第8話
ソーンスタット村、それがこの村の名前だ。
ソーンスタット村はディセイド王国のどこにでもある農村で、家ごとに広い農地を世話している。
もちろん村人全員が農民なわけじゃない。
狩を生業にする者がおり、この村で食べられる肉はだいたいが狩人から自分の畑で採れたものを物々交換するか、定期的に訪れる商人から買い付けているものなんだとか。
他にも釘や金具、農具などの金物を作る鍛冶屋。
それから村を盗賊から守る自警団などがいる。
自警団といっても元ハンターに手解きしてもらっただけの農民だ、実際に盗賊が襲ってきた時に役に立つかはわからない。
そしてもう一つ、ハンターという存在。
ハンターとは依頼を受けて魔物を倒したり、護衛の依頼を受けたり、有り体の言うと何でも屋のような職業だ。
成り上がれば多額の金と名声を得られ、お貴族様からお声がけをいただくこともあるが、世の中そううまく行くはずもなく、ほとんどの場合は魔物に怪我を負わされ仕事ができなくなりハンター人生を終えるか、ある程度の貯蓄を抱えて田舎に引っ込む。
とはいってもハンターという職業にロマンを感じないわけではない。
いつかはこの村を飛び出し、ハンターとして世界を回ってみるのもありかもしれない。
まぁそれはまだまだ先の話、今は畑仕事のお手伝いだ。
「ユウ、そっち側はもう耕したのか?」
「はい、今終わったところです」
「そっか、じゃあ僕がやってるところが終わったら一旦休憩しよう」
「手伝います」
「ありがとう」
ソーンスタット村に着いてから数日が経った現在では、ガリル保有の畑をジルと一緒に耕している。
俺には権能があるため農具を複数同時に動かして時間を短縮している。
畑仕事は日が登り始めた早朝から始まり太陽が天辺に昇る頃に終える。
畑仕事を終えたら農具の点検をしたり、植えるための種の確認や準備、忙しい時なんかは他の畑を手伝いに行く。
収穫の時期なんかがそうだ。
本来なら俺もジルと共に点検やらなんやらをやるべきなんだが、見た目がこんなだからか、畑仕事の後は他の子供達が遊び場に使っている村の一角に行くように言われている。
それは俺だけではなくソーンスタット村の子供はみんなそうで、午前中は家の手伝い、午後は歳の近い子供同士で遊ぶ。そして日が暮れる前に各々家に帰る、というのがルーティンとなっている。
すっかり子供扱いされてしまっているのもこの際何も言うまい。
「これ、お母さんが持たせてくれました。ジルの分も入っているので一緒に昼食にしましょう」
「ありがとう、ユウ」
お母さんというのはもちろんジャトのことだ。
最初はジャトと名前で呼ぼうと思ったのだが、本人がそれを許してくれず、お母さんと呼ぶまでニコニコとした表情を崩さず至近距離で見つめられては誰でもそう呼ばざる終えないだろう。
そんなジャト、改めお母さんから持たされたのはお弁当。
中には朝食の残り物を包んだパイ包みと、果物の果汁水が入った水筒が入っている。
先に作業が終わっていた俺はジルにパイを渡し、コップに果汁水を注いで渡す。
「それにしても、ユウの加護はやっぱりすごいね。大人でもこの広さは終わらせられないよ」
「そうですね、おかげでみなさんの役に立てています」
俺の権能は村の人達にもすぐ広まり、遠隔で物を動かせる加護という認識をされている。
不可視の手を動かす要領で物を動かせたり耕したりしているのだが、存在しないはずの手を操るにしては違和感なく使えているのは、これが権能だからなのかこの体の高いスペックが影響しているからかは不明だ。
まぁ、不便なく扱える分には困らないのであまり気にしないことにしている。
この権能も利便性もあって、畑仕事が早く終わった時なんかは率先して村の住人のお手伝いに行ったりしている。
そのおかげか村人は快く俺を迎え入れてくれ、時折村人の方から頼み事をされることもある。
「お〜い、ユウちゃん」
「アストンさん、こんにちは」
「こんにちは、ジルもこんにちは」
「こんにちは。どうしたのアストン」
「すぐそこの家が最近雨漏りするってんで修理に来たんだ。そしたらユウの姿があったから手伝ってくんねぇかなって」
トンカチ担いで近づいてきたタンクトップ姿の男、アストン。
彼は村を囲う木製の壁や家などを作っているほか、木製の机やテーブルといった木工細工や木造建築を生業としている大工で、村の家具はアストンの所がだいたい作っている。
「そういうことなら、わかりました。足場と資材の運搬でいいですか?」
「おう、よろしく頼むわ。つう訳でユウちゃん借りていくぞ」
「わかった。ユウ、くれぐれも気をつけるんだぞ?」
「はい、行ってきます」
彼は家の修繕も請け負っており、いつしかアストンの手伝いをして以降、こうして手伝いを頼まれるようになった。
アストンと共に修繕の必要な家に来ると、思った以上に大量の資材が並んでいた。
「随分多いですね」
「ああ、だいぶ劣化が進んでたからな。いっそのこと屋根を丸々取っ替えた方がいいと判断してここまで運んできたんだ」
「そっか、それじゃさっそく始めた方がいいね」
「そうだな。足場頼んだぞ、ユウちゃん」
「はい」
俺は板状の木材にアストンの工具を置き、そこにアストン自身が乗ったのを確認すると、権能で持ち上げる。
「もうちょい高くしてくれ、もうちょい、ここでいいぞ。そこの端の資材から順番に上に持ってきてくれ」
板の上で高さの調節を終えたら次は資材の運搬。
アストンに言われた通り端の資材から順番に上に運んでいくと、それを受け取ったアストンが手際良く屋根の修繕を開始する。
トントントンと金槌の音が響き、次々に資材が消費されていく。
俺はそれに合わせて資材の運搬を繰り返し、あっという間に屋根が完成してしまった。
「まぁこんなもんか」
「相変わらず早いですね」
「おう、そりゃ俺がこの村随一の大工だから、と言いたい所だが、ユウちゃんが手伝ってくれてるからだな」
「そうですかね?」
「考えてもみろ、本来なら足場の作成から始めてハシゴで何度も上り下りを繰り返しながら屋根を取り付けていくんだぜ?それを全部省略して屋根の取り付け作業に専念できるんだ。ユウちゃんのおかげ以外に何があるってんだ」
確かに、前世でも工事をするとなると骨組みを組んで足場を安定させてからの作業が一般的だろう。
見ただけでも大変そうな作業を1人で行い、その上重たい資材を運んで取り付けなければいけない。
それらを全て省略できるのは体力的にも精神的にも楽になることだろう。
もしもの時は俺の権能で保護もできるため安全性も折り紙付きだ。
使用する能力を絞ってこれなのだから、つくづく権能のチート具合を実感してしまう。
「お役に立てたようで何よりです」
「おう、また時間があったら手伝ってくれよ。これ、少ないがお駄賃だ」
「ありがとうございます」
俺は銅貨を受け取り、工具片手に立ち去るアストンにお礼を言った。
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