第24話
「成人の儀にはお酒—」
「飲んだらダメだぞ」
「—が出る.........まだ何も言ってないけど?」
「どうせ、間違って飲んでしまってもただの事故だよね、とか言うつもりだったんだろ」
「チッ、何故バレた?」
まさかケイトに心を読む加護があったとは。
というのはもちろん冗談だが、言おうとしていたことを正確に当てられては返す言葉もない。
なかなかやるじゃないか。
まぁ例え手元にお酒が来ても俺は飲まないだろうな。
大人になったらガリル達と一緒に飲むって約束があるのだから、その最高の一杯のために我慢しますとも。
血の涙を流して我慢してみせますとも.......我慢........できるかな?
いざとなったらケイトに止めてもらうとしよう。
「そういえばケイト君は好きな女の子とかいないの?」
「.....べつに、いないけど」
「そうですか、言いたくないと」
「いや、だからいないって」
「ケイト君は嘘を吐く時、瞬きを2回するんだよ」
「ちょ、マジか!?」
まぁ嘘なんですけど。
ただ、今の状況下で目元を隠そうとするのは嘘を吐いていると自白するようなものだぞ少年。
それ以前から言い淀んでいるため鎌をかけずとも嘘だとわかってはいたが、反応が面白いのでつい揶揄ってしまった。
「そうですか〜、ケイト君に好きな人がいたんですかぁ〜。うん?ってことは自警団見習いで訓練を始めたのって、気になるあの子にいい格好見せたいからだったり?」
「別にそんなんじゃねえよ。てか本当に好きな奴がいるわけじゃないんだって」
「本当かなぁ〜?」
「本当だっての!これはなんというか、その.....なんて言えばいいか分かんねえけど、そういうんじゃないというか」
「う〜ん、なんだか漠然としてるなぁ」
要するに気になるあの子はいるが、それがなぜ気になるのかわからない、といった感じだろうか?
まぁ恋だの愛だのは正直俺もわからないのだから、もしケイトの抱く感情が恋愛感情だったとしてもその歳で理解できないのは仕方のないことだ。
それはそれとして—
「気になる子はいるんだね?」
「うっ、クッソ嵌められた....」
「へぇ〜誰なんですかぁ〜?言っちゃいなよぉ〜、明日みんなに言って回るからさぁ〜」
「そんなこと言われて言う奴がいるかよ!.....そういうユウはどうなんだよ、好きな奴とかいないのかよ?」
「いないね、なんなら私は一生独身でやって行くつもりだから」
何度でも言うが俺は男と添い遂げるつもりはない。
それに俺はこの村を出ていくつもりなのだ。
当初の目的では異世界の常識を手にするためにこの村にお世話になった。
居心地がよくて村民も優しく迎え入れてくれており、すでに故郷のように思っているが、胸の内に湧く異世界への好奇心はこの小さな農村だけでは収まり切らない。
だから俺はいつかこの村を飛び出しハンターとなって名声を轟かす。
それこそ、この田舎の農村に届くくらい大きく立派で、家族が喜ぶようなものをだ。
そしてそんなハンターの冒険譚と、とびきり豪華なお酒を抱えて家族に語り尽くす。
それが今の俺、ユウとしてこの世界でやりたいことだ。
前世では親孝行も碌にできずに死んだのだ、今世くらいは立派な娘として誇れるようになりたい。
そんな未来の野望を思い浮かべていると、なんだかケイトが浮かない顔をしていた。
はて?どうしたのだろうか?
「なあユウ......いや、いいや」
「そんな中途半端に止められると気になるんだけど?」
言い淀んだ挙句何も言わないケイトに続きを促す。
さすがにその止めかたは気になってしょうがない。
観念して白状するのだ!
「お前さ、いなくなったりしないよな?」
「えっ?」
「ごめん、変なこと聞いた。忘れてくれ」
ケイトは自分でもなんでそんなことを言ったのわかっていない、といった感じで困惑している。
俺は村を出てハンターになるつもりでいることを誰にも言っていない。
ジャトは疎かガリルやジル、ライザックにも言っていない。
それは無闇に心配を掛けないようにする為なのもあるが、また自警団見習いの承諾を受けた時のように一悶着あるのが確定しているからだ。
そのため当面の間は黙っておいて、少しずつ村を出て行くことを仄めかして徐々に浸透させていこうと思っており、今はまだ何も行動をしていない。
にも関わらず何かを感じ取ったのか、ケイトは俺がいなくなることを危惧している。
......ケイトになら言ってもいいか。
「私はいつかこの村を出ていくよ」
「そう、なのか」
俺がそう伝えるとケイトは納得したような、少し寂しそうな表情をした。
仲のいい友達が何処か行こうとしてれば当然寂しくもあるだろう、特にこの世界は魔物も入れば盗賊だっている。
一度外に旅立てば帰って来る保証などない。
俺とて権能という絶対的な力を持ってはいるが、弱点がないわけではない。
それでも必ず帰ってくる。
「なんで出ていくんだ?この村が嫌になったって訳じゃないよな?」
「嫌になる訳ないよ。行く当てのない私を受け入れてくれたこの村は大好きだし、お母さんもガリルもジルも、ついでにケイト君のことも好きだよ」
「ついでかよ」
「それでも出て行く」
「どうしてそんなに出て行きたがるんだ」
「ケイト君は壁の外を見たことある?」
「何度か、親父に頼んで自警団の魔物狩りに付いてったことはある」
「それじゃそのさらに外側は?」
「さらに外側?」
「周辺の森を抜けた先でもいいし商人さんが滞在する近くの街でもいい、遠く離れた隣の国でも。ケイト君はそれらを見たことはある?」
「そんなの見たことあるわけないだろ」
「だよね。私はその見たことない物や街を見に行きたいんだ。世界はとっても広くて、とっても楽しいことがいっぱい待ってるから」
初めてこの世界に来た時、道標を探すために空を飛んだ。
この街が小指サイズに見えるくらい遠い場所だったのを今でも覚えている。
それ以外の建造物はなく、あれだけ広い土地に人の手が入っていないということがわかる。
前世ではほとんどの秘境や絶景は先人の手で見つけられていたし、直接行かずとも写真や映像で見ることができた。
だがこの世界に撮影ができるような道具はない。
あったとしても普及はしていないだろう。
そしてここは異世界、神が実在し加護という不思議パワーもあり、商人達の話によると魔法もあるのだとか。
未知と神秘溢れる剣と魔法のファンタジー世界、それらが目の前にあって心踊らない者はそうそういないことだろう。
「だから出て行く、出て行っていろんな場所を旅する。そして沢山の思い出を持って帰ってくる、絶対にみんなに会いに帰ってくるよ。その時は、そうだなぁ〜、ケイト君のお嫁さんと子供にとっておきの思い出話を聞かせてあげようじゃないか!」
私は明るく振る舞い、ケイトを見据えてそう締めくくる。
何の心配もいらないと、一時的に居なくなりはするけど、必ず帰ってくるという意志を込めた眼差しを向ける。
するとケイトもまた見つめ返してくる。
その瞳には覚悟を決めた者の強い意志の様なものを感じた。
そして徐に木剣を握ると、俺にその鋒を向ける。
「えっ?なに急に?」
「よし、決めた」
ケイトはそう言うと年相応の無邪気な笑顔を浮かべる。
「俺も付いて行くよ」
「は?えっ?付いて行く?誰に、何処に?」
「ユウに、ユウの行く場所に。俺もそのとっても広い世界と、とっても楽しいことを見てみたい」
「な、何を言ってるのケイト君!?ケイト君は自警団に入りたいんでしょ!?それなのにどうして付いてこようだなんて!それに外は危険がいっぱいだよ?一度旅立てば帰ってこれないかもしれないんだよ?」
「問題ねえよ、だって絶対帰って来るんだろ?」
「確かに絶対に帰ってくるって言ったけど....」
「それに、ユウを1人にさせると何やらかすかわからないからな」
「ほう?それはどういう意味かな?詳しく聞こうじゃないか?」
「俺もユウと一緒に旅をしたい、そして俺もみんなに思い出話や自慢話をしたい。だから、俺も帰って来れるように鍛えてくれないか?」
「嫌だって言ったら?」
「自力で鍛える、そして勝手に付いていく」
ケイトの意思は硬いようで、真っ直ぐ向けられた瞳に一切の迷いはなく、これは何を言おうと揺るがないだろうなと思ってしまった。
「はぁ....わかった、観念した、諦めた。どうせ説得しても無駄なんでしょ?」
「ああ、お前がどう言おうが俺は付いていく」
「しょうがないな〜、雑用兼荷物持ちということにすれば幾分か旅が快適になるでしょ」
一人旅の予定だったが、よくよく考えれば目的地に向かう道中、1人で淡々と向かうのも味気ない。
そんな時に話し相手の1人でもいれば少しは退屈凌ぎになろうというもの。
2人で旅をするのも案外楽しいかもしれないしな。
「そうと決まれば早速稽古の続きと行きますか!」
「おう!」
「気合い入れていくよ!今日から加減なしで扱いてあげる!」
「そ、それはちょっと勘弁し—」
「問答無用!」
「うおっ!?ちょっと待て!まだ心の準備が!」
「相手が悠長に準備させてくれると思ってるの!どんな時でも対応できるようにするんだ!」
「そんなっ、いきなりっ、言われてもな!」
不意打ちの一撃から姿勢が崩れたケイトに容赦なく追い討ちをかける。
それを四苦八苦しながら凌ぐケイトにさらなる追い討ちをかけて行く。
いつかくる旅立ちの日を思うと自然と頬が吊り上がり、木剣を振るう腕に力が入る。
どうやら俺はケイトが一緒に旅をしてくれることが嬉しかったようだ。
異世界放浪計画に新たなメンバーを加え、来るべき日のために準備をする。
目下ケイトの基礎戦力向上が最優先だ。
「ちょっ、マジで待ってくれ!これ以上はもう無理!」
「泣き言は不要!まだ喋る余裕があるじゃないか!」
「勘弁してくれー!」
その日、時間も忘れてケイトと稽古を続け、動けなくなるまでしばき倒した。
ちょっと、やり過ぎちゃったかな?
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