第27話

〜数年後〜


「ユウ、ケイトそっち行ったぞ!」

「任せて!」

「任せろ!」


 木々の合間を縫うように駆け、額に黒い宝石をつけた魔物、黒曜狼こくようろうと並走する。

 この魔物は額の結晶に溜めた魔力で影の分体を生み出し、1匹で群れを率いる危険な魔物だ。

 同じ速度で走る俺に気づいた黒曜狼は結晶を輝かせ、影の分体を5匹生み出しこちらに向かわせる。

 それに対し俺は腰に下げた2本の短刀を抜き放つ。

 メインの武器は(身長が原因で)背中にぶら下げている片手剣なのだが、森の中では取り回しが難しく、今回は環境(と身長)にあった短刀を使う。

 剥き出しになった刃に魔力を込め、迫り来る影の狼に向けて振り抜く。

 すると刃に込めた魔力が斬撃となって飛んでいき、一瞬にして5匹の狼を切り裂く。

 そしてその斬撃に追従するように、追走していたケイトが黒曜狼へと近づき素早く剣を振る。

 ケイトの斬撃は黒曜狼の軽やかな身のこなしで避けられてしまったが、その動きを予測していた俺は、手近な木を足場に三角飛びで射線を確保し魔力の斬撃を飛ばす。

 黒曜狼の回避地点を狙った斬撃は見事致命傷を負わせ、最後はケイトが止めをさす。

 俺とケイトは今、自警団と共に魔物狩りをしている。

 最初の頃は見学だけだったのだが、俺はともかくケイトも他の自警団に劣らない実力が身についたため、ここ最近は即戦力として参加している。

 生意気にも大きくなったケイトの背中に近づき、本日の戦果を確認する。


「おぉ、これはなかなか大きな宝石だね」

「ああ、こんなのが村の近くにいたなんてな」

「これだけで大きければ安酒20本くらいは余裕で買えるんじゃない?」

「お酒は20歳になったらな」

「後5年も待てないよ〜」


 俺とケイトは今年で15歳となった。

 この世界の成人は前世と同じ20歳なので、合法的にお酒を飲めるようになるまで後5年も待たなければならない。

 普通さ、異世界って言ったらさ、成人年齢が低く設定されてるものじゃん?

 なんでこの異世界はご丁寧に20歳なんていう成人設定をつけてくれやがりますの?

 しかもこれまたご丁寧なことに国が定める飲酒の年齢制限も20歳と来たもんだ。

 どうやらこちらの世界の医学者が、アルコールが成長に与える影響を説いた論文を発表したせいで20歳まで酒が飲めなくなったようなのだ。

 まったく、余計な真似をしてくれたものだ。


「そっちも終わったみたいっすね」

「おや?随分早かったね、トリスタン」


 ケイトが魔物の解体を行っているのを側で眺めていると、別行動していたトリスタンの部隊が合流した。

 どうやらあちらの方が早く狩終わってたようで、剥ぎたての獣臭い毛皮を首に巻いておふざけコーデをしていた。


「どうっすかこの毛皮、綺麗に剥ぎ取れてるっしょ?」

「ほほう、なかなかやるじゃないかトリスタン君、だがこちらも負けちゃいないよ。さぁケイト君!あれを見せてやりなさい!」

「はいはい、ちょっと待ってろ」


 額に収まっていた宝石を手早く剥ぎ取ったケイトは、拳大の大きさを誇る黒い宝石を投げ渡してくれる。

 黒曜狼の額の宝石は成長と共に大きくなり、長く生きればそれだけ大きくなる。

 それでも普通は少し大きめなビー玉サイズなのだが、この個体は相当長く生きたのか俺の小さな掌では収まりきらないサイズにまで宝石が成長していた。

 俺は受け取った宝石を高く掲げ、本日最大の戦果を自慢する。

 それを見たトリスタンは目を丸くし、口が塞がらないといった様子で驚いている。


「フフン!どうかねトリスタン君、私とケイト君の戦果は?」

「で、でっけ〜、こんなの初めて見たっすよ。さすが姉御っすね」


 俺は今だ自警団見習いの身ではあるが、実力ではこの村トップのライザックに次ぐ強さのため、自警団の中では半端正規団員のようになっている。

 そのせいか自警団のみんなに冗談半分であね とかあねさんと呼ばれるようになってしまった。

 ちなみにトップ3はなんと目の前のトリスタンだ。

 自警団員と初めて模擬戦をした時、一撃で倒された挙句その後も圧倒的な速さで実力を伸ばす俺の姿を目にし、闘志に火がついたトリスタンは自分の得意分野を徹底的に伸ばした。

 その結果、弓の腕なら誰にも負けない射撃の名手となった。

 なんとあのライザックですら距離を取られたら苦戦するほどにまで成長し、同僚の急成長に感化されて他の自警団員までも実力を伸ばすという好循環が生まれた。

 この村では着々と屈強な戦闘集団が出来上がりつつある。


「まあ、それほどでもあるけどね!」

「それにしてもそんな大きくなるまで育った奴をよく狩れたっすね?」

「う〜ん、半端な知性が仇になったんだろうね」

「どういうことっすか?」


 先程狩った黒曜狼は長く生きたが故に多少は知恵が回るようで、こちらの戦力を探っている様子が見られた。

 それで力を出し渋って牽制の5匹を生み出したが、一瞬で倒された挙句、間髪入れずに反撃されたものだから何もできずに致命傷を受け長い生涯を終えた。

 結果は変わらないとしても、最初っから全力を出していればもっとも苦戦していただろうに。

 とまあそんな感じで、お互いの武勇伝を語りながら本日の魔物狩りを終了する。

 今日はこれから野営地で一休みし、次の日にソーンスタット村へと帰る日程だ。


「あぁ〜、早くジーナに会いたい....」

「お前ほんとジーナのこと好きだよな」

「あったりまえでしょう!ジーナは村1、いや世界1可愛いんだから!」

「はいはい、聞いた聞いた、昨日も聞いたし一昨日も聞いたってそれ」


 ケイトが呆れたようにそう返す。

 ジーナとはジルとカナンの娘の名前だ。

 成人の儀を終え晴れて夫婦となった2人は、カナンが我が家に来ることとなり、家族が増えた又はさらに増える予定なので家が増築され、そこで一緒に暮らしている。

 そして、一緒に暮らすようになってしばらくするとカナンの妊娠が発覚、我が家に新しい家族が増えることとなり大盛り上がりとなった。

 徐々に大きくなっていくカナンのお腹を同じ女性ということもありジャトと共にお世話していた俺は、そのまま出産にも立ち会うことになった。

 あの時は大変だった、苦しそうなカナンと手を握って声をかけ続けるジル、そして出産経験のあるジャトと心得のある老婆の声が入り乱れ、何をすればいいのかわからず頭が真っ白になりながらも指示にしたがって綺麗な布を用意したり、お湯を用意したりと本当に大変だった。

 体感で数日経ったんじゃないかと思うほどの長い1日に終わりを告げる産声。

 耳をつんざく泣き声に目を向けると、そこには新しい家族がカナンの腕に抱かれていた。

 俺はその姿に自然と涙が出た。

 緊張が解け、安堵と喜びが胸を埋め尽くし、感動と感謝とその他諸々。

 言葉では言い表せられな沢山の感情が溢れ出し、不覚にも嗚咽に塗れた涙を流してしまった。

 その後慣れない涙で気分が悪くなり、出産直後のカナンにまで心配されたのは苦い思い出だ。

 そんな経緯もあり姪のジーナは可愛くて可愛くて仕方ないのだ。


「私も子供欲しいなぁ」

「・・・・」


 ジーナを見ていると俺も子供が欲しくなってくる。

 だがそうなると男の男を受け入れなければならないわけで、それを想像すると鳥肌が立って今すぐこの世から男性という理を書き換えてしまいたくなる。

 これ以上デリケートゾーンの話は止めよう、精神衛生上よろしくない。

 いざとなったら孤児院で子供を引き取ることも視野に入れておこう。

 まぁ子育ては当分することはないだろうが。

 それより今は隣で気まずそうにしている相棒に話題を振ってやろう。

 独り言とはいえ異性が子供を欲しがる呟きを聞いてしまえば、多感なお年頃の青年には気まずかろうて。


「そうそう、この前ジーナが—」

「抱きついてきて可愛かったって話だろ?」

「あれ?もう話したっけ?」

「6回目だぞ、その話」

「なら後4回は話さないと」

「なんでだよ!」


 

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