第8話 ホームラン打てなくて迷走中なんで
東京で出会い一緒にシーシャをキメた髙橋とのやりとりは、僕が大阪に戻っても続いていた。
「納得はしてないけど」
「今から別の会社探してもブラックしか無さそうだし」
「すりーえすで妥協するかも」
彼女からのメッセージだ。
彼女の脳内ではSSSが有力か。
「ほうなんじゃ。ほしたら就活終わりか」
そう返信した。
僕はと言うと、また放送研究会の部室にいた。
同期全員の就職活動が終了したのでそろそろ卒業制作のラジオドラマに取り掛かろうという話だ。
内定を3つ得てどの会社を選ぶか決めかねている僕も就職活動を終えた側にカウントされているらしい。
さて、部室には早くから舵をとってとっくに東京のコンサルティングファームに就職を決めている、小柄で華奢で黒髪の影山ひかり。
働きながら何やら難しそうな資格もとろうとしている。
働くために資格をとる。
夢や熱意がないとそんな真似はできないだろう。
影山は1回生の頃から真っ直ぐで努力家だった。
今だって、「たちまちラジオドラマのテーマとか最優先事項を決めよか。ほいで骨子で」とカマしている。
得意のフレームワークに持ち込むつもりだ。
影山は議論をスムーズに進めようとしているだけであって、そこに粋がる気持ちはないだろう。
そこを解っても、僕はこいつを好きになれない。
他には、こちらも早くから志望先を人材紹介系に絞っていたがあらゆる業界の選考にエントリーして高いバイタリティとコミュニケーション能力をアピールして数え切れない内定を乱獲して『舐めるなよ。俺は12の星で死刑を宣告されている』的な状態になった末にやっぱり人材系に落ち着いた、ゆるふわ愛されボディに天然パーマの鹿島壮平。
今は「ブレストから始めよか。一番ビビッときたワードを核にする方向で」と、神戸生まれ特有の薄めの関西弁で議論を進めている。
入社後は東京で転職エージェントだ。
できれば奴の世話にはなりたくない。
最後に、長らく就職先が不明だったがどうやらリサーチャーに内定していたらしい、長身塩顔の髙山仁。
恐らく東京勤務になるとのこと。
僕のパソコンに残っているデータを見る限り僕はエントリーしたリサーチャー全てから不採用通知を食らっている。
正真正銘の敗北だ。
コンビニエンスストアや身近な小売店で手に入る財やサービス。
それらを作っているのはもちろんメーカーなど事業会社だが、立案段階でブレインになるのはリサーチャーやマーケターだ。
髙山だけが、その舞台に立つ。
リサーチャーには、クレバーな人間しかいない。
規模的には小さい会社が多いため、凡人を採用できる枠が最初から無いのだ。
髙山が手掛けた商品がコンビニエンスストアの店頭に並ぶかも知れない。
将来それを自分の家族に自慢するかも知れない。
僕にはそれができない。
「久原もそれでいい?」
影山が問う。
「おん」
それにしても、僕がSSSに入社した場合は卒業後も東京でこいつらと飲んでいる可能性があるのか。
避けたいところだ。
こうしている今だって、劣等感で気がおかしくなりそうだ。
それぞれの理想の会社に勤めて最高の青春映画を演じている連中と、同じテーブルを囲みたくない。
僕もメラメラとしていたい。
僕はSSSでは、恐らくそれができない。
大きな会社に入ったとて一握りの秀才のほかはソルジャーとして使い捨てられるだけの数合わせだ。
そもそも、髙橋が言うように、社会に自分が生きた証を刻もうなどという気骨のありそうな人間があの懇親会では見当たらなかった。
僕がやりたい事と、競技の種類からして違う。
スマートフォンを見ると、髙橋から返信が来ていた。
「でもキラキラしたかったなあ」
その点は僕も同じだ。
髙橋に返信するついでにメールフォルダを見ると、SSSの内定者懇親会を終えた僕に、株式会社クラシコと鯉城電子株式会社も内定者懇親会を開く旨の案内が届いていた。
キラキラしてやろうではないか。
「なにスマホ見よん」
影山が両手を腰に当て、目を細くしていた。
「ああ、すまん」
「久原のエッセンスも注いでもらわなあかんで」
鹿島も、話し合いに参加しない僕を咎める。
異性とメッセージのやりとりをしている最中だったのでなおのこと罰が悪い。
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