第26話

 普段であれば日没には家へ帰り家族と過ごす時間になるが、今日は篝火と積み上げられた焚き火で光源を確保し、夜遅くまで大盛り上がりだ。

 そんな中俺はというと、何故か舞台の上に立たされてハープやマンドリン、ハンドベルやら太鼓などの統一性のない楽器を複数渡され1人で演奏させられている。

 ちなみに正式名称は知らない。

 前世の楽器と見た目が一致している物をそう呼んでるだけだ。

 これもまた奥様方に礼服作りを頼まれた時同様、宴の雰囲気に流された村民に促され、例の如く見様見真似で習得し今に至ると。

 権能の力場で複数同時に楽器を演奏したらどんな反応が返ってくるな?などと好奇心に負けて試したのが悪かった。


「いいぞ、もっと聴かせてくれ!」

「やるなユウちゃん!」

「次はもっと明るい曲を弾いてくれ!」


 俺の初舞台はご覧の通り大変盛り上がりしてしまい、やめるにやめられなくなってしまったというわけだ。

 前世でたまに聞いていたうろ覚えのケルト調の音楽をできる限り再現して弾いて見たところ、思いのほか気に入ってもらえたようなのだ。

 正直、手持ちの楽器では再現と言うほど再現はできていないのだが、まさかこんななんちゃって音楽もどきでここまで喜んでもらえるとは思わず、調子に乗って弾き続けたがさすがにネタが尽きてきた。

 もともとうろ覚えなのだから仕方ない。

 多分村民達は騒げればなんでもいいのだ。

 だが、こうして舞台上から歓声を上げて盛り上がるみんなを眺めていると、こちらまで高揚してくるものがある。

 明らかに宴の雰囲気に流されてしまっているが、楽しければそれでよし!

 気分はまさに武闘館ライブ!このまま朝まで弾き続けてやるぜ!

 ネタ切れになったうろ覚えケルトからアニソンに移行する。

 なるべくこちらの世界の音楽と似通った物を選曲し、ハープをメインに演奏していく。

 それにしてもハープなんてどこにしまってたんだろうな?ここ一年近く村で過ごしていたのに一度も見たことなかったぞ?

 まぁ今はそんなことはどうでもいい。

 さらなる盛り上がりを見せはじめた村民に答えるように、自分の体より大きいハープを弾き続ける。

 さぁ、今宵は俺のワンマンライブだ!







「うぅ、目が回るぅ〜、世界が回るぅ〜、ケイト君が回ってるぅ〜」

「冗談言う元気は出てきたみたいだな。ほら、水持ってきてやったぞ」

「お酒がいぃ〜」

「ダメに決まってるだろ、いいからこれ飲んで休め」

「ありがとう〜」


 俺の花々しい初舞台は演者の昏倒により幕を閉じた。

 途中からはハープも権能で動かし楽器を空中で緩やかに回転させながら、その中心で踊っていた。

 まるで可憐な妖精が踊るかのような光景に皆目が離せなくなり、それがさらに歯止めを無くさせた。

 巻き上がる歓声、一緒になって踊り出す子供達、可愛い、美しい、綺麗などの美辞麗句が次々飛び交い、さらにさらにと演奏を続けダンスを続けた末に、最後の曲を弾き終えて力尽きた。

 それもそうだ、何時間も権能を行使しながらダンスで絶え間なく動き続けるハードな運動量。

 普段なら疲労してきた時にセーブするのだが、ランナーズハイならぬダンシングハイになっていたのだろう、途中から陶酔するような感覚に陥り疲れを感じなくなっていたようだ。

 そして最終的に朦朧とする意識の中、演奏を終えたと同時に倒れてしまったというわけだ。

 無意識に楽器を軟着陸させていたようで、人も楽器も損傷はなかったらしい。

 我ながら羽目を外し過ぎた....

 木製の長椅子を人気の少ない場所に移してもらい、横になって休息をとる。

 受け取った水を飲もうとしたが、起き上がるのが億劫で寝転がりながら飲もうとし、軽く溢してしまった。

 胸元が濡れてしまったが、正直全身汗だくだったので水なのか汗なのか見分けがつかない。


「あっちゃ〜、溢れた....」

「何やってんだよ」

「起きる上がる元気はないんですぅー」

「それなら、これならどうだ?」

「おっと!?」


 長椅子に腰掛けたケイトは俺の頭を優しく持ち上げ、自分の膝に乗せる。

 急に動かすものだから手に持った水が溢れそうになったが、なんとか踏みとどまる。

 これはあれか?膝枕ってやつか?


「これで少しは飲みやすくなっただろ?」

「う、うん....ありがと...」


 この状況はあまりよろしくないな。

 その、なんて言うか....仲のいい友達に膝枕をされる気恥ずかしさというか、体が弱っているせいで心細くなっていたのかケイトが頼もしく見えてしまうというか....

 いかんな、非常にいかん。

 身に覚えのない内なる乙女がひょっこり顔を出そうとしている気がする。

 このままではまずいと思い、気を紛らわせるために話を振る。


「あの....臭くないですか?汗がですね、その....全身汗だくでして」

「いや、全然臭わないぞ?」

「そ、そうですか。それならよかった....?」


 俺はいったい何を言ってるんだ?

 臭いを気にして遠慮がちに尋ねるなんて乙女か俺は?

 一旦落ち着こう。

 半端忘れかけていた水を口に含み、冷静さを取り戻そうと試みる。

 わざわざ井戸から汲んでくれたのか、冷えた水が喉を潤し、幾分か体温を下げてくれる。


「ふぅ〜、冷たくて美味しい」

「ああ、それと動けるようになったら体を軽く拭けるように桶と布を持ってきてるから使ってくれ」

「至れり尽くせりですね〜」

「そんだけみんな心配してたんだよ」

「それは、なんだか悪いことしちゃったなぁ」

「そう思うなら後で謝ればいい、俺も付いていってやるから」

「そうするよ」

「・・・・」

「・・・・」


 それからしばらく無言の時間が続いたが、俺もおそらくケイトも居心地の悪さは感じなかった。

 遠くで響く楽器の音色が宴がまだ続いていることを示している。

 夜空を眺め、時折風が吹く。

 ふと、旅に出た2人の姿を想像する。

 俺とケイトは焚き火を囲い、野営をしながらこれからの旅路を語り合うのだ。

 次はあれをしよう、今度はこの街に行ってみよう、そんな他愛のないことを話しながら夕食を共にする。

 そして旅先で夜空を眺め、遠い故郷の地ソーンスタットに思いを馳せる。

 みんなは今頃どうしているだろうか?家族は元気にしているだろうか?今頃あの子は子供でも産んでるんじゃないだろうか?などと語り合い、いつか来る再会の日を楽しみにする。


「どうしたんだ、ユウ?」


 そんな想像をしているとケイトの声で現実に引き戻された。


「ちょっと考えごとしてた」

「何考えてたんだ?」

「私とケイトが旅に出たら、こんな風に2人で夜空を眺めながら野営でもしてるのかなって」

「そうかもな、寒い日は体を寄せ合って暖をとったり、暑い日なんかはお互いに風を送りながらぐったりしてたりな」

「心地いい日差しがある日は2人でお昼寝でもしましょうか」

「いいなそれ」


 俺達は共に夜空を眺めながら、未来の旅路を語る。

 地方の英雄譚や吟遊詩人の演奏を聞くために旅をするだとか、ハンターギルドで依頼を受け凶悪な魔物を一緒に倒すなどなど、子供の夢物語を寝落ちするまで語り合う。

 きっと今日はいい夢が見れそうだ。

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