第22話

 我が家は絶賛成人の儀の準備の大詰めへと差し掛かっている。

 成人の儀まで後2日、ここ最近は方々に駆け回り大変忙しい日々だった。

 この時期ばかりは自警団の訓練はお休みとなり、村民総出で準備に取り掛かる。

 まぁそれでも合間を見つけては、あの日以来ケイトとの日課になった稽古は続けているのだが。

 特に忙しいのは主役である成人を迎えるご家庭であり、成人の儀に向けた礼服の作成に、すでに婚約をしている子なんかはお揃いの装飾を用意したりするらしい。

 しかも全て手縫いなのだからその忙しさは押して知るべし。

 そして俺はというと、主役のご家庭に負けず劣らずの忙しさだ。

 広場にセッティングする舞台や資源の運搬組み立て、料理を並べるためのテーブルの運び込み、他にも各ご家庭にお使いや荷物運びを頼まれ休む暇が無いほど。

 何故こんなにも頼られるかというと、それはひとえに権能が理由だ。

 俺の権能は表向き力場を発生させて見えない手のようなものを操る、というような説明をしている。

 そしてみんながみんなその加護を頼りにあれやこれやと頼み込み、一際忙しい子供になってしまったというわけだ。

 1番大変だったのは礼服作りのお手伝いだ。

 どこのご家庭も猫の手も借りたいという状況の中、進捗が遅れている奥様にダメ元で手伝いを頼まれた。

 縫い物なんて小学生の頃に小物入れを作って以来なので不安だったが、見様見真似でできてしまった。

 どうやら見て覚えるというこの体の特技は武術だけではなかったようだ。

 そして、そこから始まる奥様方の怒涛のお手伝いラッシュ。

 あれもこれもそれもついでにこれも、とどんどん増えていき、それらを権能とこの体の高性能頭脳によるマルチタスクで次々捌いていくものだから引っ込みが付かなくなり、終わる頃には真っ白に燃え尽きてしまった。

 さすがの奥様方も頼み過ぎたと思ったのか、各々クッキーやら果物やら野菜やらのお礼の品を沢山持たせてくれたのでまぁ良しとしよう。

 ちなみに食べ物ばかりなのはそちらの方が喜ぶと知ってのことだ。


「ユウちゃんはもう休んでていいわよ」

「後は俺達でやるからユウは休んでて」

「ありがとうございます、それではお言葉に甘えて」


 ジャトとジルの申し出にありがたく甘えさせてもらう。

 ガリルは狩が本職なので、罠を設置しに行ってまだ帰っていない。

 うまく獲物がかかっていれば成人の儀に出る料理が一段グレードアップすることだろう。

 ここ連日は頼み事の猛攻で権能を使い過ぎたため、さすがの俺でも疲労が抜け切っていない。

 相変わらず侵食世界は発動すると疲労が半端ではない。

 範囲を限定することで多少は軽減できるが、それでもこの体の回復力を上回るくらいには酷使してしまった。

 俺はさっさとベットに潜り、疲労感を抱き枕に眠りの世界へと旅立った。






「ユウ、お前に言いたいことがあるんだ」

「どうしたのケイト君、そんなに改まって?」


 星が展望できる小高い丘、キラキラと輝く星がユウとケイトを照らす。

 そんな中2人は少し手を伸ばせば届きそうな距離で見つめ合っている。


「初めて会ったあの日から目が離せなくて、ずっとユウのことで頭がいっぱいだったんだ」

「ふふ、それくらい知ってるよ、どれだけ一緒にいると思ってるの?」


 ユウはそう口にするとケイトの手を取り、顔の高さへと持ち上げ愛おしそうに頬擦りをする。

 その姿を前にしたケイトもまた、愛おしそうにユウの頬を撫でる。


「俺、ユウのことが好きだ」

「私も、ケイト君のことが好き」


 そして思いを伝え合った2人はそのまま抱き合い、顔と顔が近づいていく。

 ユウとケイトの唇が重なろうとする瞬間———俺は目を覚ました。


「・・・・・・」


 ベットから身お越し辺りを見渡す。

 すでに日は沈んでおり、ジルもジャトもそしてガリルも眠りについている時間帯。


「......寝るか」


 先程の夢は見なかったことにしよう。

 あんなできの悪いラブストーリーのことなんてさっさと忘れてしまうのが吉だ。


「きっとまだ疲れが溜まっているんだ、そうに違いない」


 そうだとも、今まで軽い疲労はすぐさま回復したが、今回は疲労が長引いてしまったため夢見が悪くなってしまったのだろう。

 例えすでに疲労を感じていないほど回復していたとしても、それはただ回復した気でいるだけで、芯の部分では回復できていないのだ。

 自分にそう言い聞かせ目を閉じる。

 すると夢であるはずの光景が鮮明に呼び覚まされる。

 眼前に迫るケイトの顔が、その唇が重なる瞬間が.....

 その先を想像してしまいそうになった頭を振り払い、ベットから抜け出す。


「こんなんじゃ寝てられないな」


 かんぬきで閉じられた木製の窓を開き、そこから屋根の端に飛びつき腕の力だけで屋根上に飛び移る。

 すっかりこの体の身体能力にも慣れたもので、こんなアクロバットな動きも簡単にできるようになった。

 屋根へと登った俺は空を見上げる。

 そこには夢で見た夜空と似た光景が広がっていた。

 きっとあの夜空はこの光景の記憶を整理していたのだろうな。

 夢とは記憶の整理と定着だ、あの光景に出てくる事柄一つ一つは全く異なる記憶が重なった結果できたものだ、そうに決まってる。

 ケイトが夢に出てきたのだって稽古でよく一緒にいるからだし、恋仲になるようなシチュエーションは小さな乙女達のピンクな妄想話を聞かされたからだ。

 そしてもう一つの要因としては成人の儀が近いことで浮き足だった気分と、今だ旦那様が決まってない娘と奥様が決まってない青年のアピール合戦に当てられたからに違いない。

 そうでなければ男と接吻なんてごめん被る。

 俺は身なりこそ絶世の美少女かもしれないが、中身はしっかり男だ。

 だからあれは悪夢以外の何ものでもない。


「そう、あれは夢、ただの夢なんだ。だから気にする必要はない。ただちょっと嫌な光景を見てしまっただけさ、そうだろ?」


 誰に語りかけているのかはわからないが、そう口にして気を落ち着ける。

 ゆっくり深呼吸して体に空気を行き渡らせる。

 時より夜風が頬を撫でる。

 普段は肌寒く感じるこの風だが、今回ばかりはちょうどいい。

 しばらく頬の熱が冷めるまで星を眺めて過ごした。

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