第4話
俺が三下ムーブをして主人公の踏み台にならないと世界が滅びる、とカレンは言ったが、俺は大分懐疑的だった。
「さっき聞いた限りじゃ、俺の存在は精々が主人公の踏み台だろう? ヒロインにちょっかいを掛けて、主人公をボコって嘲笑い、後で逆襲される。別に俺でなくても構わないように思えるが?」
どうしても踏み台が必要なら、それが出来るだけの人物を金で雇えばいい。
「その後で魔族に体を乗っ取られて、主人公を苦戦させるのよ」
「魔族……本当に居たのか」
ちょっと魔法をかじっていれば、その名は簡単に目にできるが、殆ど伝説上の存在と言って構わない。
「俺はごめんだ。世界のために無意味な生贄になる気は無いぞ。魔王を倒せと依頼されたら、命懸けで挑むくらいはしてやるが」
「命懸けで挑めるの?」
驚いた様子で目を丸くするカレン。
「どうせ戦わなけりゃ滅びるんだろ?」
なら戦うさ。たとえ無駄死にであろうと、俺が自分自身の意思で挑んだ戦いで死ぬなら構わない。
「正確には分からないと言った方が正しいわ……世界が滅びるかどうかはね」
俺は黙って、その言葉の真意を待つ。
「だって、まだ完結してなかったし」
なるほど。そりゃ分からんな。
「魔王の存在は一応示唆されていたけど、封印されてるらしくって、復活の予兆もまだ特に無かったもの。けど、魔族の強さは桁違いなのも間違いない。魔王が復活したら本当に人類の手に負えるかは分からないけど、主人公が成長していれば可能性はあるはずよ」
カレンがそう考えるのを特に不思議とは思わなかった。古の劇作家のようなバッドエンド主義者でもない限り、普通は主人公の手によってハッピーエンドがもたらされるものだろう。
「なら話は早い。俺に代わって魔族に体を乗っ取られる生贄をあんたが用意すればいい」
貧しい家族のために身売りする女なんて珍しくもない文明レベルだし、騙すのが心苦しいようなら、最初から莫大な金を積んで死んでくれと説得しておけばいい。少しは気が楽になるだろう。
「そんな事が出来るわけないでしょ!?」
「俺を生贄にしようとしたのに?」
「そこまでしろとは言ってないわよ!」
と言われて自分の記憶を探ると、確かにと思った俺が謝罪の言葉を口にしたら、カレンも俺に対して色々と失礼だったり誤解を与える言動があったのを思い出したらしく、お互いに忘れようと彼女から言い出してくれたのは助かった。
「しかし、ならどうする? 魔族の活動が本来のリンドロック・メイスターの存在を起点にした物でなく、オートで発動するようなら放っておけばいいだけだろうが」
「知ってて放置するのも気が引けるわ」
原作のリンドロックなら生贄にしても心は痛まなかったけど、と付け加えるカレンに、どんだけ腐った男だったのかと俺は内心空笑いしたが、両親や、幼いながらにその両親の思想に染まり切っていた弟達を思い出すと大方の想像はついた。
「防げるものなのか?」
「ぶっちゃけ無理ね。どこでどう事が行われるのか分からないもの。あなたが起点になるなら、あなたを見張っていれば防げたかもしれないけど……」
主人公への復讐心を利用された描写はあったから、それはおそらく無いだろうとカレンは言った。
「次善策としては、運良く……いや、悪くか? 魔族が暴れてくれないようなら、それに相当する試練を主人公とやらに与えるくらいか?」
「かしらねぇ……」
頬に手を当て首を傾げ、はぁと息を吐くカレン。
そういう仕草がいちいち絵になる美貌の女で、俺の中に、こいつを俺のモノにしてみたいなという欲望が少しだけ芽生えたが、それはあくまでも性欲が主体となる男としての本能的欲求でしかなく、俺自身の人生を犠牲にしてまでそういしたいという程の気持ちではない。
ワイングラスをテーブルの上に置いた俺は、これ以上深みに嵌る前に抜け出そうと立ち上がる。
「じゃ、後は頑張ってくれ」
「え?」
「方針は決まっただろう? 俺が原作とやらに関わる必要性は無さそうだし、最早貴族ですらない俺に出来る事も無さそうだ。あんたの好きなよう勝手にやってくれ」
「て、手伝ってくれないの……?」
そんな不安そうにその顔で言われたら決心が揺らぐじゃないかと、俺も一瞬思いもしない事はないがね。
「俺はこの美しい世界を見て回りたいんだ。せっかく授かった二度目の人生は好きな事をして、好きなように死にたい」
俺の前世の話を聞いたなら気持ちは理解できるだろう? と暗に言うと、カレンは何かを言いたいけど何と言って良いか分からないという様子で黙った。
「じゃ、そういう事で、あしからず」
「待ってよ!」
ドアに向かって足を進める俺に、背後から走り寄って俺の腕を掴んで止めるカレン。
「もう明後日には入学式なの。あなたと主人公の因縁はそこからスタートするのに、もう身代わりを用意していられるような時間は無いわ。魔族の件だって、あたし一人じゃどうすれば良いか分からないし、お願いだから手伝ってよ」
「俺に三下ムーブしろって?」
やなこった。
「ダメ……?」
無責任だと勝手に決めつけたりしない部分は評価してやるが、縋るように見て来ても無駄だ。
「俺は冒険者だ。相応の報酬を出すならやってやらん事もないが?」
戦闘メインではない護衛任務だと思えば、ゴールドの俺を一日拘束するのに50,000セナ。ちなみに日本円で50,000円と同等だと考えていい。物の価値が日本とは違うので、全く同じというわけでもないが。余計な戦闘が発生するようなら、都度相手に見合った報酬が更に必要だ。
三下ムーブをする精神的苦痛への報酬も更に要求したいところではあるが、そのくらいは同郷のよしみでサービスしてやらん事もない。
それを告げると、カレンは顔色を暗くする。
「あたし個人が自由にできるお金でそんな大金動かせないわよ……」
まあそうだろうな。貴族と言っても、当主でもない小娘が自由にできる金額なんぞ知れている。彼ら彼女らの収入はあくまでも公的資金なのだ。使用明細もしっかり明記していないと、いざと言う時に突っつかれる弱点にしかならない。
現世の俺の実家じゃ誰も気にしちゃいなかったし、それを放置している王家も大概だと思うが、そんな国は早々に経済的な破綻が生じるだろう。悪役が好き勝手やっていても何事も無く国が回るなんてご都合主義など物語の中にしか存在しないし、全ての国が悪徳貴族に席巻されて平民は弾圧されているなんてご都合主義も物語の中にしか存在しない。
この世界はどうやら物語の世界らしいが……第三者から見れば、先程から俺がカレンに対して軽く同意を示す事であしらっているように思えるだろうが、実のところ俺自身はカレンの話を荒唐無稽だと否定してはいなかったりする。
『デストラント・サーガがこの世界を発生させた』のか、『この世界をモデルにした物語がデストラント・サーガ』なのかは知らない……いや、一般的な文明水準の割にはやたら便利で原理も良く分からん『冒険者カード』を始めとする諸々の謎システムや、一年間が地球と同じ日数な点、更に1セナの価値が日本円とほぼ同等という事実、文字は全く互換性が無いくせに言語は日本語で各国共通で通用していたり、それ以外にも色々と意味が分からんとずっと密かに頭を悩ませていた社会全体の在り様を鑑みる限り前者っぽい気がするのだ。というか、既にほぼ確信している。
だが、その物語を現実に落とし込めばそんな物だろう。
カレンが自由に使える公費も割り振られてはいるだろうが、それは貴族としての体裁を保つために必要なもので、遊興費として用途を明かさずとも問題無い分だけで俺への報酬を用意するのは至難だろう。週5勤務で50,000セナを一年間用意するだけでざっと1000万超に、下手したら魔族を相手にするとなると、それだけで更に1000万積まれても安い。他も考えると、最低でも3000万で足りるかも怪しいが、大国の大貴族でも嫡男クラスか、もしくは自分で商売でもしていなければ、普通の貴族子女が気軽に用意できる金額ではない。
「魔王が復活したら呼んでくれ。そうじゃなくても、あんたらだけじゃ手に負えない相手が出てきたら、俺を名指しで依頼してくれれば優先的に受けてやる」
いずれ世界を救う……かもしれない原作主人公より俺の方が強いと自惚れているわけじゃないが、現時点で俺は世界全体で見ても上位の戦闘力を持っていると自負している。少なくとも、今まで俺より強いと思えた相手に出会えた事は無い。物語の中心人物達の戦闘力がどれだけインフレするか知らないが、猫の手くらいにはなれるだろう。
だから放せと腕を軽く振る俺に、カレンは意地でも放す気は無いのか、更に手に込める力を強めてしまうが、何と言って俺を説得していいのか分からないようで、縋るように俺を見てくるばかりだった。
このままじゃ放しそうにないなと思った俺は説得方法を変える事にする。
「きゃっ」
掴まれている腕に力を込めてカレンを壁際に追い詰めて、衝撃に目を瞑った彼女の顔の横へ右手を差し込み、彼女の顔を間近で見下ろす。
「それとも、体で払うか?」
「なっ……」
顔を真っ赤にして絶句する彼女に、俺はニヤリと笑った。
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