デートのお誘いが尊すぎる
「ようこそ、ボクの愛しき都市“アイソレート”へ」
深い闇に呑まれて数秒。
視界が開けた先に見えたのは
いや、冗談じゃなくマジで巨大なんだよ。
東京なんか比にならないくらいデカいビルが整理整頓されているように並んでいるし、天上に貼られている半透明のドームのような物が、果てしなく遠くまでこの都市を覆っているのが、目を凝らせばよく分かった。
アニメで見た通りの景色だが、やはり映像で見るほど現実で見るのとでは全く違う。五感で感じる情報量が違うのだ。
視界に映り込んでくる情報は膨大だが、それ以上に音や匂い、そして風の感触までもが日本と違っていた。
「ふふふ、キミがどこの都市から来たのか分からないけど、どうやら驚いてくれたようだね」
「っ、えぇもちろん。ていうか、さっきの黒い闇?みたいなのってもしかして、『
「おや、『
「やっぱり・・・」
なぜ俺がこんなことを知っているのか。
簡単に言うと、アニメで習ったところだぁ!である。
裏設定とかアニメの原作などはネタバレになるかもしれないため見てはいないが、今の
しかしまさか
ほんと先っちょだけ、先っちょだけでいいから見てみたいものである。
そしてそのまま空気となって、主人公ちゃんとヒロインの絡みを見たい。更に言うなら、ルクセリアさんとの絡みをリアルで見たい。
欲は言わないからそのままキスして欲しい。俺空気だから、邪魔しないからお願いします。
「・・・えっ、キミ鼻血が出てるよ!?」
「へっ?あぁ気にしないでください。俺は今この世の天国を見てしまったので、仕方ないんです」
「そんなに感動したのかい!?い、いや嬉しいけどさ・・・流石にアイソレートを見て
なんだか誤解されているが、実際アイソレートの大都市っぷりに驚いたのも間違いないので放置する。
それにしても。
「俺、ほんとにアニメの世界に来たんだなぁ・・・」
ルクセリアさんに聞こえないくらいの声量で、ぼそりと呟く。
異世界転生と言えば聞こえはいいが、そのほとんどはデメリットしかないはずだ。
スマホが使えない、テレビが見れない、家族や恋人と離れ離れになる、気になっていた漫画やアニメが見れない、学校や会社に行けない、そして───元の世界に帰れるか分からない。
ぱっとあげただけでもこんなに問題がある。
もし本当にアニメの世界に行けるとしても、全てを捨ててアニメの世界に行きたいかと言われればYESと答える人はかなり少ないだろう。
そしてYESと答えた人もきっと、自分が特殊な力を使える前提でYESと言っているはずだ。
もしそんな力がないとして異世界に行きたいか?と問われれば、殆どは行きたいと言わないだろう。
だがまぁこれは、普通の一般人の話だ。
俺のような狂った思考の頭おかしい百合野郎は、きっとそんな世界でも生きていこうと思うだろう。現代社会に未練はあるかもしれないが、それより多くのものを異世界で手に入れるために奔走する。
そして百合というこの世で最も尊いモノを眺め、空気となってことの行く末を見守っていきたい。
え?百合に挟まる男?
・・・女の子同士の尊い感情に挟まる男なんて、容赦する必要はないのである。
「とりあえずさ、一旦キミは『
「良いんですか?ありがとうございます!」
ルクセリアさんの優しさが心に染みる。
流石は天使や聖女と視聴者に謳われる女性だ。
俺はルクセリアさんに連れられ、大都市の真ん中からやや右の方に建てられている、これまた大きな建物へと入った。
あまりの薬品臭さに鼻がもげそうになるが、周囲にいる人達はみんな平気そうな顔をしていた。
アニメによれば、メディカルセンターはこの世界でいう病院のようなモノらしい。まぁ、使用料が高すぎて一般人はなかなか使えないらしいので、そこまで普及はしていないとのこと。
ちなみに使用料が高い代わりに、吹き飛んだ足や吹き飛んだ内臓ですら再生し繋げることが出来るらしい。
技術力が高すぎてほぼ魔法みたいになっている。
「はい、ここの部屋だよ。ボクの信頼出来る先生だから、何か痛いところとか具合が悪いとかだったらちゃんと言うんだよ?」
「あ、はい」
あらやだ、この人ホンマに優しすぎるんやけど、どないすればええ?
なんてエセ関西弁とオネェが混ざったキモすぎる言葉を言いそうになるのをぐっと堪え、ルクセリアさんが指示した部屋のドアの取っ手に手をかける。
すると、ドアの向こう側に『
「入っていいぞ」
「っ、はい」
トントンとドアを叩くと、部屋の中にいるのだろう先生らしき人の声が聞こえたので、恐る恐るドアを開けた。
入った先は、何も無い白い空間のような部屋だった。
そしてその中央で、椅子に座った白髪の人物が俺に視線を向ける。
そして一言。
「・・・なんだ、ルクセリアじゃないのか」
酷く落胆したような表情で言われた。
え?まじ?俺って歓迎されてない?
それって───最高じゃないか。
俺だったら落胆したってことは、ルクセリアさんだったら嬉しかったってことですよね!?そうですよね!?
はい、もうありがとうございます、ほんとに。神に感謝。
まさか今のタイミングで百合を見られると思っていなかった俺は、歓喜のあまり血涙を流しそうになった。
「えと、ルクセリアさんの紹介で来ました」
「・・・ルクセリアの紹介か。ふむ、とりあえず診察しようか」
凄い、さっきと全く態度が違う。
ルクセリアさんの名前を言っただけでここまで態度変わるのか・・・あ"ぁ"ぁ"ぁ"〜〜〜て"ぇ"て"ぇ"(がなり声)
「まずそこの寝台に寝っ転がりたまえ。あぁそれと、下着は残していいから服は脱いでおいてくれ」
「ヴェッ(恥ずかしくて死にかける声)」
「なに、恥ずかしがることはない。私には想い人がいるのでな」
「ヴェェェェェッ!?!!!?(尊さで死にかける声)」
なんそれ、絶対ルクセリアさんですやん。
・・・でもこの人、原作で出てきてないよな?美少女だらけのこの世界でもトップクラスで美しい人だと思うんだけど、見たことないキャラだ。
もしかして途中で死・・・いやいや、考えたくない。
ちなみに容姿は、銀の長髪に切れ長の瞳。その色は鮮血のようなルージュで彩られている。どちらかと言えばクール系で、刺さらない人にも刺さるビジュアルをしている。
金色のボブカットで、済んだ蒼色をしたルクセリアさんとは対照的だ。元気っ娘で優しい性格に惹かれたんだろうか・・・ううむ、てぇてぇ。
暫くルクセリアさんとクールビューティな先生の妄想を繰り広げていると、先生が顎をクイッと寝台に向けて早く寝転がれというように催促されたので、そそくさと服を脱いで寝転がる。
着替えるのに躊躇なかったのは、これ以上ここに居たら浄化されそうだったからだ。
「よし、では検査を開始しよう。君───「あ、連です」そうか。では連、寝転がったまま動かないでくれたまえ」
「はい・・・」
言われた通りじっとしていると、何やらクールビューティ先生が寝台の下側からプラグのようなモノを取りだし、その尖った先端を俺のお腹に刺そうとした。
「えっ、そ、それ刺すんですか?」
「なんだ、怖いのか。一応言っておくが、刺した瞬間に神経に作用して痛くないようになっている。だからそう慌てるな」
「それを初めに言ってください!」
俺がそう言うと、やれやれとばかりにクールビューティ先生は
俺は目を閉じて、その瞬間を見ないように備えた。
そして───バキッ。
何かが折れるような音。
反射的に目を開ければ、そこには真ん中からポッキリと折れたプラグ・・・そして、驚愕で目を見開いた表情のクールビューティ先生がいた。
「お、折れた・・・?」
え?え?え?
どゆこと?と内心で疑問符を浮かべている俺と、呆然としているようなクールビューティ先生。
「な、なぁ君・・・」
「はいッ!?」
お、俺は悪くないですよ!?と眼力で無実を訴える。
だって普通折れると思ないじゃん!鉄かと思ったのに、そんなに柔らかい材質だと思わないじゃん!
折れるか普通!?折れるんなら言っといてくれよ・・・。
「もしかして───いや、なんでもない」
「えっ、そこまで来てやめるんですか!?教えてくださいよ!」
「う、うるさい!ともかく、私を紹介したのはルクセリアでいいんだろう?」
「そうですけど」
「ならいい。ルクセリアには、大丈夫だと言われたとでも報告しておけ。診察は以上だ」
なんだろう、滅茶苦茶気になる。
人は皆、言う言う詐欺して結局言わないのが一番気になってしまう生き物だ。そしてそれが、自分のこととなれば尚更気になるのである。
「え、えぇ・・・?じゃあ他に伝えることありますか?」
だがそうそう口を割ってくれそうになかったので、取り敢えず他にルクセリアさんに伝えることがないか尋ねてみる。
プラグを持ったままのクールビューティ先生は暫く考え込むと、やがて答えを見つけたかのように顔を変えた。
そして突然朱くなる。
あ、これはもしや。
「その・・・ルクセリアに、だな。今週末空いているのか・・・き、き、ききっいて貰えないないだろうかっ!?」
・・・あ、すぅーーー。
俺は今、
あぁ、生きているって素晴らしいな。うん。
「もちろんいいですよ!」
よって、俺は自分でも引くくらいのいい笑顔でそれを引き受けた。
さっきの言う言う詐欺のやつ?心底どうでもいいね!俺は今、天命よりも大事な勅令を授かったのである。もはや気にすることじゃない。
「そ、そうかっ!」
嬉しそうである。あぁ~^^浄化されそう。デートのお誘いをしたいのに勇気が出ないから俺に協力して欲しいのだろう。
俺はクールビューティ先生の嬉しそうなにやけ顔を堪能しながら、寝台から降りて服を着替えた。
もはやここは俺のいるべき場所じゃない。早く着替えてこの天命を果たすべきだろう。
数十秒ほど掛けて着替え終わり、再びドアの取っ手に手をかける。恐らくまたドアの向こう側では『
暫くして黒い闇のようなモヤが出てくるのを確認し、ドアを開けようとした───時だった。
「ま、待ちたまえ!」
「へっ?どうしたんですか?」
「その、だな・・・もし、自分の身体に何か違和感があったり、精神的におかしいなと思うことがあればまたここに来い。今度はルクセリアの紹介なしで見てやるから。それと、私の名前はライラ。“ライラ=セルクレート”だ、覚えておけ」
「ありがとうございます。もし何かあったら、次からはよろしくお願いしますね、ライラさん」
どうやら心配してくれたらしい。
サイバーパンク荒廃モノらしからぬ優しさだ。でもきっと、本当はこういう世界なんだろう。
皆自分自身で考えて動き、自分自身で生きる。そんな厳しい世界だからこそ、逆に他人に優しく出来るのかも知れない。アニメとはだいぶ違うが、皆それぞれに意思があるんだから当たり前なんだろうな。
少なくとも俺は、そんな世界だったら良いなと思う。
診てくれたライラさんに感謝を告げながら、俺は勢いよくドアの入口を開いて飛び出した。いち早くライラさんのデートのお誘いをルクセリアさんに伝えるべく、一陣の風の如くルクセリアさんの元へと戻ったのだ。
「何事もなければいいんだが、な」
そしてそんな俺に、白い部屋で一人呟くライラさんの呟きが届くことはなかった。
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