機械生命体に襲われたけど美少女に救われたから実質プラマイゼロ

「死ぬぅーーーーー!!」


ダンダンッ、と黒色の土を抉り踏みしめる音が、全力疾走で走る俺のすぐ後ろから聞こえてくる。


俺は今、正体不明の機械生命体?らしきものに追われていた。

しかも何か危なそうな銃みたいな奴持ってるし、俺を見つけた瞬間とんでもない勢いで走ってくるしで、絶賛逃亡中だ。


あれからバールを回収して、途方もなくさまよっていた時に奴に遭遇エンカウントした。


体感的に“30分くらい”はずっと全速力で逃げ回っている。

・・・何故か全く疲れていないし、まだまだ走れそうだ。80キロ以上は余裕で出ていそうなほど早いが、それよりも自分の身体が知らない間に魔改造されていることに恐怖を覚える。


そんな俺に延々と着いてくる機械生命体はもっと怖い。


なんで手に持った銃で撃ってこないの?とか、なんでこんなに追いかけて来るの?とか言いたいことは沢山あるが、捕まったらダメなのは間違いない。


そして何よりも言いたいのが。


「こんなキャラクターは『とある日々』にいなかったぞぉーーッ!!?」


うっかり忘れ?裏設定?そもそも『とある日々』の世界じゃない?

全部有り得そうだけど取り敢えず逃げるしかないんだよッ!


ウォォォォォッ!!!なんて野太い声を上げながら、更にスピードを上げる。だが後ろの機械生命体みたいな奴も、更にスピードを上げて追従してきた。

電車から見た光景のように流れる景色と風圧で酔いそうになるし、荒廃しすぎて走りにくいしで最悪だ。


辛うじて追い付かれていないが、後ろから追い縋るコイツの目的が分からん。分からなすぎて怖い。


取り敢えず、有り得ないほど荒れた地形を駆使しながら更に走り続けた。

恐らく1時間経過しても、2時間が経過しても、コイツは俺を追い続けた。相変わらず銃を携帯しているというのに、全く使う様子がない。


「いやもう銃使えよッ!」


何をしたいか分からないコイツに向かって、俺は走りながら吐き捨てた。

まだ死にたくないしユリを拝んでないから死ねないが、流石に突っ込まずにはいられない。


そうすると、俺の叫びが届いたのか───パシュッ、という乾いた音が背後から響いた。

瞬間、頬に走る微かな痛み。どうやら、俺の真横を銃弾が掠ったらしい。


後ろを振り返れば、先程までは構えていなかった銃をウキウキと構え、今か今かとまた発砲しようとしている機械生命体さんがいた。


「・・・ごめん、やっぱりチェンジで」


俺の言葉に対する返答は、発砲音で帰ってきた。

直線上で放たれた弾丸は、俺の心臓目掛けて撃たれたのが分かる軌道だった。


だから、俺はそれを“回避”する。


サイドステップの容量で身体を無理やりねじ曲げ、辛うじて心臓に当たることを防いだのだ。


「これで俺もマトリック・・・ス?」


再び後ろを振り返り、煽るようにして視線を映した・・・が間違いだったのかもしれない。

そもそも、銃をぶっ放すような奴相手に油断するなと言われたらそうだが、この時俺は完全に油断していた。


「うっそだろおい」


銃のようなものが一つから二つになっていたのだ。

もう一度言おう。先程まで一つだった銃が二つになっていた。

そしてそのうちの一つの銃口は、どうやら俺の頭を捉えているようだった。


死。


音速で放たれた弾丸が俺の頭を貫通する未来が見える。俺はさながら冗談のように、脳漿をぶちまけながら死ぬだろう。

目の前の機械生命体は、人の命を奪おうとしてるというのに一切の躊躇なく引き金に手をかける。引き金を引く指が、俺にとってはやけにスローに感じた。


目を閉じ、死の運命を受け入れる。


そして───ドパンッ。

乾いた銃声音が辺りに木霊した。しかし、痛みはない。


「・・・あれ、生きてる?」


───何故か、俺の死ぬ運命未来は訪れなかった。


恐る恐る目を開ける。

何故か銃口を向けたまま機械生命体は固まっていた。というより機能を停止しているのか、全く動く様子はない。

しかしはっきりと俺の耳には発砲音が聞こえたのだ?


じゃあいったい、どこから?

その疑問に答えるように、俺の背後から心地のいいソプラノボイスが響く。


「ねぇ、そこの青年?」


恐らく女性だろう。こんな状況じゃなかったら思わず聞き入ってしまいそうな美声だ。しかしたとえ女性だと分かったところで、俺は気を抜くことが出来なかった。


「ッ、は、はい!」


鋭く尖ったような、有無を言わさぬ声色で女性は俺に問いかけた。

カチャリと頭に何かを突き付けられた感触───銃だ、間違いなく。慌てて手を上げて無抵抗を示す。


・・・え、俺殺される?


「キミは・・・なんでこんな辺鄙な所にいるんだい?」


「じ、自分にも分かりません!」


「分からない?都市圏からかなり離れた場所なのにかい?」


「ほんとに知らないんですぅっ!」


「ふーん、じゃあ───記憶喪失ってことかい?」


「そ、そうです!記憶喪失なんです!」


懐疑心と心地良さを孕んだ声色は非常に恐ろしい。

何か間違った返答をすれば、その時点でドパン。お陀仏だろう。だとしても俺は何故こんなところにいるか分からないし、怪しさ満点だとしても正直に言うしかないのだ。


記憶喪失だと偽ってる?なんの事か分かりませんねェ(白目)


「・・・そうかい。分かった、取り敢えず迷子っていう形で保護させてもらうよ」


「ありがとうございますぅ・・・」


怪しさ満天なのにも関わらず、どうやら分かってくれたらしい。

質問してる最中もずっと銃口を向けられてたから、ぶっちゃけチビりそうだった。

いやもう、自分で言うのも何だけどめちゃくちゃに怪しいけどね?

普通、こんな場所に人が居たら怪しいって思うし、記憶喪失なんてことを言われたら逆に更に疑ってしまうと思う。


しかし、それでも何とかなった。

緊張の緩和により緩みきった膀胱が内部から刺激してくるが、何とか耐える。

・・・あ、やめて?まっ、まだ緩むんじゃないぞ俺の膀胱ゥゥ!!


俺が膀胱の危機に晒されている最中、どうやらた銃を下ろしてくれたらしい。くるりと振り返り、感謝を伝えようとして・・・絶句した。


この人、もしかしなくとも俺の知ってるアニメのキャラでは?

確か名前は───。


「自己紹介といこうか。ボクの名前は───“ルクセリア=フィアラート”周辺地域管理事務局長ラ・ルガメンテを務めてる。よろしくね」


どこか早口で告げられた情報は、更に俺の思考が正しいと認識づけている。

この容姿に、名前も“ルクセリア=フィアラート”だろ?しかも“ラ・ルガメンテ”と来れば、『とある日々』で知らない奴はいないほどの有名人である。それは勿論いい意味も悪い意味も孕んでいるのだが。


なぜなら彼女は・・・とある戦いにて、無惨な死を遂げるからだ。その時はまだ未熟だった主人公を庇い、胸を一突きで刺されて死亡。

名前付きの女キャラだったはずなのに、あっけない死だった。


それゆえ、彼女も主人公の攻略対象だと思っていた視聴者達を見事地獄に叩き落とし、この世界では命が軽いことを知らしめた張本人だ。

そのあまりにも不名誉な功績から、陰で“即死リア”と揶揄されてしまうほどである。


だが今俺は、別の感情に支配されていた。


それ即ち───俺の推し、尊すぎひん?である。


彼女はあまりの死の呆気なさに、実は死んでないんじゃないか説まで出てしまったほど人気のあるキャラクターだった。

海外では刺された瞬間にターミ○ーターのように溶鉱炉に沈みながら、アイルビーバックと宣言したり、はたまた某バトル漫画で敵キャラに自爆されて死ぬシーンを見事に合成されたり・・・そんなアニメには無い多彩な死に方をMADにされ流されたりなど、人気が高いのである。


・・・人気が高いと言うよりかは弄ばれてる感が否めないが、ともかく彼女は老若男女関係なく人気があった。


その理由はもちろん、キャラデザや声優さんの名演技のお陰もあっただろうが、一番の理由はその性格である。


簡単に言うと、“優しい”のだ。

それこそ、初対面でどう考えても怪しい俺に対して、無抵抗で本当に困っていると分かれば必ず手を差し伸べてしまうくらいに。

誰もが自分のことで必死になっている世界で、彼女は他人のことを第一に考えているのだ。


だからこそ、死んだ。


しかしそれでも彼女は、幸せそうに死んで逝った。主人公を守ることが出来て、嬉しそうに涙を流しながら事切れる───そんな彼女の生き様は、確かに呆気なことには間違いないが、最後の最期まで主人公の事を想い命を懸けて護りきったという優しさを見せた。


もうそんなの推しにならないやついる?俺は言いたい、答えは否だと!


ぶっちゃけこうして彼女と対面しているだけで、俺は浄化されかけている。どうせならこのまま主人公と出会って幸せになってもらいたいが・・・きっと彼女は死ぬだろう。


推しの死を見届けるのは辛いが、これも運命───


「・・・おーい、もしかして無視してるのかい?」


「あ、いや別にそういう訳じゃ」


───運命なのか?


「もー、なら早く君の名前を教えておくれよ」


目の前で困ったような表情で俺を覗き込む青年女性。薄く光る金色の髪と、住んだ色をした蒼の瞳が俺を写している。

こんなに綺麗な人が、呆気なく死ぬ運命なのか?


俺にはもっと、何か出来ることがあるんじゃないか?


「・・・決めた」


「え?何をだい?」


「あぁいえ、なんでもないです」


もしかしたら俺がすることは、この作品の完成度を下げてしまう行為になるのかもしれない。

だがそれでも、ルクセリア=フィアラートが死んだことによって主人公が泣いている姿を見ているし、実際俺も泣いた。


終わり良ければ全て良し、なんて言葉があるが、俺も結果さえ良ければ何でもいいというタイプの人間だ。


だからこれは、俺のちょっとしたわがまま。

主人公とルクセリア=フィアラートが笑い合う世界線を見たいと思った俺の、身勝手な原作破壊だ。


───俺は全てのヒロインたちの死亡フラグ、もとい重傷フラグを叩きおろうと思う。


一目イチモク レンです。連って呼んでください」


「おぉ、連って言うんだね、いい名前じゃないか」


百合を嗜む者として誰もが笑顔で幸せそうな最良の結末を見てみたい。そんな願いのために、俺はこの世界を生き抜いていこう。


たった今、そう決めた。


「ところで連、キミは記憶喪失・・・なんだよね?」


「そうでふ・・・です。目が覚めたら見知らぬ場所にいて、あの変な化け物に追い掛けられていたところです」


「ふむ、目が覚めたら見知らぬ場所か、しかも“※PCAAエクスマキナ”・・・失礼、機械生命体達に襲われるなんて。恐怖でしかなかっただろう?それにこちらも警戒していたとはいえ、いきなり銃口を突きつけるような真似をしてしまってすまない」


「い、いえ。明らかに怪しいのは間違いないですし、むしろ俺の言い分を信じてもらえるだけありがたいです」


推しの謝罪にキョドりながらも、何とかそう返答した。


「何言ってるんだよ、困ったことがあればお互い様じゃないか」


にこやかに微笑みながら俺を見つめる蒼色の瞳、その奥ではきっと本心でそう思っているに違いない。

機械生命体?に追いかけられたせいで現在地が分からないが、どこも荒廃しすぎて似たような景色に思える。そんな中でも、曇りのない蒼の澄んだ眼差しだけは爛々と輝いて見えた。


「さて、それじゃあ取り敢えず近くの都市まで案内しようか」


「近くの都市ですか?こっからどれくらいかかります?」


さっき都市部から離れた場所と言ってたから、それなりに時間がかかりそうではある。

アニメで出てきた都市は幾つかあるが、もしかしたらアニメで出て来てない都市の可能性もある。


俺は少しワクワクしながらルクセリアさんに問い掛けた。


「ルクセリアさん?」


しかし反応がない。

スタスタと俺が向いている方向とは反対方向に歩きながら、空中へ掌を向けた。


瞬間、


「ふふっ───一瞬だよ」


大きな闇に飲み込まれた。

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