第12話 何もないこの世界は 何て恥ずかしいのでしょうか

……ぬるい。


「広島の方が多いんですか?」

「8割くらいですかねえ。カープファンでいっぱいの会社です!」


社内の雰囲気は良さそうだが。


「何年か前にカープが勝ち進んだ時は突然体調が悪くなる社員が続出しました……」

「あははは!」


仕事の話がまるで出てこない。


「飲み会って多いんですか?」

「野球とか関係なくバーベキュー行ったりしますし、かと言って飲み会に来ん人をはぶったりもしませんし」


周りの内定者も仕事面の質問をしない。


「楽しむもよし。淡々とやるもよし。自由な社風ですね」


本当に職場なのか。


ハンドボールのコードほどの会議室。

前方には大きなプロジェクター。

南側には大きな窓。

青いカーペットに白いテーブル。

清潔感のある部屋だった。


鯉城電子株式会社の内定者懇親会には、内定者が10~20人ほど、社員は人事から30代くらいの男女2人組が参加した。

2人とも胸に名札をしていて、男性の名札には石原とある。

女性の方は久保とある。

自己紹介の際にこの春育児休暇から復帰したばかりだと話していた。

男性の方を石原くんと呼んでいるので、こちらの方が先輩か。


「久保さんが育休をとられたとのことでしたけど、とられるのに抵抗というか障壁ってありましたか」

「あまり無かったですね。

むしろ、里帰り出産だったんですけど、帰省手当まで貰ってしまって」

「帰省手当というのがあるんですか」

「お盆とかに支給されます。交通費の足しですね。

県外に実家がある人向けなので、今日ここに居る人はほぼ貰えません!」

「うふふふふ」


あまりにヘルシーでのんびりとした空気に驚きつつ、この場所に30分もいるとこっちも流されそうになる。



「失礼しま~~す」

ベテランらしい男性社員が会議室に入ってきた。

名札には鷹取と書いてある。

石原さんが言う。

「お、ここで久保お姉さんは打合せがあるので交替でーす」

「おじさんに変わりま~す」

「絶妙に笑いづらいコメントですね」

「笑ってや」


おじさん同士のやりとりに内定者からくすくすと笑いが漏れる。


「今日ってそんなに広島出身者多いんですか」

ある内定者が周りを見渡す。

みなが口々に「白島です」「大学は東京ですけど実家広です」「三次です」などと返す。

馴染み深い地名が次々聞こえてくる。


「今は大阪住んでますけど、実家呉です」

僕ものっておく。

すると、名札に鷹取と書かれたベテラン人事が声のトーンを上げる。


「ああ久原君な!面接の時大学名だけ見て関西の子なんかと思ったわ!

カープファンって知って一同安心してたけど」

「野球の話しましたっけ」

とぼけている訳ではない。

本当に記憶が無いのだ。


「またまた。ばり掴んどったじゃん。

カープファンの子は大勢来ちゃったけど"そごう"のバスセンターから市民球場眺めよった話は君だけよ」

言ったかも知れない。

話した記憶はないが、その光景は少年時代に見覚えがある。

父と野球観戦に出かけ、試合開始までの球場そばの百貨店で時間を潰したことがある。


「で、久原君はうち来てくれるん?」

「踏み込みますね」

石原さんが笑いながらベテランをいなす。


「まあね、大人しそうに見えて濃いめのカープファンエピソードが出てくるあたりが面白くて役員からの評判が良かったです。久原君は。

それも決め手の一つかな」


就職活動中の僕め。

鷹取さんのテンションの上がりよう。

僕はこの会社の役員から大阪のおもしろ青年だと思われている可能性がある。

面接中に頑張りすぎだ。

記憶喪失後の僕の気持ちを考えて面接を受けろ。



他の内定者も見ている前でおじさんに絡まれて照れ臭かった。

ただ、社員から好意的に受け入れられて悪い気はしない。

それに、社内の雰囲気も良いに違いなかった。

少々リラックスし過ぎな気もするが、居心地は悪くなかった。


SSSとは大違いだった。

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