第31話
ようやくお母さんの抱擁から脱した俺を待っていたのは、何故か木剣を構えている自警団員だった。
「な、何事!?」
「いやなに、こいつらがユウが旅に出る前に腕試しがしたいって言い出してな」
「そうそう、姉御ってば団長とばっか模擬戦して俺らの相手してくれないじゃないっすか」
「だからここは初心に戻って、姉さんと模擬戦でもしようかと」
「なんでそんな話になったの!?」
そりゃ確かに模擬戦はライザックか、時々成長を確かめる意味でケイトとしかしてなかったが、だからと言ってなぜ模擬戦をする流れになる?
そう思っているとトリスタンが皆の意見を代表するように前に出てくる。
「姉御とはしばらく会えないっすからね、ここらで俺達がどれだけ成長したか確かめて欲しいんっすよ」
「成長を確かめる?」
「そうっす、俺達姉御が初めて自警団に来た時、手も足も出なくて、おまけに誰よりもやる気な才能ある小僧まで出てきやがる」
「小僧って俺のことか?」
小僧と呼ばれたケイトがなんだか釈然としないといった顔をしてるが、トリスタンは華麗にスルーした。
「そんで、俺達なりに頑張った成果をここで試したいんっす。姉御の帰る場所を守れるだけの力は身についたって知ってもらいたいんっすよ」
「トリスタン....」
トリスタンは普段軽口の多い奴で、自警団内ではムードメーカーのような役割を担っている。
そんな彼が今日は殊勝にもおふざけなしで真面目にそう口にした。
他の自警団員もトリスタンの言葉に頷き、真面目な表情で俺を見据える。
ああ、そういうことか.....
トリスタン達は俺が安心して旅立てるようにどれだけ強くなったか見せてくれようとしているのだ。
気兼ねなく旅立てるように、安心して帰って来れるように。
こいつらなりの見送りなのだ。
そうと分かれば拒む理由はない、むしろ大歓迎だ!
「みんなありがとう.......よし!そういうことなら、全員まとめてかかって来い!!!」
「「「「おっす、お願いします!!!」」」」
俺はみんなの思いに負けないよう腹の底から声を張り上げると、負けじと自警団員達が声を張り上げる。
それと同時に巻き起こる俺対自警団員の大立ち回り。
みんなが交戦的な、それでいて心の底から楽しそうな笑顔を浮かべ、日が暮れるまで木剣を振り続けた。
今の自警団にはもう、昔のように一撃で倒される者はいなくなっていた。
旅立ちの許可を得たからと言ってすぐに旅立てるわけではない。
野営の道具や武器に服など、最低限必要なものはすでに準備してあるが、旅に持っていく食料に関しては保存期間の問題で事前準備はしていない。
大抵の場合こういった食料は旅立ちの日程に合わせて用意し、消費スピードや補給の目処を考え計画的な量を用意しなければならない。
この世界の携帯食は干し肉やら乾燥させた比較的長持ちする果物、水分の少ない木の実、それと殴れば人を殺せそうなほど硬いパンなんかが主要で、味はどれもいまいち。
旅の道中で狩をしたり山菜を採ってなるべく節約するのが旅の基本だ。
正直、現代のカップ麺やインスタントコーヒーに味噌汁、スープなどを知ってる身としては大変味気ないのだが、この世界の旅では食べられるだけマシらしく、食料が尽きようものなら地獄を見る羽目になる、と遠い目をしたライザックが言っていた。
ちなみにガリルにも聞いてみたところ同じように遠い目をしてしまった。
2人とも辛い旅路を経験したのだろう。
そんなこんなでケイトと出発の日程を決め、保存食の用意をする合間に村のみんなに挨拶回り。
同年代の揃いも揃って上から見下ろす娘達に寂しがられ涙ながらに抱きつかれたり、どさくさに紛れて抱きつこうとした男どもを殴り飛ばしたり、ジーナを可愛がったりしているとあっという間に出発の日がやってきた。
「忘れ物はない?食料は持った?水筒もあるわよね?」
「さっき確認したよ.....7回も」
「着替えも持ったわよね?下着もちゃんと入ってる?」
「それもさっき確認した.....13回も」
「ジャト、俺も確認してある。必要な物は揃っていたぞ」
心配性のお母さんにあれやこれやと確認され、リュックの中身を取り出して収納し、また取り出して収納する、というのをかれこれ20回もさせられている。
もうそろそろ頭がおかしくなりそうだ。
そんな様子に見かねたガリルが止めに入ってくれる。
できればもう少し早く来て欲しかったです。
「ユウ、もうそろそろ出なくていいのか?ケイトが待ってるんだろ?」
「うん、あまり待たせるのも悪いし出るよ」
「そうか、元気でな」
ガリルはそう言うと頭を撫でてくる。
髪を整えるのが面倒なのであまり触られたくないのだが、今日ここにいたっては甘んじて受け入れよう。
せっかくの親子のスキンシップだからな。
「気をつけてね、怪我なんてして帰ってきたらジーナが悲しむから」
「おや?カナンは悲しんでくれないの?」
「私は怒ってあげる」
「えぇ〜、その時は優しく出迎えてよ〜」
「無事に帰って来たらそうしてあげる、だから怪我なんてして帰って来ないでよ?」
「わかった」
カナンとのやりとりを終え、最後にジルを見据える。
俺に目を向けられたジルは黙って近づいてくると、強く抱きしめてくる。
いつもなら、鬱陶しい!っと言って物理的に突き放すのだが、今日は仕方なく抱擁のお返しをする。
軽く背中を叩くと、ジルは抱擁を解き笑顔を向ける。
「行ってらっしゃい、ユウ。カナンの繰り返しになっちゃうけど、怪我をしないようにね?」
「うん、わかった」
家族との別れを終えた俺は家の扉を開く。
ちなみにジーナはただいま眠り姫と化している。
寝ているうちに出て行かないと泣きついて離れないからだ。
まぁ今までも暇を見つけてはジーナと遊んでいたから我慢してもらおう。
外に出て振り返ると、そこには数年間過ごしてきた家と家族が目に映る。
その光景を目に焼き付けている最中、あることを思い出した。
そういえば、まだ言ってないことがあったのだと。
少々気恥ずかしいが、今なら言い逃げのような形にできるので絶好の機会だろう。
意を決した俺は、子供っぽい笑みを心掛けつつ口を開く。
「行ってきます!お父さん、お母さん、お兄ちゃん!」
今まで名前で呼んでいたが、改めて家族であることを示すようにはっきりとそう呼ぶ。
ここが帰る場所だと、みんなは大事な家族だよという想いを込めて。
言い慣れない言葉に、やっぱり恥ずかしかった俺は素早く反転してケイトの元へと向かう。
家族がどんな表情をしていたかわからないが、ジルが涙声で行ってらっしゃいと返していたので想像はつく。
俺を引き取ってくれたのが彼等で本当によかった。
ケイトとの集合場所は商人達が出入りしたり、街に用事がある時に使われる門だ。
俺達の最初の目的地は商人が滞在するのによく使っている1番近い街、スダラーダ。
ソーンスタット村に来る商人は何もここにしか来ないわけではない。
他の農村に売りに行ったり違う街で品物を仕入れたりしている。
スダラーダは街から街への中継地点であり、スダラーダを中心に各地の農村に枝分かれして行くことで効率よく品物の仕入れと、農村での商売を行っている。
農村相手に商売をする商人にとって便利な拠点というわけだ。
「ケイト君、遅くなってごめん。待たせちゃったよね?」
「いや、俺もさっき着いたところだから大丈夫」
今日の門番と別れの挨拶をしていたのだろうケイトに声をかけると、図らずもテンプレみたいなやりとりになってしまった。
まぁ、気を遣ってそう言っているわけではなく、ケイト自身が気にしていないからそう言ったのだろう。
多少の遅刻でどうこう言う間からでもないので、俺も気にするようなことはしない。
さすがに大事な用事なら気にするが、スダラーダまでの旅路はだいぶ余裕をもって計画しているのでたかだが数分の遅れであれば問題ない。
「それはよかった。ケイト君の方はもうお別れは済ませた?」
「ああ、昨日の内に言ってある。ユウはどうだった?てっきりおばさんが離さないんじゃないかと思ったけど?」
「こっちも問題なく済ませたよ」
「それじゃお互いに準備はできたってわけだな?」
「そうなるね」
俺とケイトはお互いに頷きあって門の方を向く。
すると気を利かせてくれた門番が門を開き、俺達2人に軽く手を振って簡素な別れを告げる。
「お前達が帰って来たらまた開けてやるよ、行ってらっしゃい」
「「行ってきます!」」
こうして長いような短いような村での生活を終え、俺とケイトは旅に出る。
この世界を見て周り、いろんな経験を積んで、ハンターとして活躍する。
俗に言う、俺達の冒険はここからだ!って奴だ。
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