第23話

「あら、ユウちゃん?今日は早いのね?」

「おはようございますお母さん。明日が待ち遠しくて早く起きちゃったみたいで」

「あらあら、そうなのね。でもまだ1日早いわよ、せっかちさん」

「あはは、そうですね」


 まぁ、実際には夜空を眺めているうちに日が上り初めただけなのだが。

 たまには時間を忘れて星を眺めるというのも乙なものだ。

 せっかく早く起きたのでジャトの朝食作りを手伝う。


「そういえば来年はジルの番ですが、ジルには相手の方はいるのですか?」

「カナンちゃんって名前のしっかりした子がいるわよ。ユウちゃんも見たことあるんじゃない?赤毛でショートの」

「あ〜、もしかして赤茶色の瞳の吊り目がちな人ですかね?」

「そうそうその子」


 一年近くも村に居れば全員と顔を合わせる機会くらいはある。

 ただ主な活動範囲が違うせいで話したことがない人もまちまちいるが、今回の準備期間中に大部分の人とは話したことになるだろう。

 そんな忙しい合間、方々を駆け回っていたら親しい人とすれ違うこともあるわけで、そんな時ジルとよく一緒にいた娘がカナンなのだろう。

 仲良く肩を並べて談笑しながら作業をしていたのを覚えている。


「カナンちゃんがユウちゃんくらい小さかった時によく相談されたのよ。ジルが好む異性はどんな子かとか、好きな食べ物は何かとかね」

「へぇ〜、いつ頃からお付き合いを?」

「それがねぇ、ユウちゃんが村に来る1ヶ月前くらいからなのよ」

「えっ?そんなに最近だったんですか?随分と苦戦したようですね」


 ジルが俺と同じくらいということは、約7〜8年の長丁場だった事になる。

 幼い頃の思いを維持し続けて成就させたカナンは素直にすごいと思うが、そんな一途な思いを向けられておいて待たせていたジルはいったい何をしてたんだ?

 そう思っていると、ジャトにしては珍しく呆れた表情で語る。


「それがあの子ったら、カナンちゃんの好意に全然気づいてなかったの」

「えぇ〜....それはさすがに鈍感というか、朴念仁が過ぎませんか?」

「本当にね。相談されたら答えるつもりでいたけど、あまり大人が口出しするのもどうかと思って静観してたら、まさか気づいてすらいないとは予想外だったわ」


 ジルはまさかの鈍感系だったようだ。

 そんな朴念仁を相手にカナンはよく頑張ったものだよ。

 基本的には面倒見もよくて人当たりのいい好青年なのだが、少々天然と言うか抜けた所があるのがジルだ。

 肝心なところが気付けない、それも年単位でスルーしてしまう辺り、恋愛方面では悪い部分が本領発揮してしまうようだ。


「だからユウちゃんはジルみたいになったらダメよ」

「はい」

「ふぁ〜ぁ、おはよう......うん?どうしたの母さん、ユウ?」


 朝食の準備とお話がひと段落ついた所に話題の中心人物、ジルがあくびをしながら現れる。

 話題が話題だけに俺とジャトは呆れ混じりの眼差しを向け、寝起きにそんな2つの眼差しを向けられたジルはよくわかっていない様子で首を傾げる。


「ジルはダメダメだって話してたところです」

「そうね、ジルはダメダメさんね」

「えっ、えっ?2人してなんなの?いったい何の話してたのさ?」

「ガリルさんが起きてきたら朝食にしますので、それまで胸に手を当てて考えててください」

「それじゃ起こしに行ってくるわ」

「胸に手を.....?」


 家族揃って食事を取るのが我が家の決まりなのでジャトはガリルを起こしに行き、ジルは終始首を傾げながら胸に手を当てていた。


「う〜ん.....?」

「ジルの奴はさっきから何してるんだ?」

「自身を見つめ直しているんです」

「.....そうか。うまいな今日のスープ」

「ヴァリーさんからお手伝いのお礼でハーブを貰ったので入れてみました」

「そうか、会ったら礼を言っておこう」


 朝食の席についたガリルは、いつまで経っても首を傾げて唸っているジルを見て疑問を抱いたが、俺の返答に納得、もとい深く考えるのをやめてスープを口に運ぶ。

 ジルには自分を見つめ直す時間が必要なのだ。






「ケイト君、力を抜けとは言ったけどここはしっかり力を込めて打ち込むべきです」

「どっちなんだよ?」

「次の動きをイメージして、剣を振る時は流動的に。一振り一振りではなく全体を意識して」

「いまいちわからないんだよな、それ」

「例えばだけど、こんな感じ」


 ケイトにお手本の動きを再現して見せる。

 今は日課の稽古中。

 成人の儀の準備は粗方終わってしまったので空いた時間をどうするかと考えていたところ、ふとケイトの顔が浮かんだのでいつも稽古に使っている自警団詰め所と住居の間の空いたスペースへ向かうと、案の定素振りをしているケイトがいた。

 そして俺とケイトが揃ってすることといえば一つ、稽古である。


「今のはケイト君と同じ動き、同じ力加減でやったけどどうだった?」

「なんとなくわかった気がする、つまりこういうことだな?」


 ケイトが木剣を構え打ち込んでくる。

 ちなみに俺達が使っている木剣は俺のお手製だ。

 ケイトの木剣が子供にしては素早く、鋭く振られそれに対応していく。

 といってもあくまで練習になるよう手加減をして打ち合う。

 周囲に乾いた木がぶつかり合う音が響き、それが何度も繰り返される。


「そうそう、そんな感じ。力を抜いて打ち込む時はもっと撓わせるように振って、余計な力は入れないように」

「こうか?」

「違う、もっとこう!」

「クッ!?」


 ケイトとの打ち込みは基本受けに専念しているが、時折お手本と称して反撃を加える。

 これも相手の攻撃を捌くいい練習になるので、緩い打ち込みをした時や集中が切れてきたと感じた時に反撃をかましている。

 その方が間違っている部分を覚えやすいという理由でのことだ。

 その後も何度か繰り返し、時折動きを止めさせ姿勢や足運びを矯正したりして、ケイトに疲れが見えたところで休憩を入れる。


「あぁ〜〜、疲れた〜。今日なんか厳しくなかったか?」

「今までは手伝いもあったから体力を残して置かないといけなかったでしょ?だけど今日は手伝うこともないし加減の必要はないかなと思って」

「今までは加減してたのか」

「お望みとあらば体が動かなくなるような厳しい稽古にもできるけど?」

「今のままで結構です」

「それは残念」


 ケイトが木に背を預けて休憩してるのを他所に、俺は新しい剣術スタイルの開発に勤しむ。

 さすがに三足刀法だけでは飽きt....コホン、手札が少なすぎるので、実戦に使えそうな剣技を考えている所だ。

 ほら、⚪︎⚪︎流剣術!ってかっこいいじゃん?異世界で自分の開発した(前世の知識からパクったとも言う)流派を流行らせてみたいじゃん?

 だからこうして剣技の開発をしているのだ。

 決して飽きたとかマンネリ気味だな〜とか思ってないんだからね!

 そんな脳内の言い訳を終えた俺はケイトが置いた木剣を拾い、左手を前に刃先を上に向け、右手を頭上に刃先は正面に向けて二刀流の構えを取る。

 目を閉じ、頭の中でライザックの動きをイメージして実際に体を動かしながら打ち合ってみる。

 剣が2本になったことで単純に手数が増加し、ライザックは明らかに反撃が少なくなっている。

 そして交互に繰り出される剣で圧倒、しているつもりなのだがイメージ上のライザックは容易く捌いていく。

 それだけではなく交互に繰り出す剣を左右別々のタイミングで弾かれたり流されたりするせいで攻撃のリズムが崩れ、決定的な隙を晒してしまい一撃を見舞われる。


「これもいまいちかな?戦法としては悪く無さそうだけど、ライザック相手だと通用しなさそうだな」

「俺には全くわからん」

「ケイト君もまだまだですね」

「お前の成長が早すぎるんだよ」

「私のどこが成長してるって言うんだ!!この身長を見ろ!1ミリたりとも伸びてないじゃないか!!」

「いや、そういうことじゃなくてだな?」

「ケイト君はいいですよねぇ〜、同じ背丈だったのにいつの間にか自分だけ成長して追い越して行くしさぁ〜」

「あの〜、ユウさ〜ん?」

「私だって伸びるものなら伸びたいよ、でも伸びる兆候が一切見られないんだよ......はぁぁ」

「ま、まぁユウだって成長期なんだからそのうち伸びるって、だから元気出せ?」


 ケイトは知らないのだ、俺がすでに成人した肉体であることを。

 成長期なんか来る前から、この世に生まれ落ちたその時から成長し切った体なのだ。

 そんな慰めなんて.....

 最近は同年代の子達が順調に成長しており、みんなして俺を見下ろすものだから身長に関してはナーバスになっているのだ。

 子供の成長って、早いんだね......


「ごめん、取り乱した」

「い、いや、なんかその、俺の方こそごめん」


 2人して頭を下げる謎の光景が出来上がってしまった。

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