第2話 現実の方こそ

知らない部屋で目を覚ました。

体を起こし、柵とリモコンが付いたベッドで寝ていたことを知る。

頭に包帯を巻かれている。


辺りを見回すとまずクリーム色の床。

人一人が入れるだけのスペースを残して、僕がいる空間はカーテンで区切られていた。

カーテンを少し開けると、僕が今いるような空間が他にもいくつか。

学校の教室のような蛍光灯。

カーテンを閉めて考える。ここはどこで、僕は何故ここにいる。病院のようだが。


ベッドのそばの机の上に、日付や気温まで表示されるデジタル時計があり、それで今日の日付を知ることができた。


「え?」


僕は就職活動をし始めた大学3回生だったはずだ。

近年では、(学生の怠け具合によって差はあるが)大学3回生の秋か冬には就職活動が始まる。

しかし日付を見るに、今は既にベンチャーを除く日系企業が内定出しをする季節ではないか。

企業が学生を対象にいわゆる新卒採用を行う。

SPIやクレペリン検査などを行う学力試験。

エントリーシートを提出させる書類審査。

多くの企業が導入しているグループディスカッションまたは集団討論。

そして複数回の面接。

それら全てをパスした学生に対して企業が送る合格通知、それが内定だ。

内定を得れば辞退しない限りは就職先が約束される。


しかし僕は知らない間に年度を跨いでいる。面接などを受けた記憶がない。

就職活動はどうした。僕はまだ内定を得ていないぞ。


足音がして、カーテンが開き、白衣を着た女性が近付いてくる。

「気が付きましたか。自分の名前言えますかぁ?」

女性の問いかけに答えていく。

「久原大輔です」

「ご年齢と誕生日は?」

「21歳で9月16日生まれです」

「どの大学の何回生ですか」

「市大の経済学部の3回生です」

ここまで答えたところで、女性が数秒の間沈黙した。

この人は医者か看護師だろうか。

女性がまた口を開く。

「すみませんが、鞄の中の学生証を見させていただきました。

 ご自身のことは覚えておられますけど、学年だけ間違ってますね」

「……と、言いますと?」

「学籍番号を見るに、留年していなければ久原さんは今4回生です」

進級した覚えがないまま年度を跨いでいる。どういうことだ。

「今日の朝から、大学に来るまでのこと覚えてますか?久原さん大学で倒れてここに来たんですが」

「…………」

「わかりました」

今日の自分の足どりを思い出せなかった。いや、思い出せないなんてものではない。

今は大学3回の冬なのだ。

なのに時計やカレンダーや医者は間違った季節を告げている。

この時間自体が嘘ではないのか。


「落ち着いて聞いてくださいね」

医者が言うには、ここは僕が通う大学近くの病院で、僕は大学構内で転倒して頭部から出血、意識を失ったらしい。

包帯はそのためか。

頭から血を流して倒れている僕を通りすがりの学生が見つけ、僕は搬送された。


そして、僕は大学3回生なのだが今は4回生らしい。


「意識ははっきりしてますね。もう一度伺います。自分の学籍番号言えますか?」

学年が違うことが気に食わないが、学籍番号はすらすら答えることができた。


「脳震盪だと思われますね。

頭を打った時に記憶が混乱するのを健忘と呼ぶんですけど久原さんその兆候が見られます」


僕は久原大輔、21歳の大学3回生。就職活動を控えている。

日付だけが間違っているのだ。

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