第3話
俺が自画自賛を口にすると、彼女は言葉にせず、しかし表情で「自分で言う?」と如実に語っていたが、俺は素知らぬ振りをした。
「あなた、アニメとかあまり見なかった人?」
「正確には見せてもらえなかった人、だな」
「どういう意味?」
「そんなに難しい話でもない」
前世の俺は生れ付き体が弱かった。物心ついてから一度も病院を出られた事が無かったと言えば、どれだけ深刻な病を患っていたのか察して頂きたい。
幸いな事に富豪の家に生まれたおかげで、病院での生活は他の入院患者に比べれば快適に過ごせていたが、現世で生まれたメイスター伯爵家と同じく、一応跡取りの立場として、日中は家庭教師とマンツーマンで勉強の毎日。ネット環境も無く、自力で仕入れられる外界の情報は備え付けのテレビから得られる物だけ。深夜には器用にそこだけ電源から落とされていたので、深夜アニメの類は見た事が無い。鑑賞した事のあるアニメと言えば、精々が愛らしい動物チックなモンスターとの友情と冒険を描いた作品くらいだ。
元々15歳まで生きられるか怪しいと言われていたのだから好きにさせてくれと思った事は数知れないが、両親に俺の次の子供が中々出来なかったせいで、まともに身動きできなくなるまでの間はずっと強制的にそんな生活を送らされていた。
そして、湯水のように金を掛けてくれたおかげか、想定されていた15歳より2年も長く生きた後に、想定されていた通り死んだ。
「それは……その、ごめんなさい。聞くべきではなかったわね」
「実の母親は俺しか産めなかったせいで親族から疎まれて鬱病を患い、俺に会ったら何をするか分からないと遠ざけられ、実の父親は忙しさを理由に顔を合わせた事は数える程しかなく、どちらからも愛されていたのかすら分からない」
「トドメ刺しに来てんじゃないわよ! 悪かったから、それ以上話さなくていいから!」
「そりゃ残念。その魅力的な胸で慰めてくれる事を期待してたんだが」
「まさか、嘘なの!?」
「いや、ホント。嘘は一つも無い」
からかうと面白い女だな、と俺は小さく笑いながら応じたら、彼女は一瞬俺を睨みつけたが、まだ自分が悪かったと思っているようで、それ以上俺を罵る言葉を口にしようとはしなかった。
気まずそうに口を開こうとして躊躇うという仕草を繰り返しているのを見て、俺から話題を振る事にする。
「で、何でアニメとかに詳しかったら分かるんだ?」
「うん……悪役って案外顔は良かったりするのよ。ラスボスクラスの大物だと悪役としてのカリスマ性を表現し易いし、最近じゃやられ役の雑魚でも美形だったりする事が多いわね。ヒロインにちょっかい掛ける三下はクズ思考のイケメンで、悪役令嬢なんてスタイル抜群の美女が定番だし」
「醜悪な方が気分よく倒せそうなもんだが」
「幼い頃からヨイショされて育ったって背景で傲慢になるだけの理由付けがし易いんでしょ」
「なるほど」
「それにさ。イケメンや美女を叩き潰せる方がすかっとするんじゃない? 物語書いてる方は現実の美男美女に対するコンプレックスの塊でしょうし。画面映えもするしね」
それは作者さんに偏見持ちすぎじゃないかと思うが。
「で、あなたはその三下よ、本来はね」
「ほー。ならあんたは悪役令嬢?」
「あたしはメインヒロインよ!」
怒られるとは思わなかった。
「褒めたつもりだったんだが……」
「え? あ……」
悪役令嬢とはスタイル抜群の美女と自分で言ってたじゃないか。
それに気付いたらしいカレンは、ぽっと頬を朱色に染めたが、ぶんぶんと首を横に振ってその気持ちを振り払おうとしたのだろう。しかしそのせいでワインがグラスから少し零れて、彼女の身に纏うドレスのスカートを濡らした。
「きゃっ」
真っ赤なドレスのおかげで、赤ワインの色は目立たなかったが、何をやっているんだかと呆れながら俺は立ち上がり、歩きながら取り出したハンカチで彼女の太ももの部分を軽く押さえる。
「じ、自分でやるからっ」
反応がいちいち処女くさいなぁ、と思い、前世では何歳で死んだんだろうかと好奇心が鎌首をもたげたが、下手にこれ以上からかうようなマネをすると話が進まないと考え、俺は特に何も言わずに引いた。
「で、本来のあなたは、典型的な平民を見下す傲慢な貴族で、ヒロインの一人にちょっかいを掛けて平民の主人公と敵対して、最初は圧倒的な才能で主人公を叩きのめしたけど、努力した主人公にあっさりとやられて序盤で退場する才能にかまけていた三下だったはずなの」
「へー」
俺は返事は気の無い物だった。そんな事を言われても俺は知らんし、そうなるつもりもない。
「本来なら近隣国家唯一の魔法学院であるこの国の魔法学院に入学してくるはずなのに、偶然入学希望者の資料を見る機会があったからチェックしたらあなた居ないし、慌てて調べたら廃嫡されてどこに居るかも最初分からなかったし、本当に慌てたわ。何で廃嫡されたの?」
「別に大した話じゃない。領地の運営があまりにも杜撰で酷いから改善しろと口うるさく言ってたら、疎ましがられた。前世とは違って俺の
領主としての仕事など元々したくもなかったし、前世の反動で自由に体を動かせる事が幸せすぎて、ついでに魔力も高かったから、実家の騎士団や魔法使いの連中に鍛えてもらっていたら、廃嫡された時点でとっくに連中をぶっちぎっていたので、冒険者として自由に生きて行こうと、自ら嬉々として廃嫡されただけだ。
「作中じゃ描写無かったけど、リンドロック・メイスターの両親だけはあったって事ね」
また頭を抱えているカレンが居る。
「あれじゃその内、一揆でも起こされるだろ。放っておいても領地運営失敗の咎で郎党死罪が目に見えてる」
世界観的には一揆と言うより反乱か。
反乱など起こしても国が許さないと思うかもしれないが、国に対して革命を起こしたのでもなければ、普通は反乱など起こさせた領主貴族が悪いとなる。反乱に参加した平民は下手すると危険分子として、諸共喧嘩両成敗とばかりにどちらも死罪になるのが落ちだが、上手く立ち回れば悪徳貴族だけを排する事もできる。そういう事例もちゃんと存在している。
「まあそんな事はどうでもいい」
「冷めてるわね」
「産んでくれた事実には感謝してるが、あれなら前世の両親の方がまだマシだ。領民だって、救われたければ自分達で命を懸ければいい」
どの国も、成り立ちの関係から遺伝的に貴族は総じて先天的な魔力保有量が平民よりも比較的優れているのも事実だが、貴族だから無敵なんて世界観じゃないのは間違いない。絶対数で勝る平民が真に力を合わせれば革命を起こす事も不可能ではないだろう。過去にはそういう例も既に幾つもある。
生憎と、その責務を自分が負ってやろうと考えるほど、俺はお人好しではないし、権力への執着も特に無い。
「それより、どうしてわざわざ俺を探そうなんて考えたんだ?」
「あなたに三下ムーブしてもらわなきゃ困るのよ」
「まさか、そうしなきゃ世界が滅びるとでも?」
「そうよ」
そりゃ大変だ。
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