第25話
「うっ、腕が、体が、全身が痛い....」
「ご、ごめん、昨日はやり過ぎたね」
成人の儀当日、全身筋肉痛に見舞われたケイトに寄り添いつつ、料理を手渡す。
昨日の稽古が響いてしまったようだ。
成人の儀は村民全員が参加しており、村中央の広場に大量の料理が並べられ、組み立て作業の手伝をした舞台の上で楽器を鳴らしたり、一発芸のようなものを繰り広げられたりしている。
それだけではなく舞台外では音楽に合わせて一緒にダンスを踊っていたり、酒の飲み比べをする者や大食い競争をする者もいる。
今日ばかりは貴重なお酒も大盤振る舞いだ。
各々が彼方此方で騒ぐものだから騒々しいことこの上ない。
だが皆が皆笑顔を浮かべ、絶えず笑い声が村中に響く。
成人した者は使い回しのお古の服から礼服に装いを変え、周りから贈られる祝福と揶揄いにはにかむ。
中世ヨーロッパを彷彿とさせる服装の彼らを見ていると、ここが異世界であることを改めて実感する。
そしてそんな礼服作りに掛かり切りだった奥様方は、丹精込めて作った礼服の自慢と同時に息子自慢、娘自慢を行う。
対して旦那様方はというと、お酒に目が眩み早々に酔い潰れる者、立派に成長した我が子に感極まって泣き上戸と化す者と様々だ。
「みんな楽しそうだね」
「毎年こんなもんだよ」
「良いことじゃん、みんな笑顔で幸せいっぱいって感じなんだから。それにほら、あれ見て、ナナクさんなんて嬉しそうにミハさんと腕組んでる.....あっ」
「どうしたんだ?」
「そういえば、マヤちゃんのお兄さんが成人の儀でナナクさんに求婚するって.....」
「あ〜、それは.....」
求婚する前から結果がわかってしまいマヤ兄には同情を禁じ得ない。
「ねえねえ、お兄ちゃんが今からナナクお姉ちゃんに求婚しに行く見たい!ユウちゃんとケイト君も一緒に覗きに行かない?」
「マヤちゃん.....ううん、私はいいや」
「う、うん、俺もいいかな....」
「そっか、気が変わったらいつでも来てねー!」
颯爽と現れたハイテンションのマヤはそう言い残しながら颯爽と去っていく。
その先にはマヤ同様覗き見にいく子供達が集まっており、あの人数であれば一晩と置かずに求婚に失敗したマヤ兄の哀れな失恋話が出回ることだろう。
可哀想に、後で慰めの酒でも持って行ってやろう。
「あらユウちゃん、こんな所にいたのね」
「えっユウちゃん?どこどこ?」
「見つけたわユウちゃん!礼服作るの手伝ってくれてありがとうね」
そしてそんなマヤの声掛けで俺の存在を認知した奥様方が、礼服自慢を中断し瞬く間に集まってくる。
今回の礼服作りを手伝ったことで奥様方からの株が右肩上がりとなったのはいいが、あれ以降見かける度に何かを渡そうと集まってくるようになってしまった。
感謝されて悪い気はしないが、両手が塞がるほど持たせてくるのは勘弁願いたい。
「皆さんのお役の立ててよかったです」
「ユウちゃんのおかげで助かったわ」
「私なんてユウちゃんの手伝いがなかったら間に合わなかったわ。本当にありがとね」
「よかったらこの料理食べて行って、私が作った自信作なの」
「それじゃ、こんなのもどう?趣味で育ててる果物なんだけど」
とまぁ、こんな感じなのだ。
断らない俺にも原因はあるだろうが、すでに両手では持ちきれない量の食べ物が渡されており、幾つかは権能を使って空中に固定している。
美少女の周りを漂う料理に果物、なんだか俺の周りだけメルヘンチックな光景になってしまった。
「あはは....ありがとうございます」
「それじゃ2人とも楽しんでね」
「はい」
そして渡す物を渡して気が済んだのか、嵐のような奥様方の猛襲は、集まった時同様瞬く間に去っていった。
まったく、忙しないことこの上ない。
「すっごい量だな....」
「そうだね、せっかく貰ったし2人で食べようか?」
「2人で食べ切れるか?」
「余ったら、そうだな〜。マヤちゃんのお兄さんにお裾分けしようか」
「そうだな、それがいい」
確定した悲劇に打ちのめされる彼には、これくらいの優しさがあったっていいだろ。
今回ばかりは俺もこの外見の可愛さを活かして慰めてやろう。
そんな感じで成人の儀はつつがなく執り行われた。
「ユウ....ケイト....お前ら、いい奴だな.....」
「えっと...これでも食べて元気出してください」
「そ、そうだ、酒も持ってきてやったぞ?」
「.....本当にお前らって奴は、いい奴だなぁ。2人は、俺みたいのなるんじゃないぞ.....」
しばらく料理を食べて時間を潰し、もうそろそろかな?と思い子供達が向かった方へ行くと、案の定失恋してこの世の終わりのような表情で落ち込むマヤ兄の姿があった。
そこに差し入れを持っていくと、数週間過酷な無人島生活でもしていたのかと思うほど弱りきったマヤ兄が、瞳に涙を浮かべながら微笑み、料理と酒を受け取った。
なんだかその笑顔が痛々しくて見ていられない。
「よしよし、よく頑張りました。きっと良い人が見つかりますよ」
「......ユウ」
あまりにも可哀想だったので頭を撫でて慰める。
そうすると幾分か表情がましになった。
まぁこれくらい元気が戻れば後は任せても大丈夫だろう。
「ケイト君、少し1人にさせてあげよう」
「えっ、でも放って置いて大丈夫なのか?あれ」
「大丈夫、いいから付いてきて」
料理を
マヤ兄の死角に回り込むと身を屈めて様子を伺う。
「ああ、そういうことか」
ここに来てようやく状況を飲み込めたケイトが納得した声を漏らす。
落ち込むマヤ兄の下に近づく人影。
それはマヤ兄の望む人ではないかもしれないが、遠目からでもわかる紅葉する頬が彼への思いを可視化させる。
ゆっくりと近づいた女性は意気消沈したマヤ兄を優しく抱きしめ、お互いの温もりを確かめ合っている。
「あの様子なら後は成り行きに任せてしまって大丈夫そうだね」
「そうだな」
「むしろ私達は余計なお世話だったかも?」
「そうかもな」
俺達は2人に気付かれないようにそっとその場を離れた。
報われぬ思いがあれば、その先で実る思いもあるものだ。
邪神の使徒のお祈りにご利益があるかはわからないが、ここは2人の幸福を願っておこう。
どうか2人の行く末が幸せなものでありますように。
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