胡蝶の夢

「あの、大事なお話があります」


「なんだい?」


「俺は一体どこに連れていかれるんですか?」


「ん~、ひみつ!」


おっふ。

・・・ぼかぁね、思うんですよ。可愛い人のウィンクは様になりすぎると、めっちゃずるいと、そう思うんです。

そんな風に言われたら、一時間くらい連れ回されてるのに許しそうになっちゃうんです。


しかもお腹が減ってるだろうと、『簡易式栄養補給食』のメンチカツとコロッケ風味のモノを買ってくれたのである。人工肉ではなく自然肉を使っているらしく、かなりお高めらしいが笑顔で手渡してくれた。


そらぁライラ先生も惚れるわ(ニチャア)


ちなみにライラ先生のデートのお誘いをルクセリアさんに言ったところ、嬉しそうに快諾していた。「次は何の服着ていこうかなー」という独り言が聞こえた瞬間には、思わず昇天しかけた。


何回も(デートに)行ってるんですね!?そうなんですね!?


俺がライラ先生から、「大丈夫だ」と言われたという報告をルクセリアさんに告げた時も「良かったじゃないか!」と嬉しそうにしていたが、ライラ先生の話になった途端さらに機嫌が良くなったあたり、もう結婚してくれ。


息もしないし心臓も動かさないから、観葉植物になってデートしてる様子を観察したい・・・のを我慢して、俺はルクセリアさんに連れられるまま、高度に発展した街並みを歩く。


大都市“アイソレート”は人類が生存できる領域の一つで、荒廃した外界とは違って適温に保たれた温度と、天候を操作出来るため作物も育てられる環境、そして悪性生物モンスターから身を守るための防御膜によって、人が生き永らえる都市らしい。


悪性生物はいわゆる魔物みたいなモノだが、ファンタジーでよく見るようなゴブリンとかじゃない。何かのツギハギのような姿・・・そして、自身で動く意志を持っている。正直SAN値チェックが入りそうなくらい、アニメで見た時のインパクトはデカかった。


そんな奴らから身を守るために、発達した科学技術を以て悪性生物からはこの大都市が見れない認識できないようになっている。


とまぁここまでがアニメの情報だが、正直かなりうろ覚えだし合っているかどうかはあんまり自信がない。


だって───序盤でルクセリアさんが死ぬのと同様に、この大都市も“壊滅”したからな。まるで何もなかったように、死体すら残らなかったらしいし。

他のクソゲーみたいな都市と違って市民の殆どが裕福であり、今の日本のように平和だったのが嘘のように崩れていった時は、この世に救いはないんだなと軽く絶望した。


「よし、着いたよ」


「・・・え、ここって」


この世の理不尽さと救いのなさに絶望しつつ、暫くそのままルクセリアさんを追っていると、とある高層ビルの前に立ち止まった。

ウィンドウに写るのは多種多様な上着やスカートなどの衣服。そして、ホクホクした顔で店を出ていくマダム達の姿がある。


店名は英語で『You&close』と書かれており、略すとユウクロになる辺り、製作者の遊び心が伺える。


「服屋ですか?」


「そう、服屋さ!だってキミ、そんな土とホコリで汚れた服装で歩きたくないでしょ?」


「たしかにそうですけど・・・俺、恥ずかしながらお金持ってないですよ?」


気遣いは嬉しいが、生憎無一文な俺には縁がない。

そう言って買えないことを強調すると、ルクセリアさんは右の薬指に嵌っている指輪を撫でる。

すると、何も無い空中にシステムウィンドウのようなものが現れた。そこに書かれていたのは仮想通貨で、零が八桁も並んでいる。


「ふっふっふっ・・・お姉さんの奢りにしてあげようじゃないか」


「ありがとうございます姉貴ィ!」


「姉貴は可愛くないから嫌かな」


「あ、はい」


真顔で即否定された。

アニメではなかった設定だが、どうやらルクセリアさんは可愛いものが好きらしい。まぁ、この世界はアニメじゃないからこそ、アニメと現実とで少し齟齬があるのかもしれない。


と、少し考察をしつつ店内に入る。

店の中は意外とそんなに広くなく、見た目に反して一般的なショッピングモールにある服屋と同じくらいだ。


陳列されている服を見れば、そのほとんどはホログラムで出来ているようだ。手に取ろうと思っても取れないし、盗もうなんて思わないが盗難対策は万全だろう。


「ここはユウクロって言うんだけどさ、アイソレートでも屈指の服屋なんだ。アイソレートは他の都市に比べて防御膜があるから比較的過ごしやすいんだけど、春夏秋冬それぞれの季節にあったコーデとか、自分に合う服を色々オススメしてくれるよ」


「すっご・・・」


「ふっふっふっ、そうでしょー!あ、男性でも使える試着室もあるから、連が気に入った服があれば言ってほしいな。あとこれ渡しとくね」


そう言われて、タブレットのような液晶機器を渡された。

色とりどりの服にジーンズ、スカート、マフラーや靴下までビッシリと様々な情報が乗ったそれは、見た目より重く感じてしまう。


とはいえ渡されたとしてもファッションセンスはからっきしなので、AIにお任せボタンをポチった。


すると───何者かに体を掴まれた。


「うわぁぁぁ!?!?」


しかもヒョイっと軽く持ち上げられるようにして、俺の体を掴むナニカは、俺を試着室らしき場所に連れていくと、問答無用で服を剥がされた。


どうやらこのナニカは着せ替えロボット的なモノらしい。

極めつけに、AIが俺の顔面偏差値、スタイル、身体的特徴から割り出したベストな服装のパターンを羅列していく。


一方で靴下を外されパンツを剥がされてあられもない姿になった俺は、しくしくと泣き崩れるしか無かった。


「ひどい・・・もう、お婿にいけない・・・」


しかし更に追い討ちをかけるように、ルクセリアさんがなんの躊躇もなくカーテンを開けた。


「へっ?」


「お、やっぱりなかなかいい身体してるね」


「ッ!?き、きゃあ〜ーーーーっ!?ルクセリアさんのえっちぃーーーー!!」


なんの躊躇もなく開け放たれたカーテンに、思わず乙女のような悲鳴をあげて身体を隠す。予期せぬ来訪に俺は、剥ぎ取られた服で何とか裸を見られないようにするしか無かった。


「な、なんで入ってくるんですか!?」


「いや、使い方わかるかなーって」


「だとしても入っていいか聞いて下さいよぉーー!!」


おかしい、なんでこんな逆ラッキースケベみたいになってるんだ。

俺は体を隠しながら、思考の末にこの世界を恨むことに決めた。どう考えても男のラッキーすけべとか需要なさすぎるんだよなぁ。


しかしこうしている間にも、AI君はテキパキと俺に似合うだろう服を羅列していっている。


「そうかい?じゃあ次からは気をつけるとするよ!」


「うぅっ、もう本当にお婿にいけない・・・」


お婿に行けなければ、もう今後一切股間の相棒を使うことはないのかもしれない。結婚願望はないが、百合百合世界で男が普通に結婚できると思えないしなぁ・・・というか、恋愛まで発展することすらなさそうだ。


第一、百合を観察しアニメで死んだ人たちを救いたいと思っているからこそ、自分の邪な感情に浸っている暇はないんですけどね。


・・・うん。


「っていつまで開けたままにしてるんですか!?」


「もー恥ずかしがり屋だなぁ。じゃあ外で待ってるから、着替え終わったら出てくるんだよー?」


そう言うとルクセリアさんは全開にしていたカーテンを閉めて、出ていった。男の俺の裸を見ても全く動揺しない辺り、さすが女同士で百合百合する世界の住人だな、と少し感心した。


してる場合じゃないんだけどね。


『測定が完了しました。着せ替えますか? Yes or No』


暫く身体を隠しながら待機しているとAI君の測定が終わったらしく、選択肢が書かれた透明なボードを投影していた。


「もちろんYesだ」


押すのはYesの選択肢。

自分でも、素っ裸で仁王立ちしながら透明のボードを押している光景はなかなかシュールだと思う。

あと仁王立ちしているのは俺自身であり、断じて股間が仁王立ちしている訳では無い。そう、断じてない。


くだらないことを考えながらAI君の応答を待つ。すると、カシュンという音ともに、いつの間にか身体にピッタリ合うサイズの服が取り付けられていた。瞬きをした一瞬でである。


信じられずに試しに服を触ってみるが、感触があった。ホログラムじゃない。つまりあの一瞬で俺は着替えさせられたという訳だ。


「サイバーパンク様々だなぁおい・・・しかも結構似合って───ん?」


技術の凄さにすこし打ちのめされながら、カーテンとは反対側に付けられた全身鏡で着せられた服を鑑賞したところで───違和感に気付いた。


「・・・え、誰この子?」


鏡に映るのは、いつも見るようなパッとしない顔・・・ではなかった。まず目に映った髪は銀色をしていて、光を反射してキラキラと輝いている。

自分を見つめる瞳は、全てを見通すような金色。ずっと見つめていると自分ですら吸い込まれそうになるほどだ。

そしてその他の鼻や口などが、神憑り的なバランスで整っていた。


違和感というにはあまりにも分かり安すぎるほどの、転生する前までとの差。端的に言うと───イケメンすぎる。


自分で言うのもなんだが、アニメで出てきたどの男性キャラたちよりもイケメンである。


「ふっ」


自然とポーズを構える。

顔面偏差値が普通であれば絶対に似合わないクソダサポーズ・・・しかし、それすらもこの圧倒的顔面偏差値戦闘力の前では、何故かとてもカッコよく見えてしまう。


「いや、なんでやねん」


思わず突っ込んだ。

前世ならこんな顔面偏差値で生まれてくれば、勝ち組人生確定だったに違いない。


しかしここは、百合百合世界である。


どんなに顔がいい男がいたとしても、女性は塩対応しかしないだろう。男?へぇ、そうなんだ。

イケメン?ふーん。

超絶イケメン?はいはい、タイプじゃない。


この反応が百合百合世界だ。分かるだろうか、きっと俺が調子乗って話し掛けでもすれば、凍てついた眼差しで見られるに違いない。


宝の持ち腐れというべきか・・・恐らくこの世界ではどんなにイケメンでもブサイクでも、対応は変わらないだろう。

話し掛けたのが俺ではなく可愛いおにゃのこなら、こうはならないはずだ。


・・・つまり、男が間に入る可能性がないことを示している。

なんということだろう、流石神アニメである。百合を嗜む者が最も嫌う、間に男が挟まるという事象が起きえないのだ。


最高かよ、と思わずニヤケる。


まぁとは言ってもルクセリアさんを待たせる訳にもいかないため、着せ替えさせてもらった服から変えずに、ルクセリアさんの名を呼んだ。


「おー!!!なかなかいいじゃないか!流石はアイソレートが誇る『You&close』の服だね。連はこれでいいんだよね?」


「はい、他に沢山レパートリーがあったんですけど、個人的に1番無難かなって」


「うん、僕から見てもかなーり良い感じだよ!シンプルイズベストだね!よし、それじゃあ約束通り、この服はお姉さんが奢ってあげようじゃないか」


そう言ってルクセリアさんは出口の近くにある認証機のようなモノの前で立ち止まると、右手の薬指に付けた指輪を翳した。おそらくあの指輪の中に仮想通貨みたいなお金が詰まっているんだろう。


暫くして、チリーンという音が響いた。どうやら買い終えたらしい。


「それじゃ、次はどこ行こっか。服とかは買えたから、キミの体力に余裕があればまだ行きたいところがあるんだけど・・・いいかい?」


「俺は全然いいですけど、まだ案内してくれるんですか?」


「そりゃそうだよ!それに、記憶喪失でお金が無い子なんて放置出来ないしね。キミの命を助けた以上、ボクはキミの面倒を見る義務がある」


「・・・服とかご飯とか、奢ってもらったぶんのお金の支払いはいつすればいいですか?」


「お、奢り返してくれるのかい?でもねー、今のところは出世払いでいいかな」


「うっ」


推しが自分に優しいという尊さに、思わず口から心臓を吐き出しそうになるのを堪えながら、俺は出口まで出ていったルクセリアさんの後を追った。


「じゃあ何時か、今度は俺の方から奢らせてください。それで、次はどこに行くんですか?」


少し楽しそうな様子で歩くルクセリアさん。

その隣で並んで歩きながら、次の目的地を訪ねた。もしかして、ライラさんとデートしてる時もこんな感じなんだろうか・・・?


あ、やばい鼻血出そう。

そしてこんな俺にも優しくしてくれるルクセリアさんは、オタクに優しいギャルに近いのかもしれない。つまりこの世の宝である。


「言ったなぁ?お姉さん期待しちゃうぞ?」


「任せてください!」


「えーじゃあ、ほんとに奢り返してくれるなら今日は沢山廻っちゃおうかな!なら次は───ッ!?」


俺は最初にルクセリアさんと出会えた奇跡に感謝しながら、ルクセリアさんの話を聞いていた。


───その時だった。


「危ないッ!!!」


「───へっ?」


突如真横から思い切り押される感覚。俺は勢いそのまま吹っ飛ばされながら倒れる。


そのせいで強かに頭を打ったのか、意識がクラクラして視界がおぼつかない。ルクセリアさんに押し飛ばされたのは分かるが、なぜ・・・?


俺はその疑問を知るために、押し飛ばしただろうルクセリアさんのいる場所に目を向け───


「・・・ルクセリア、さん?」


───首から上が“食い千切られた”ルクセリアさんの名前を呼んだ。

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