第31話
「報告します。
域外の間引きは想定数を達成。第三層……この地の呼称で『内輪』を中心に駆除活動を継続中。大過なく進行中です」
領主館の一角は現在護衛兵団に解放されており、駐屯所を設置していた。騎士団と同じ場所でないのは彼らの上層部に領主館の客間を割り当てているためだ。実質的な立場は術師長を除いて辺境軍司令官であるハクロ男爵の方が上だが、出身の家などを鑑みると下手な対応ができない人間が割と混ざっていた。
加えて騎士団の近くに居ても碌なことにならないので双方合意で距離を空けている。同じ作戦に従事するのに移動は完全に別々だったことからも色々察するところがあるというものだ。
第一護衛兵団団長兼宮廷魔術師長に割り当てられた客間で椅子に腰かけた老人は旗下の隊員の報告を受けていた。
「損害は?」
「ほぼありません。全て軽傷の範囲です」
森型の域外で活動するには大盾をシンボルとする護衛兵には向いていない。それでも充分以上の成果を上げているのはさすが第一を冠する部隊といえる。
「そうか。第四騎士団はどうじゃ?」
「……第四層まで踏み込んでいるようです」
声音に不快感が滲むのを老人は無遠慮に笑う。
「そりゃあ良いな。四層の核を融通してもらわなければならんわ」
「わ、我々も!」
「競ってどうする。無用の損害を出せばわしはお前を罷免せねばならなくなるぞ。
ここの第四層となれば、王都近辺の域外では王の棲家と等しいとされる。攻撃が通じなくなるばかりか戦う前に魂消る様な事になれば笑うに笑えん」
中心に近いほど魔力は濃く、魂が耐えられぬ毒になる。ただそこにいるだけなら耐えられるとしても、魔力を使えばその牙は早く深く魂を削っていく。老人とて彼らが騎士団に劣っているとは思わないが、あちらは国軍内でも圧倒的に域外での活動が多い部隊だ。慣れによる効率の差は当然で、無理に張り合えば思わぬ事故を誘発しかねない。
「畑違いでの訓練。経験を積むことが目的なんじゃから、適度にの」
「……はっ」
「で、あの娘の情報は?」
もう一人、未だ旅装を解いていない配下に視線を向ける。
「セラキス……ここ辺境の孤児院出身者です。
三年前の調査で第三測定器の駆動を確認。学術試験の点数も満点近かったことでファストへ割り振られました」
「ふむ、第三か。筆記試験もアレが師なら点は取れるじゃろうな」
「そこに捕捉がありまして……まず、調査隊はその時も今回も第三測定器までしか持ってきていません」
「ぬ?」
報告内容を飲み込めずに老人は小さく首を傾げた。
「ご存知の通りあの測定器は段階ごとにどんどん大きくなります。第四、第五は高価な上、第三を使うことも稀なので、例の件から第三までしか持ち出さなくなったとのことです」
ファストへの入学も第三測定器が稼働するなら魔力量的には満点扱いのはずだ。魔術師の卵を探し出すことが目的の調査団なのだから、中級魔術に必要な魔力量を示す第三が駆動したなら問答無用で魔術師候補となる。第四、第五測定器は教練所の再検査で確認すれば良いという考えは『例の件』もあって老人も非難しづらかった。
「ただし今回の調査団に彼女の試験に立ち会った者が居ました。そして彼からの証言で第三測定器の超過駆動であったと証言が取れました」
「なんじゃと?!
何故それで退学になる?!」
「それが……まず『測定器の超過駆動』という現象を今回の調査員の誰も知りませんでした。その為『第三測定機で稼働を確認』とだけ記録され、超過駆動に至った事実は記録も報告もされていませんでした。
加えて学園では出力抑えていたようで、定期検査でも超過駆動は確認されておらず、彼女が異常な魔力保有量を持つという報告はありません」
超過駆動とは流した魔力量が多すぎて測定器の経路が焼き切れる、またはその直前の状態であり、その測定器では測りきれないと示す現象だ。
第二では稀に起こりうる事態の為、安全装置が組み込まれていて、第三の使用を促す合図が出る仕組みになっているが、第三にはそれがない。
「手加減を見抜くのは難しいじゃろうが……超過駆動を知らんかったとな?
……第四測定器を不要としているくらいなのじゃから無理からぬことなのか?」
「超過駆動の実例は教練所では後の宮廷魔術師各位により記録がありますが、原初魔術も未収得な場合の多い調査隊にはその記録が皆無でした。
とはいえ超過駆動を知らなければ装置の異常を疑うべきですから、流石に怠慢と言わざるを得ません」
あるいは、実は超過駆動を起こしていても記録しなかっただけか。
思わぬ問題発覚に術師長は渋面を濃くする。
「ふうむ……」
「術師長のお言葉の通り、普通そこまでの魔力があるなら、本人に相当の問題がない限りは放校などにはならないのですが……ファストの記録では『中級魔術の習得未達』としかありませんでした」
「実は習得していたがあえて隠した可能性は?」
「……幾人かの教師に確認を取りましたが、真面目に何とかしようとしていた風であったと」
術師長もその努力の片鱗を見ている。それこそが今回の魔女発見につながる最初の一歩だったのだから。
「アインでなくファストに行っておるのは入学時点で初級魔術を扱えていたからか?
それなのに第三測定機の超過駆動を起こす魔力量で中級魔術が扱えんとはのぅ。
……んん?」
「いかがなさいました?」
老人が不意に唸るので旅装の報告者が問うも、不意に記憶を掠めた事象を結実できなかったため老人は別の言葉を結ぶ。
「この域外で探索者として稼いであるのじゃろ?
なれば中級魔術を有しておるはずじゃ。やはり最初から退学するつもりだったか?」
「それなのですが、彼女が操魔獣師という話があります」
「また珍しいものが出てきたのぅ。
魔物で魔物を狩るなら中級魔術は不要と?」
「彼女の戦闘を目撃したという話は聞けませんでしたが、白い狼を連れているのは確かです。そして稼ぎの多さを問われると決まって『この子のお陰』と返答しています」
「本当に魔物なのか?」
「遠目に確認する限りは狼にしか見えませんでした。
ただ、今は彼女と共に孤児院に籠っているようでして、そこで子供の遊び相手になっています」
「……ふむ?
操魔獣術には流石に詳しくないが、使い物にならんと言う定説が覆されたとは聞いた覚えがない。
使えない理由は『術を維持し続けるくらいならその魔力で魔術を放った方が遥かに効率的』だったはずじゃが、孤児院に連れ込むばかりか遊び相手として制御し続けておるのか?」
「莫大な魔力量があるからとしても異常です。
あの方が新たに開発した術ではないかとは考えましたが……」
老魔術師は幾つもの引っ掛かりに改めて唸る。
確かにあの天才が術式を実用な物に作り変えた可能性が一番高い気もする。なにしろ自身がその魔物に変じたのだ。理解も高まると言う物だ。
「……ああ、そうか。
『今は』か」
「今は?」
「あやつが言うたのよ。
それが操魔獣術が未完成であるという意味ならば、娘の扱うそれは確かに試作の新たな術かも知れん」
「……それでは才あるものに操魔獣術を習得させ弟子入りさせてみては?」
「あの子でなければならん理由があると思わんか?」
「魔力量ですか?」
「隠しておったのなら、意味がありそうじゃが……
しかし、第三の超過駆動を起こし、第四を駆動させるだけならわしでもできる。
あの子の本気はどれほどじゃ?」
セラキスでなければならないというのも仮説に過ぎない。
調べれば調べる程色々な疑問が湧くが、様々な要因が核心的なところを未だ隠していた。少なくとも各都市での振り分け試験では第四、第五駆動機を用意しての再試験を徹底しようと心に決める。
「しかし調査隊には超過駆動を見せて、ファストでは隠したのは何故じゃ?
ここを出る前にラーヤに入れ知恵されたか?
……魔力量が多すぎて、制御……ああ?」
そこまで独り言を吐き老人はおもむろに立ち上がる。
「ちと出てくる」
「どこにですか?」
「第四の所じゃ。付き添いはいらん。
おぬしはあの子の狼を調査しておいてくれ。くれぐれも手を出したり強引な真似をせんようにな。アレの機嫌を損ねたら国が割れる」
老人らしからぬ足取りでスタスタと立ち去る。その背中を側近二人はただ見送る事しかできなかった。
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