第6話

 俺に押し倒されて、全身を小さく震わせているカレンを見て、俺は興をそがれた。


「……止めた」


 と言って体を起こし、ベッドの淵に座った俺を、カレンはほっとしたような、しかし心配そうでもある複雑な表情で見てくる。


「あんた、前世も男を知らずに死んだのか?」


 途端にカレンはかっと顔色を赤くし、パクパクと口を何度も開閉させている。


「そうか。なら、初めてくらいは本当に好きな相手にしておけ」


「あ……あなたは、その……もう経験済みなの?」


 答える必要があるとも思えなかったので、俺は無視して立ち上がろうとしたが、がしっと腕を掴まれて、無理やり座り直させられてしまい、それは叶わなかった。


「別に逃げるわけじゃないから安心しろ。飲み物が欲しいだけだ」


「ならいいけど、経験あるのか聞かせてよ」


「何でそんな事が気になるんだ?」


「好奇心? やっぱほら、年頃の乙女としては気になるって言うか」


 わくわくとした気持ちが隠しきれていないカレンの表情を見て、趣味の悪い事だと思いながらも、別に何が何でも隠さなくてはならないわけではないし、ある意味カレンに恥をかかせたような俺の行動を誤魔化すのに丁度いい話題になるかと思い至る。


「今生では冒険者デビューしてすぐの頃に、年上の冒険者の女に食われたな」


「あなたが冒険者デビューした年齢って……」


 嘘でしょ、と口元を押さえるカレンだが、手で隠しきれていない口の端はニヤけている。


「前世よりは遅かったし、前世も含めて、生まれて初めて俺の意思で抱いた女だったから、俺にとっては良い思い出なんだがな」


「え? 前世でも童貞じゃなかったの!? しかも、え? 前世の方が早かったって、嘘でしょう!?」


 先程の俺の話を聞いていればそう考えるのもおかしくはない、どころかむしろ普通だろうが、生憎と俺の前世の生家は、そんな世間一般の常識が通用する家柄じゃなかった。


「古臭い因習が未だにはびこっている名家だったからな」


「婚約者が居た、とか?」


「いや、歯に衣を着せず有態に言えば種馬だろう」


 前世の両親は俺しか子供に恵まれなかったが、どうやら原因は母親ではなく父親の方にあったらしい。俺が生まれた以上は種無しというわけではなかったのだろうが、生殖能力が非常に弱かったようだ。


 その証拠に、俺の実母が俺しか産めなかったので、何人もの愛人を囲って子作りに励んでいたらしいが、結局生まれたのは俺だけだったようだ。


 それを知ったのは、俺が種馬を勤めなければならなくなった時に、反発した俺を説得するために世話係が話してくれた時だったが。母親の鬱病の原因は父親の愛人のせいもあったのだろうと俺は思う。


 それでも、父ではなく、母の方が親族から責められていたという事実を考えれば、どれだけ歪な思想に凝り固まった連中だったのかご理解頂けるだろうか。『元気な跡取り息子』に恵まれないのは全て嫁いで来た女のせいなのだ、あの連中にとってはな。理屈としては「夫にどんな理由があろうと、『元気な跡取り息子』を産んでみせるのが嫁としての務め」という事らしかった。常識的な現代人からしてみれば到底信じられない話だろうがね、連中は大真面目にその思想を信じていたようだ。


 実母はよく托卵という選択を取らなかったと褒めたいくらいだが、DNA鑑定すれば終わるからな、それも出来なかったのだろう。自分達に都合が悪ければ科学的な根拠を「昔はそうだったのに嘆かわしい」と言った理屈にもなっていない理屈で覆すくせに、都合が良いなら科学も信じるのがあの手の連中のお家芸だからな。俺も会った事は実父と同様、数える程しかなかったが、喋れば喋るだけ不快にしかならない連中だった。


 だが、科学的な原因から目を背けて跡取りを失うのまでは何としても避けたかったらしい。俺は15歳まで生きられるか分からないと言われていた。なので直系の子孫を残したければ、俺が死ぬまでに、俺に種付けさせるしかなかったのだ。


 前世の俺は精通した11歳で初めて女を抱いた。


「13歳未満の性交は本人の同意があっても犯罪だったはずじゃ……」


「あの連中が気にするわけがない。自分達に都合の悪い法律など存在している方が悪いと考える連中だぞ。いや、選ばれた存在の自分達が守るべき法なんぞ無いと考えている、が正しいか」


 相手は大分年上ばかりだったが、母体としての確実性と安全性が重視されたのだろう。


 おそらく、俺の子供を産む事を条件に、何かしらの取引が成立していたのは間違いない。相手の女に聞いても決して話そうとはしなかったので、具体的には俺も知らないが。


 しばらくして、その女は俺の病室を訪れる事は無くなった。妊娠したからその必要が無くなったのか、それともタイムアップだったのかは俺の知るところではない。一度気になって俺の世話係に聞いてはみたが、俺が知る必要は無いと言われて終わった。


 その後も、定期的に新しい女が俺の病室に送り込まれる生活が、16歳になるまで絶える事は無かった。16歳でそれが無くなったのは、俺がマグロになってすら性行為を行えなくなったからでしかない。


「人工授精という手段を頑なに取らなかったのも、どうせまた連中特有の妙な理屈が働いていたんだろうな」


「そんな事が現代で……」


 慄くように青い顔で口元を押さえているカレンに、善良な人柄が見て取れて、あまり愉快な思い出ではない話を語っていた俺は少しだけ微笑ましい気持ちになれた。


「あるんだ。貴族が一夫多妻なのも、権力者がハーレムを築きたいという考えから生まれたわけじゃない。確実に血筋を残すためだ。推測だが、『彼女達』は全員妊娠したんだと思う。家の連中は、俺が生きている間に複数の子供を残したかったんだろう。実父はほぼ種無しときているし、その子供である体の弱い俺の遺伝子で、無事に成人できる子供が生まれるか不安だったんだろうな」


「本当にごめんなさい。迂闊に聞いていい話じゃなかったわ」


「別に差ほど気にしちゃいない。男としてはむしろ幸運だったんじゃないか?」


 そう考えるようにしている、と言った方が正しいのだろうが、その言葉は呑み込んだ。


「娯楽もまともに許されず、両親の温もりなんて記憶に無かった俺にとって、優しく人肌の温もりを与えてくれた彼女達の存在は救いにもなっていたのも本当だ」


 これは嘘ではない。彼女達には彼女達自身の事情があったのだろうが、嫌々俺に抱かれた女は一人も居なかったし、みんな俺には優しくしてくれた。そう演じていただけかもしれないがね。おそらく俺の境遇に対する同情の方が勝っていたのだと思う。


「だからそう気にしなくていい」


「でも……」


 まあ、俺自身、カレンに罪悪感を抱かせて、先程のやり取りを有耶無耶にしようとした面はあるが、少々効き過ぎたようなので、なおも謝罪の言葉を口にしようとする彼女の口上を遮り、インパクトのある話題を提供する。


「それより、あんたは自分の心配をしたらどうだ? あんたの家は相当な名家だろう? いずれ政略結婚する身だろうに。その前に好きな相手を見つけて、体の付き合いも含めて恋愛を楽しんだ方がいい」


「貴族のあたしが、結婚相手以外に抱かれるなんて許されるはずがないでしょうが」


 何を戯言をほざいてるんだ、この女は?


 という俺の表情を見て取ったのか、訝しげにしているカレンに、俺はを返す。


「貴族の令嬢で結婚するまで処女なんて女、逆にそうそう居ないぞ?」


「はあっ!?」

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