第7話 大作のゲームに躍起になってる季節

株式会社SSSの内定者懇親会。


6人のグループに分けられて着席した僕たちは同じテーブルの内定者と談笑。


「実際どう?」

「まあ……まあまあよね」

「俺もう1個内定あってそっちと迷っててさあ」

「でも福利厚生がでかいからなあ。捨てがたい感じはある」

などの会話が聞こえてくる。


みな自分の位置を知り、周囲の温度感を掴み、そして判断材料を探すために必死に見えた。

僕と同じで、"答え"を求めて来た人たちなのかも知れない。


その中で、僕と同じく誰とも話そうとしない女子内定者がいた。

こういう場なのでもちろん黒髪だし髪型も皆と同じだ。髪の長さは肩くらいか。

しかし彼女は明らかに他の内定者と違う。

座っていても分かるくらい背が高い。

顔も小さくてモデルのような体系をしている。


「IT系をメインで受けてんすか」

僕は何故だか彼女に話しかけていた。

彼女は一瞬だけ真顔で僕を見て、それから柔らかい笑顔を見せた。

「んーまあ、他にも色々受けてはいます……」

目を細めながら、彼女が返す。

「僕も色々です。あ、ごめんなさい僕久原大輔いいます」

「わたし髙橋美佳です」


髙橋美佳と名乗る彼女は出身も大学も東京。

僕と同じく複数の業界にエントリーしたが、めぼしい会社から内定は出なかったようで SSSの内定者懇親会に取り敢えず参加したらしい。


「ちょっとヘビーな話聞かされましたねえ」

僕は世間話のような感覚で彼女に話を振る。

「ね。入社前の人にそこまで言っちゃうんだって思いました」

肩を小さく上下して笑いながら彼女は答えた。


少々ぎこちないながらも会話を重ねている間に定刻になり、懇親会はお開きとなった。


終了時刻は早めに設定されていた。まだ大人が家に帰る時間ではない。

この懇親会の後に内定者同士で飲み屋にでも行け、という狙いがあるのだろうか。

そして"未来の同期"と仲良くなってしまい、この会社から抜けにくくなれば良い、 という思惑だろうか。


"つけて"いた訳ではないが、 会場の外に誘導され通りに出ても、僕と髙橋は一緒に歩いていた。


僕たちを除く内定者たちはいくつかのグループに分かれ、 裏路地や赤い看板が光る通りへ消えていく。

スマートフォンを突き合わせて連絡先を交換するグループもあった。


「久原くんこの後予定は?」

僕たちはいつの間にか敬語をやめていた。


立って歩く彼女はやはり背が高く、ヒールを履いていることもあって目線が僕と概ね同じ高さにくる。

並んで歩くと、男と女というよりも小学校の同級生のようだった。

10歳くらいの、男の子が成長期を迎える前、 まだ男女の体格差があまりない頃の男児と女児。

まだ義務教育も終えていない2人。

中学、高校と進学していけば部活などで上下関係を学んだり、受験をしたり、 これから色々な事を"解らされる"2人。

その事をまだ知らない2人。


彼女の横に立っていると、そんな気がした。


「東京駅から夜行バス乗る。12時ちょい前」

「煙草好きなんだよね?」

「え?」

「顔と雰囲気で解るよ」

「まあ……天王寺のシーシャバーは全部行ったかな」

「シーシャいけるの!? 浅草に"神様"の店あるけど、行く?」

「髙橋さんもシーシャ好きなん?」


神様の店だと。

これから住むかも知れない街だ。

今から行きつけを作っておいてもいいだろう。

何より、話がまだまだ弾みそうだ。

SNSで手際よく予約をとってくれた彼女について行くことにした。



地下鉄に乗り、吊革に捕まる。

さて、シーシャもいいがこの会社に"点数"をつけなくては。


「難しい顔してる」

隣の彼女が話しかける。


「髙橋さんさあ、」

「美佳でいいよ」

「美佳さんさあ」

「それはファビュラスのほう」

「俺はメンズじゃない」

「あははは!」

ケラケラと笑う彼女。何故だか会話のテンポが合う。


「ごめんごめん。で、なに?」

彼女が話を本題に戻そうとする。


「あの会社って髙橋さん的にどう?」

「あー……。まず、何で私が受かったのか解んない」

「そうなん?」

「だって私農学部だよ」

学部までは聞いていなかった。農学部だったのか。

SEを雇う会社が農学部の学生を採用するとはおかしな話だ。

かくいう僕も経済学部だが。

いつからかこの業界は情報技術について学んでいない学生も採用するようになった。


「他のテーブルの話聞いてたら音大の子もいたし。入社してからSEとして育てる自信があるか、人事にやる気が無いかのどっちかだよ」

「後者を疑いよるな」

「そ~、不信感あるよね~。どんな奴を採用したか解ってんのかな。私が入社したら絶対後悔させてやるんだ」

「何をする気なんよ何を」

彼女はまたケラケラ笑う。


「久原くんは?」

「んー無難な選択肢ではあるかな。でもまあ、楽しくはなさそうよね」

「解る。なんか殺伐としてる。スケールがでかいだけの虚無って感じ」

僕と彼女はSSSに対して似た印象を抱いているのかも知れない。


「てか内定者側も目が死んでる。ギラギラしてない。 会社が大きくて経営安定してて福利厚生も良いから集まってきた人たちって感じがする。 将来の夢とかあんのかなあの人たち。 空っぽだよね」

「…………」

黒い壁だけが映る車窓を眺めて、彼女はそう言った。


彼女の、時折見せる笑顔や大口を開けて笑うさまは可愛らしい。

僕が最初に話しかけた時に見せた愛想笑いなどは芸術的だった。

しかし、こういった真面目な話をする時の彼女は目が笑っていない。

しかも僕と目を合せずどこか一点を深く見つめて話す時がある。

僕に話しかけているのか、不安になる瞬間がある。

地頭は良さそうなのに僕と同じ会社に"来てしまって"いる理由はこの辺にあるのかなと、僕は失礼ながら考えた。


ともあれ少しずつ彼女の事が解ってきた。

仕事を通して自己実現を目指す、上昇志向の強い人のようだ。

影山に少し似ている。

しかし、僕と同じ会社の内定者懇親会で情報収集をしているあたり、 影山になり切れていない。

にしても、彼女は会社だけでなく同期も選ぼうとしている。


「そうじゃない?」

「確かに、どこか皆計算で就活やってる感じがして馴染めなかったな」

「久原くん結構迷ってる?」

「……うん、結構」



自分のやりたい事があれば。


就職し、キャリアを通して実現したい理想があれば。


今の僕のように迷うことなど無いのかも知れない。



「まあ1社目なんて選択間違えて当然みたいなところあるけどね」

彼女の言葉に少しはっとした。転職を既に見据えているかのような言い方だ。


「サークルでもバイトでも、1年の頃って見る目が養われてないし自分の事も理解できてないから合わないところ入っちゃうんだよね」


言われてみれば、知り合いにそんな奴がいる。

僕が通う大学の学祭実行委員会に所属する同級生だ。

僕と同じ学習塾でアルバイトをしている。

彼は入学当初はテニスサークルに所属していたが馴染めず、 1回生の秋になって学祭実行委員会に移ったらしい。

大学生活が仕切り直しになってしまう事に不安もあったが、 今では"乗り換え"て良かったと納得しているらしい。

聞けば彼は僕と出会うまでにアルバイトも何度か辞めており、 2回生の春に僕が働く学習塾に入り、そこでようやく落ち着いたそうだ。


初めての会社選びはミスして当然。確かにそれも正論だろう。


「でも新卒カードがなあ……」

僕はこぼす。


企業の採用活動は高校生や大学生など就労経験のない人を対象とした新卒採用と、 他企業から転職してくる人が対象の中途採用に分けられる。


中途採用は経験者採用と呼ばれることもある。

特定のポストに欠員が出た際に、 そのポストに見合ったスキルを持つ人を転職市場で探すのだ。

既卒の転職活動を戦う人は、何らかのスキルを持っている事が前提になる。


対して新卒採用はアルバイト以外で労働を経験したことがなく、 社会経験が少なく、余計な色に染まっていない若者を採用する。

特に、ある程度以上大きな会社においては入社後に研修を施し、 自社に合う人材に育て上げる事を前提としている。

天才は求めていないのだ。


言ってしまえば、馬鹿でもホワイト企業に入社できる唯一のチャンス。

それが新卒カードだ。


「怖い? 飛び込んでもいいんじゃない?」

そう言う髙橋は、他人事だからだろうか、少し楽観的だった。


僕はまだ、決断できるだけの材料を持っていない。

僕が入りたい会社とは、社会で成し遂げたい事とは何だ。

それに僕は僕自身の事を全て解っているのか。最新の記憶を半年もなくしているのに。

それにSSSは魅力もあるが、髙橋の言うように無味乾燥な会社でもある。


「決めれんわぁ」


いつの間にか地下鉄を降りて地上に出ていた僕たち。

「ここだよ~」

僕を振り返る彼女の肩の向こうで、怪しげなオーラを放つシーシャ屋が煙を撒いていた。

このようなオーラを無償で垂れ流す店のシーシャが不味い訳がない。


「店構えから本物のかほりがしょーるな」


髙橋がしばし僕を見つめる。

「ん?」

「広島弁、面白いね」

「面白いとか言うな」


苦悩を煙で曖昧にした。

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