8:へんな子
「……っぅ」
「えっと、他にはー?」
「っひ、く、っひく……」
「ラティ?」
「うぇぇっ」
蹲る僕に、最初は「なんだよ」なんて言っていたケインでしたが、僕が泣いている事に気付くと、慌てて駆け寄ってきました。
「なっ、なんだよ!泣いてるのか?別に、ちょっと読んだだけじゃんか!」
「っひ、っひぅっひぅ」
「ラティが読んでいいって言ったんだぞ!おい、顔上げろよ!」
そう言って、蹲っていた僕の顔を、ケインが無理に引っ張りました。その瞬間、目の前にケインのお星様のようなキラキラした姿が映し出されます。涙のせいか、いつもよりキラキラして見えます。ただ、ケインの姿は歪んでよく見えません。
「っぁ、あ。ら、ラティ……」
「っひ、っひ、っひぅぅ。けぇいん」
ケインは意地悪です。
でも、本当はそうじゃない事を、僕はちゃんと知っています。僕がパイチェ先生の質問に答えられない時。剣術の稽古で上手く動けない時。色んな時に、ケインは僕を助けてくれました。復習だって一緒にしてくれます。
今日も、ケインはお稽古があって忙しいのに、こうして嫌な顔一つせずに部屋に来てくれました。
でもそれは、ケインにとって僕が大切な友達だからではありません。
「っひ、けぇいん……けぇいん」
「な、なんだよ」
僕が“王太子”だからです。
「……ぼぐ、げいんじか、い゛ないの」
「っ!」
ケインには僕だけじゃなくて、騎士の友達がいっぱいいます。こないだ、従者に我儘を言って、ケインが訓練している所をかくれて見に行きました。そしたら、そこには僕じゃない騎士の友達に囲まれるケインの姿があったのです。
-----ああ、ヘンだよ。そんな奴、オレの周りには誰も居ないね。
さっきもケインは言っていました。俺の周り。そう、僕はケインにとって“たくさんの内の一人”でしかないのです。
「げいんは、どもだじ……いっばいかもじれないげど……ぼく、うぃっぷだけ、だったの」
「あ」
でも、僕だって本当は知っています。ウィップはただの日記帳です。最初にケインが言ったように「僕」は変な子です。日記帳に名前なんか付けて。まるで本当に友達に話しかけるみたいに話して。
「ぼぐ、へんなの……じっでるの。ぜんぶ、じっでるの」
「……」
物覚えも悪くて、今までの王太子の中で、一番出来が悪いって言われてるのも。あの子に国王は無理だろうって言われてるのも。お父様が、僕ではなく産まれたばかりの弟の方を可愛く思っているのも。
全部知ってる。
それでも、僕の持ってる一番大切なモノをケインに見せておきたくてウィップを紹介したのですが……でも、見せなきゃ良かった。
「げいん、へんな、ぼぐのごと、ぎらいにならないでぇっ」
「ラティ……」
僕は床に蹲っておいおい泣きました。
さっきケインが読み上げた言葉に嘘はありません。ケインが来る前は、別にウィップだけでも平気だったけど、実際にケインがこうして当たり前に居る毎日をたった一カ月続けただけで、僕にとって“ケイン”は無くてはならない存在になっていたのですから。
「ぅー、ぅー」
「……」
どのくらい、そうやって泣いていたでしょう。
外の部屋守の兵士に聞こえたら面倒な事になってしまうので、僕は出来るだけ静かに泣いていましたが、やっと目から涙が止まりました。目が溶けそうな程熱いです。
その間、ケインは何も言わず、僕が泣き止むのをジッと見ていました。ケインは、とても優しい。きっとパイチェ先生なら「いい加減にしなさい!」と怒っている所です。王太子は、他人様の前で泣いてはいけない。甘えは禁物なのです。
でも、ケインには妙に甘えたくなってしまいます。
「げいん」
「……なに」
「ぼく、もうウィ……ソレ。かくの、やめるね」
「はっ!?なんで!」
僕がケインの手の中にあるウィップを指さして言うと、ケインはそれまでの、どこかぼんやりした表情から一気にそのエメラルドグリーンの目を見開きました。すごく、きれい。
「ぼく、へんなのイヤだから」
「べっ、別に!ちょっと変なくらい良いだろ!」
やっぱり、ちょっとは変なんだ。僕はフルフルと首を横に振ります。「ヘン」は嫌です。だって、ケインに「ヘン」って思われたくない。嫌われたくないのです。
「ソレ、もう捨てる」
「友達捨てんなよ!あと、ソレって言うな……ウィップだろ?」
「でも……」
そう、僕が蹲りながら言うとケインはとってもビックリする事を言ってきました。
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