第21話
「そういえば成人の儀っていつだっけ?」
「う〜んっと、半年後?」
「ううん、3ヶ月後だよ」
「そっか、もうそろそろ準備を始める時期か〜」
「えぇ〜、お母さんにあれこれ手伝わされるからいや〜」
際どい話題から話は成人の儀へと移る。
助かった....
成人の儀とは要するに成人式だ。
晴れて一人前の大人となる者を祝う、という名目で飲み食いする宴で、豊穣の神様に子が飢えることなく無事成長できましたと感謝を捧げる祭りでもある。
催しに使う飾りなんかは去年の物をいくつか使い回すが、中には長年使い回している物もあるため点検作業に修繕作業、劣化の具合によっては一から作り直すことになるため早めに準備に取り掛かる。
ジルも来年は成人の儀に参加するので今回の準備は張り切っていた。
といっても来年の自分の番に俺が丹精込めて準備している姿を妄想しているようで、お手本を見せる意味で張り切っているだけだが。
準備しながらこちらをチラチラ見るのは鬱陶しいのでやめてもらいたい。
「ここだけの話なんだけど、うちの兄貴が成人の儀でナナクお姉ちゃんに結婚申し込むんだって!」
「本当!?」
「こっそり覗きに行こうよ!」
「行く行く!」
小さな乙女達の興味はすっかり成人の儀に移ったため、中途半端にセッティングされた髪を解き、あれこれ付けられた髪飾りを外しながらそっと輪から外れる。
今のうちに着せ替え人形の刑から脱さなければ。
「ふぅ、なんだか疲れたなぁ」
訓練で感じる疲労とは別種の疲労感に息が漏れる。
抜け出したはいいものの、これからどうしよう?
今から家に帰るというのもなんだか違う気がするし、かといって行く当てがあるわけでもない。
それでいてこんな田舎の農村に暇つぶしに使える物が都合よく転がっているはずもなく、結局当てもなく歩き回ることになった。
なんとなく歩いていると、どこぞで拾ってきた枝を使ってチャンバラをしている男子ーズを見つけた。
男子ーズは1人の少年を取り囲み、集団リンチでもするかのように包囲陣を組んでいる。
「あれは....ケイト君?」
中心に立つ少年が気になり目を凝らすと、乙女の脳内で運命の人扱いされていたケイトが枝を構えて対峙していた。
「行くぞケイト!」
「どっからでもかかってこい」
「とりゃー!」
ケイトを囲む男子達は一斉にケイトに襲いかかるが、お粗末な振りに息の合ってない連携、各々が好き勝手に振っている枝をケイトは少々苦戦しながらも捌いていく。
側から見ていると酷いもので、せっかくの包囲陣がものの数秒で崩れ、ケイトはその隙に背後を取られない位置を確保する。
こうして見るとケイトは視野が広く、状況判断が的確なようだ。
この世界の子供は時折大人びているところがある。
確かにまだ子供故に感情に流されるきらいはあるが、それでも前世の平和な国の平和に育った子供にはない妙な大人っぽさがある。
面倒見のいいケイトは特にその傾向が強い。
一時期は俺と同じ前世の記憶でもあるのではないかと疑ったほどだ。
そんなケイトは自分の立ち位置を調整しつつ、終始囲まれないよう応戦して男子ーズの猛攻を退けた。
「くっそ〜!これでもダメなのかよ〜!」
「ケイト強すぎだっての」
「鍛えてるからな、お前らには負けてられない」
「余裕ぶりやがって、いつか倒してやるからな!全員で!」
「そこは俺が倒すくらい言えよ」
そんな風に軽口を言い合う男子連中はケイトが自警団でやっている訓練の内容や、何か面白いことはなかったかなど興味津々といった様子であり、質問攻めにあっているケイトもどこが自慢げに話している。
.....へぇ〜、ケイトって同性相手だとあんな顔するんだ。
俺といる時はしっかり者の雰囲気で、やれやれ仕方ない、とでも言いたげに俺の奇行に付き合ってくれているが、同年代の男相手だと年相応に子供っぽくなるのだな。
そんなケイトの姿を見ていると、背後から枝を持った子が忍びよりケイトの背中に振り下ろす。
「隙あり!」
「痛ッ!?」
「今だケイトを倒すぞ!」
「「「おりゃー!」」」
「ちょっ!?お前ら、卑怯だぞ!痛、痛いってこの野郎!」
不意をつかれ姿勢を崩したところを男子ーズに取り囲まれ袋叩きにされるケイト。
数秒ほど叩かれたケイトは無理矢理枝を払いのけて立ち上がる。
「お前らいい加減にしろーー!!!」
「わーケイトが怒ったー!」
「ケイトが怒ったー!逃げろー!」
「にっげろー!」
「こっの、待ちやがれ!」
両手を高く振り上げたケイトに対し、蜘蛛の子を散らすように逃げていく子供達。
先程まで武器にしていた枝は投げ捨てられ、あちこちに散らばっている。
そんな惨状を目にしたケイトは、さっさと追いかければいいものを1人で枝を拾い集めだした。
まったくケイトって奴は....
俺はその様子を見かねて、表向きは加護ということになっている力場を使って全ての枝を拾い集め、邪魔にならない場所に置く。
「なんだユウ、女子と遊んでるんじゃなかったのか?」
「着せ替え人形にされるから抜け出した」
「そっか、確かにお前おしゃれとか興味無いもんな」
「それよりケイト君、1人だけ訓練とはずるいじゃないですか〜」
「あれは訓練とは言えないだろ。それにあの程度でやられるようじゃまだまだだ」
「そうだね、まだまだだよ」
「そりゃユウに比べれば—」
「位置取りを意識するあまり足元が疎かになってたよ」
「....そうなのか?」
「うん、足運びに問題があったかな?途中何度か振り辛かったでしょ?ちょっと構えてみて」
置いたばかりの枝を権能で運搬してケイトに渡す。
俺も同じく枝を構えてケイトに対峙する。
そしてケイトに先程と同じ足運びをするよう誘導しながら打ち込んでいく。
「ほらそこ、その辺がおかしいよ」
「その辺って言われても、どの辺だよ?」
「え〜っと、足はもう少し外側に、つま先は内側に向けてみて」
「こうか?」
「そうそう、そこから次の攻撃を受けて後退してみて」
ケイトの足元を調節し、軽く打ち込む。
するとケイトの動きは先程よりもスムーズになり、本人も驚いた顔をしていた。
「どうだった?」
「たったあれだけでこんなに動きやすくなるなんて...」
「まだまだ改善できそうだけど、どうする?」
「ああ、頼む」
「じゃあ次は—」
結局俺達は子供らしく遊ぶという本来の目的を忘れ、日が暮れるまで稽古をしたのだった。
「ケイトの奴、追いかけて来ないと思ったらまたユウと一緒に遊んでるよ」
「やっぱりあの2人って仲良しよね〜」
「邪魔したらダメなんだからね、男子?」
「わかってるっての、お前らこそ2人にちょっかい出すなよ?」
「あったりまえじゃない!」
その様子を物陰から覗く子供達の姿には、ついぞ気づくことはなかった。
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