第14話 未来になれなかったあの夜に

鯉城電子株式会社の内定者懇親会を終え、高校時代の同級生らと会い、僕は実家に帰ってきた。

家の前に、見慣れない車が停まっている。



「ただいま」

「おお。お前、夕飯食べて来たんか」

ダイニングには父がいた。


「車どうしたん」

「ああ。電柱にこすってな。直るまでの代車じゃ」

「ほおん」


父が40歳の時に、僕は生まれた。


「茶でも飲むか」

「ん。じゃあありがたく」


台所に向かう父の歩き方が不自然だ。


「母さんは?」

「もう2階上がった」

「兄貴は?」

「呼んだか?」

「風呂入りよった。お前も茶飲むか」



父と、この家から職場に通う風呂上がりの兄と、食卓を囲んで話し込む。



「お前今日何しよったん」

兄が問う。父から何も聞いていないのかも知れない。


「内定もらった会社の社員と会ってた」

「どこで?この辺で?」

「市内で」

「帰ってくんのか」

「まだ決めとらん」

「どういうことじゃ」

「東京と大阪と広島で1社ずつ内定がある」


父は何も言わない。

兄がこぼす。


「お前は悩む余地があんのか」



「俺はそろそろ寝るぞ」

父がやりとりを遮った。



「これ何?」


自分の部屋に上がるべく階段を登ろうとして、以前は無かった手すりが取り付けられていることに気付く。


「親父がこの前階段で転んだんじゃ」

そう兄が答える。

父の歩き方がおかしかったのはそのためか。



久方ぶりの実家。久方ぶりの自分の部屋だが、もしかしたら自分でも知らないうちに帰省していたのかも知れない。

僕は記憶喪失者なのだから。


いつぶりに使うのか判らない自分のベッド。

電気を消して横たわり、ふとスマートフォンを見ると、髙橋美佳から返信が来ている事に気付く。


「それより今度大阪行くんだけど。会わない?」

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