない。実際、主人公が倒した敵の中にはプラチナ相当と言われる相手も居た。
しかし、最低限ゴールドに相応しい戦闘力は保証される。
あの三下、捨て石君の蔑称である意味愛されているリンドロック・メイスターがである。
こんなの転生者じゃなきゃありえないでしょ。
平民の入学試験は既に終わり、入学式を数日後に控えたある日、ようやくリンドロック・メイスターの居所を掴んだあたしは、即座にそいつへの接触を試みた。
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