第13話 その決意はあるか
鯉城電子株式会社の内定者懇親会では、社員が放つのんびりとした空気に驚いた。
しかし休暇もとりやすそうだし雰囲気は明るい。
悪い会社でもなさそうだ。
決め手に欠ける気もするが。
懇親会を終えた僕は広島の中心部から何駅か電車に揺られ、生まれた街に降り立った。
今日の夜は高校時代の同級生らと飲む約束をしていた。
若い店員がお通しを運んでくる。
僕と同年代に見える。
大学生のアルバイトだろうか。
そう言えば、僕の就職活動は実際終わっていてあとは選ぶだけなのだからそろそろアルバイトを再開すべきか。
その選ぶ行為がこんなにも難しいんだが。
髙橋は何のアルバイトをしているんだろうか。
「久原はもうシティボーイか」
思考があらぬ方向に飛びかけていた僕に、後藤圭太が話しかける。
僕が高校時代に所属していたバドミントン部でダブルスを組んでいた男だ。
「変わっとらんよ。何も。住む場所移っただけじゃ」
「目がギラついとる」
もう一人の同級生、田中祥万(しょうま)が言う。
こいつもバドミントン部。
「ほうか?」
そう言われても心当たりがない。
「都会で就職して一山当てるんじゃろ? 久原とは同じ大学進むと思うとったけど」
「そないな約束しとったかいの」
「寺原さんルートじゃの」
「寺原さんルートて」
僕の通っていた高校の生徒は主に、卒業後は地元で就職するか、広島県内の大学に進学するか、その二択だった。
大して進学校でもない。
僕のように他地域の大学に進学する生徒は少数派だった。
バドミントン部の1学年先輩に寺原さんという人がいる。
彼は卒業後東京の有名大に進み、そのまま東京で就職して帰って来ない。
後藤と田中は、僕もその寺原さんのようになるのではないかと言うのだ。
まあ実際、その可能性はある。
地元のSIer、鯉城電子株式会社に対して僕はまだあまり心を開いていない。
あのような呑気な会社があるか。
東京のSSSや大阪のクラシコに入社する可能性をまだ残している。
まだ、決めかねている。
「今向かいよるって」
その寺原さんも、今日の席に参加する予定だという。
特にゴールデンウィークでも盆でもないのに帰省しているのか。
ほどなくして、寺原さんは現れた。
黒いスキニーに青い花柄のシャツ。
第二ボタンまで空いていて、アクセサリーが覗いていた。
「どんなですか東京は」
田中祥万が早速寺原さんに問う。
「東京の家は引き払った」
ん?
「転勤か何かですか」
後藤圭太が聞く。
「仕事で体調崩してな。診断書付きじゃ。会社辞めた」
「ええっ」
後藤圭太と田中祥万が2人して驚く。
まただ。
また仕事で体調を崩した先輩と出会ってしまった。
「だから今日来れたんよ」
「仕事の量ですか?」
僕は問うてみた。
人が何故働きながら心身に異常をきたすのか、僕は知りたかった。
「量もあるけど、人じゃな」
「人」
「同僚は敵だらけじゃし上司はいつも閻魔帳つけよる。人間が殺伐としよるんよ」
「じゃあ体力というよりメンタルで?」
「まあの」
SSSに行きたくない理由が補強された。
「寺原さんでもそうなるんですか、東京って」
僕も大概だが、田中祥万は興味津々といった様子でぐいぐいと質問をぶつける。
東京に関する人や物は、この街では珍しい。
「東京がどうというより、働くこと自体に嫌気がさしてな。悪い環境でやっとったらどんな仕事も苦痛じゃ。街ではない」
働くことは本質的に地獄なのか。
体を、心を痛めつける生き方が僕にできるか。
「寺原さん、『社会に出て働くの楽しみ!』みたいなギラついた目されてましたけ、てっきり強かに生きられてるかと」
バドミントン部の同窓会で出会った時は確かに意気揚々といった感じだった。
「今思えばなんよぉるかって感じじゃな。『人を蝕む』と書いて労働よ」
「どう書くんですかそれ」
彼らと別れ、帰り道。
実家に向かいとぼとぼと歩く。
久々に故郷の友達と会えると思ってこの日を楽しみにしていたが、またもつまらない話を聞いてしまった。
「にしても何もないのぉ、この街も」
駅前だというのに開いている店がほぼない。
そのため、出歩いている人間もいない。
僕は、この街に嫌気がさして大阪に出た。
東京、大阪、広島。
僕が選ぶべき街はどこなんだろうか。
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