10:王子様の反抗
今日は、僕とケインが出会って、記念すべき一カ月と一日目です。あと、僕の友達であったウィップとケインが友達になって記念すべき二日目。
そうやって数えると、何でもない日が毎日記念日のようです。あぁ、素敵!
「殿下、何をボーっとされているのですか?」
「っは、はい」
でも、今はあんまり素敵ではありません。ええ、そうです。ちっとも素敵じゃありません。
「さぁ、殿下。昨日の復習です。我が国スピルと二度に渡り戦争を引き起こした国は、何と言いますか?」
「……えっと、バーグです」
「そうですね。では、二度に渡る大戦により最も被害の大きかった我が領土の都市名と、その理由をおっしゃってください」
そう、今はパイチェ先生の歴史の授業の時間です。もちろんケインも一緒です。僕はどの授業も嫌いですが、「歴史」の授業は大の苦手です。だって、「戦争」とかその時「どのくらい人が死んだのか」とか、そんな怖い話が急に出てくるのですから。しかも、平気な顔で!
「……」
「ラティ殿下。どうしたのです?復習はされていないのですか?」
あぁ、もう。うるさいなぁ。
パイチェ先生の厳しい声に、いつもの僕なら慌ててしまう所なのに、今日は一切そんな気持ちにはなれませんでした。むしろ、その時の僕は、なんだかとても腹が立っていたのです。
「殿下、聞こえないのですか?」
「……」
あぁ、今朝はとても嬉しい気分だったのに。昨日の夜は、ウィップと一緒にベッドに入って。そして、ケインが読んでクスクス笑っていたページに印を付けて、僕もそこを読み直したり。
そんな風にして過ごしていたら、気付けば朝になっていました。そんな幸せな気持ちが、パイチェ先生のお陰で台無しです。サイテー!
「ラティ殿下、先生が呼んで……」
「分かりません。復習してません」
「えっ?」
隣からケインの驚いたような声が聞こえます。そりゃあそうです。こんな風に、先生に盾突くような事、普段の僕なら絶対に言いません。
でも、この時の僕は、どうしても自分の気持ちを止められなかったのです。
「パイチェ先生、僕は復習をしていないので覚えていません」
「そうですか。復習をされていない、と……」
「そうです!」
僕の言葉にスッとパイチェ先生の目が細められます。
きっと、この後僕はパイチェ先生に酷く叱られるのでしょう。でも、いいんです。隣にはケインが居てくれますから。僕は、ケインさえ居てくれれば何だっていいのです。
そう、僕がジッとパイチェ先生を見つめていると、予想外の反応が返ってきました。
「では、ケイン様。代わりにお答えください」
「あ。は、はい」
パイチェ先生はちっとも僕を怒ったりしませんでした。これから長い長いお説教が始まるとばかり思っていたのに。どうしてでしょう。今日は先生のご機嫌が良いのかもしれません。
「シコーテとチャーブックです。理由はその両方がバーグとの国境沿いにある都市で、軍事的にも拠点となる都市である為です。周囲を山や川に囲まれている他の都市とは異なり、バーグからは攻めやすい場所にある事も理由の一つだといえます」
「素晴らしい。その通りです。さすがは次期軍団長となられる御方ですね。では、次にまいりましょう」
ケインがスラスラと答えた後も、パイチェ先生は気にする事なく授業を続けていきました。復習をしていない僕は、その後もパイチェ先生の質問には上手く答えられませんでした。でも、やっぱり一度も怒られません。ぜーんぶ、代わりにケインが答えてくれました。
そのせいか、授業が終わる頃には、僕は気が抜けて授業の殆どをぼんやりと聞き流していました。
「では、今日の授業はこれまでです」
「はい」
特に怒った様子もないまま、教本をトントンと机に打つパイチェ先生を横目でソッと観察します。やっぱり先生は怒ってはいないようです。しかし次の瞬間、パイチェ先生はフッと息をひと息吐いたかと思うと扉に向かって声をかけました。
「では、お入りください」
「え?」
どういう事でしょう。もう授業は終わった筈なのに。すると、僕の戸惑いを余所に、一人の男の人が部屋に入って来ました。
「失礼します」
「ええ、こちらに」
突然部屋に入って来たその人の顔は、目が凄く釣り上がっていて、まるでパイチェ先生が男になったような顔立ちをしていました。身長はとても高く、筋肉質な腕が黒いベストからにょきりと生えています。
そして、僕が一番に目を奪われてしまったモノの。ソレは――。
「……む、ムチ?」
「そうです。この者は鞭を打つ為にここに参りました」
「っ!」
その血管の浮き出る腕の先についた手には、長いムチが握り込まれています。それは、黒くてツヤのある革製で、持ち手の部分に織り込まれた金色の糸がキラキラ光っています。
「あ、あ……あの、パイチェ先生」
「どうしました」
なんで僕が反抗的な態度を取っても先生が怒らなかったのか、やっと分かりました。先生は最初から怒るつもりなんか無かったのです。出来なければ鞭を使う。きっとそう決めていたのでしょう。
「ぼ、ぼく……その」
「何か言いたい事がおありで?」
そう、冷たく言い放つ先生に、僕はもう何も言えなくなってしまいました。上手に息が出来ないせいで、目の前が真っ暗になった気がします。
「っはぁ、っはぁ……ぁ、う」
きっとこれから僕はあのムチに打たれます。そう考えると、まだ打たれてもいないのに、肌にビリビリとした激痛が走ったような気がしました。こわい、こわいです。
「ラティ殿下」
「ケ、ケイン……」
隣からケインが心配そうな声で僕の名前を呼びます。震える体を両手で抱えながら、僕はケインをじっと見つめました。
「ケイン。た、助けてぇ……」
あぁ、ケインに助けを求めたって仕方がないのに。僕は気付けばケインに助けを求めていたのです。
その時、窓から柔らかい風が吹き込み、ケインの金髪が風に舞いました。彼のお星様のようなキラキラした髪の毛がフワリと風に舞います。あぁ、キレイ。その美しさに、ほんの一瞬だけ恐怖を忘れてしまっていると、此方をジッと見ていたケインが静かに言いました。
「大丈夫です」
「へ?」
「大丈夫ですよ、ラティ殿下」
何が、どう大丈夫と言うのでしょう。そう、僕がケインの言葉に「どういうこと?」と尋ねようとした時でした。
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