第13話
今日は月に1度の行商人がやってくる日。
娯楽が少ない田舎の農村ではこんな些細なことでも一大イベントであり、日頃お目にかかれない商品を物色したり、生活必需品の買い足しをしたりなどで村民が集まり、ちょっとしたお祭り状態だ。
村の人々は自らが育てた野菜や、奥様方が手作りした刺繍などを売って金銭を得たり、あるいは物々交換で品物を入手したりしている。
この世界の通貨は大きく分けて6つある。
1番下が雑貨と呼ばれる物で、石や貝殻、木の実などのローカル通貨で、商人との取引には使えず、村単体での小さなコミュニティでしか使用できない。
その次が鉄貨、釘や金具なんかを加工する金属と同じ物で、取り扱ってくれるかどうかは通貨の価値も含め商人次第の非常に不安定な通貨だ。
そして次は下から順番に銅貨、銀貨、金貨、白金貨となる。
さらに細分化すると銅貨、大銅貨となったり、国毎に発行している硬貨の種類などで価値が違ったりするらしいがそこは割愛しよう。
大まかに分けるとだいたい6つになる。
ソーンスタット村のような田舎で使われる通貨なんて鉄貨か銅貨くらいで、大銅貨すらあまり見かけない。
そんなわけで大人は内職してせっせと溜め込んだ物を商人に売り込み、子供は少ない鉄貨を握りしめて玩具を買いに行く。
そして一部の男達は奥さんにバレないようコソコソとお酒を買っては家のどこかに隠しに帰る。
家の留守を預かり、家事全般を預かる主婦から隠し通せるとは思えないが、精々頑張りたまえ。
「あの、これください」
「また君か、まったく懲りないね」
「今回は親に頼まれたんです」
「前回もそう言ってたよね、ユウちゃん?」
「....言い値で買おう」
「駄目なものは駄目、こんな小さな子にお酒を売ったってバレたら怒られるのは俺の方なんだから」
「サルジュのケチ」
「はいはい、大人になったら買いに来てね」
俺は商人のサルジュに軽くあしらわれ、肩を落としてその場を離れる。
クッ、今回もお酒を買うことができなかった。
毎月果敢にチャレンジしては門前払いを受けている今日この頃。
お酒はこんな田舎にとっては手が届かないほどではないが、それなりにお高い品だ。
村の貯蔵庫に厳重に保管され、お祝い事の際に少し振る舞われるくらいと言えばどれだけ贅沢な物かは想像に難くないだろう。
そりゃ男どもも隠しておきたいわけだ。
大人でもそう簡単に手が出ないお酒を何故俺が買えるほどの財力を持っているかというと、方方でお手伝いなどをしているとお礼に野菜やら果物やらをもらうことがあるのだが、大工や鍛冶師の手伝いをするとお小遣いを貰えるのだ。
俺はちまちまと鉄貨や銅貨を集め、毎月の行商人が来る日にお酒を買いに行くのだが、毎回失敗しているため貯まる一方なのである。
もう半年以上断酒を続けているのだよ?一口でいいから飲ませて欲しいと思っても仕方ないと思うのだ。
異世界なんだからそこら辺の感覚は緩くてもいいと思うのだ、とくにソーンスタット村のような田舎ならなおさら。
でも子供にお酒を飲ませてはいけないという常識は異世界にも健在のようで、お酒を持ってる大人に小銭を渡してこっそり飲ませてもらうという手段も通用しなかった。
体は成人していると言うのに、この村に子供として受け入れてもらったせいでお酒が飲めずじまい。
それでも俺はお酒の購入を諦めない。
来月こそは!
「ユウお前、また酒買おうとしてたのか?」
「うん、今日もダメだった」
どこからともなくケイトが呆れた声と共に現れた。
今回は別に一緒に行動していたわけではないのだが、村人の大半はここに来るので遭遇してもおかしくない。
期せずしていつものペアが出来上がってしまったので、せっかくだからと一緒に見て回ることにした。
「ケイト君は何を見ていたの?」
「俺は親から干し肉を売ってくるよう頼まれてたんだよ、そのついでに香草を何個か買ってこいって」
「もう終わった?」
「ああ、親父がこっそり酒買ってたから香草と一緒に持って帰らせた」
「あれはケイト君のお父さんでしたか、通りで見覚えがあったはずです。後でケイト君の家に寄っていいですか?」
「親父を脅して酒を飲もうってつもりなら断る」
「脅すとは心外ですね、交渉と言ってください」
「はぁお前なぁ、たまには酒以外の商品も見たらどうだ?」
「お酒以外ですか....そうですね。貯金はまだまだありますし、気分転換に何か買いますか」
ケイトの言う通り、せっかくいろんな商品があるのだからたまにはお酒以外にも目を向けよう。
と言っても玩具の類は俺には必要ない。
前世のようなスイッチ一つで光を放ちながら変形していくベルトなら欲しいが、行商人が持ってくる玩具なんて手作り感溢れる人形や動物などのぬいぐるみ、木彫りの置物、他には継ぎ接ぎだらけのボールが幾つかあるくらいで、どれも購買意欲をそそられない。
「う〜ん、この辺はイマイチですね〜」
「ならあっちはどうだ?」
ケイトが指差したのは食品を主に取り扱っている商人のところで、乾燥させた果物やらら肉やらが並ぶ場所だった。
隣にはお古の服やらリボンやらおしゃれアイテムを並べているブースがあるというのに、女の子に勧めるのが食べ物とはケイトはまだまだ子供だね。
「お前、服とかあんま興味ないだろ?それなら美味しい物でも食べたほうが酒の代わりになるんじゃないか?」
前言撤回、俺の好みを把握した上での提案だったらしい。
ケイト、君は将来いい男になれるよ。
「そうだね、ついでなので一緒に食べましょうケイト君」
「それはお前の金だろ、俺はいいよ」
「私のお金だからですよ、1人で食べるより2人で食べた方が美味しいじゃないですか」
食べ盛りの子供が遠慮するもんじゃないよ。
それに、ケイトには日頃から助けられているからその恩返しとでも思ってくれ。
俺がケイトの手を引き、食品の並ぶブースまで行った。
「おじさん、なにか美味しいお菓子はありませんか?」
「おう、今王都で流行りのお菓子があるぜ。これだ」
おじさんが見せてくれたのは色付きのビー玉のような物が入った瓶だった。
これは、飴だろうか?
この世界は甘味が非常に少ない。
砂糖の流通量が少ないのか、はたまた上流階級が独占でもしているのか、どちらにせよ田舎の方に回ってくることはまずない。
「これは何ですか?」
「これはキャンディーって言うお菓子でな、口の中でゆっくり溶けていくから甘いのが長続きするんだ。一個銅貨5枚だ」
一個で銅貨5枚ということはパン2個分の値段だな。
前世の価値観がある俺としては高いと思うのだが、こちらの基準ではこれが正当価格なのだろう。
見た感じ他のお菓子は見飽きた焼き菓子が数個あるだけでめぼしいものは無さそうだ。
「わかりました、瓶ごとください」
「えっ?」
「おじさんの持ってる瓶ごと買います、これで足りますか?」
「えっ、お、おう....毎度あり......」
商人のおじさんは、まさかこんな子供がそこまでお金を持っているとは思っていなかったのだろう、呆気に取られた表情をしながらキャンディーを売ってくれた。
「そんなに使って大丈夫なのか?」
「ギリギリお酒を買えるだけは残してますよ。それより、早速味見してみましょう。はむ」
うん、甘い。
雑な甘さと言うか何というか....読んで字のごとく砂糖を固めましたって感じの飴だな。
前世の飴がいかに創意工夫されて作られていたのかを今になって実感した。
貴重な砂糖の無駄遣いと称していいだろう一品だ。
まぁ滅多に口にできない甘味であることに変わりないのだからこれで我慢しておこう。
「どうだ?」
「甘いですね。はい、ケイト君もどうぞ」
「ありがとう.......なあ」
「はい?」
「どうして手に置いてくれないんだ?」
「私が食べさせてあげようかと」
「いや、いいよ。自分で食うから」
「日頃の感謝の気持ちですよ。男らしく口を開けて待ち構えてください」
「恥ずかしいからやめろって!」
「まぁまぁ、いいからいいから」
「や、やめろぉ!」
微妙なキャンディーの味わいを紛らわすべくケイトを揶揄って遊ぶ。
年頃の男の子は反応が多感で実に愉快だ。
逃げ出したケイトは俺の身体能力により抵抗の余地なく拘束され、顔を真っ赤にしながら涙目で俺の指を咥える羽目になった。
ショタを組み伏せ、羞恥に歪む顔に無理矢理指を咥えさせる.......
うむ、いかんな......変な扉を開いてしまいそうだ。
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