第30話

「というわけで隊長。彼女の臨時雇用をお願いします!」


 朝、洗濯のための水の補給を手伝っていたら井戸を借りにきた第四の皆さんとばったり遭遇した。あれよあれよという間に連れて行かれて隊長さんの前だ。頭を抱えて怒りを堪えているっぽいんだけど、隊員さんたちどうして気づかないの?


「よし、歯を食いしばれ」

「え?」


 どごんと、人の体が発してはいけない音を立ててガタイのいい男が宙を舞った。

 大丈夫? 歯が砕けたりしてない? 戦士は歯が欠けると力を出しづらいって聞いたし、傷を癒す魔術は無いんだよ?


「次っ!」

「ちょ、たいちょげぶあ!?」

「ま、待ってください! 隊長のたげぼっ!?」

「…………!」


 一人悲鳴を漏らさずままぶっ飛んだ。意地か何かを見せたのだろうか。転がったまま動かないけど。

 まぁ、みんな騎士術はしっかり発動させてたみたいだから大丈夫かな。大人が顔面殴られて宙に舞うなんて騎士術無しだとまず首の骨が折れているだろうし……

 いや、大丈夫じゃないか……ほんとに死んでないよね?


「よし、悪かったな。どうせこいつらが無理矢理連れてきたんだろ」

「ええ、まぁ。勢いと言いますか」

「おら、全員聞け!

 彼女は今ハクロ男爵麾下だ。公職に就いてるやつを連れてきて、領主と揉めるつもりか?!」


 団長さんの言葉に全員がギョッとした後、何故か咎めるような視線が彼に雨のように降り注ぐ。


「……何だよ?」

「団長はそれでいいんですか!?」

「そうだ! 許せませんよ!」

「何やってんですか、団長!」

「団長の方が身分上ですからやれますって!」

「おう、全員並べや」


 止められたから自分から挨拶に行くのは控えるつもりだったけど、偶然鉢合ったのなら仕方ないよね、くらいの感覚で来たのに何これ?

 確かに領主様の部下扱いだけど、何かそれとは別の理由が働いている感じがする。


「セラが非常に便利で団に欲しいというのは同感だ。だが治安維持も担う俺たちが国や軍の規律を乱すような発言をしてどうする。

 特に事態を鎮静化し民に安心を与えるべく派遣された部隊が騒動を起こしてどうする!」


 とっても正論なのに隊員の皆さんの不満度は上がる一方のようだ。


「軍規そっちのけでセラちゃん探せって命令したの団長じゃないですか」

「そうですよ。臨時野外訓練扱いで馬も持ち出して近隣の村を巡りましたし」

「今回の派兵に即立候補したって聞きましたよ?」

「辺境とか普通は押し付け合いですもんね。第二第三もたまには外出ろとかも言ってるんでしょ?」

「今回なんて宮廷魔術師が二人に護衛兵団、しかも術師長と第一が同行とかとかどんな地獄に放り込まれるのかと」

「もう溢れ出しが起こってるもんと思ったもんなぁ」


 騎士術使いが二個大隊とかいくら大きな域外を持つ辺境といえど「何事」と目を剥く事態だ。私も話だけ聞けば『溢れ出しが起きてしまった』と思うだろう。


 それはそうと。


 私をわざわざ探してたの?

 確かに再会した瞬間、勧誘されたけどさ。


「……もう一度言うぞ?

 お前らは王国騎士団だ。弁えろ。規律を乱すな。

 それに、今回は第一護衛兵団も同行しているんだぞ」


 淡々と正論を重ねられれば不満顔はそのままに皆口をへの字にして沈黙する。

 騎士団所属の騎士は全員貴族だけど、準爵も含む下級貴族がほとんどだ。一方の第一護衛兵団は変革前の通例を引き継いで高位貴族家出身者が非常に多い。平民上がりが一定数居る騎士団との軋轢は私でも耳にするほどだ。


「……セラがここに居るのは知っていた。その上でお前らが騒ぐし、他にも色々と面倒があるから俺たちが帰るまで大人しくしてろと言っておいたんだ。

 『色々と』の部分には機密を含む。お前らに説明ができないからセラのことも黙っていた。『術師長が出張ってきている』ことから言えない理由の重さは察しろ」


 多分先生のことだね。確かに大っぴらに公言できない。先生が王都に帰るなら別だろうけど……帰るつもりはないだろうなぁ。

 そもそも『契約』なんて課題を持ち出した以上、恐らく辺境から離れられないと思うけど。


「セラ、悪かったな」

「いえ、まぁ、私も見つかったのなら挨拶くらいしようと軽い気持ちで来たもので」

「……」


 何と言って良いものかって悩んでる模様。

 私が先生に関する重要人物と思っているからだろう。でも、辺境まで来てしまった以上そんなことも無いんだよなぁというのが私の感覚だ。でもそれは私の認識の上で、多分団長さんは術師長より情報を持っていないんだろうな……


「セラ、状況が状況だから下手に動けないのはお互い様だ」


 下手に動くな、ですね……


「だが、整理がついたらいつでも第四騎士団はお前を歓迎する。それは再会した時に言った通りだ」

「団長が、じゃないんですか?」


 飛んだヤジに彼はとても良い笑顔で応えた。あと、目にも止まらぬ踏み込みと下から打ち上げる拳を足して。


「がはっ」


 顎をかち上げられて足が地面から垂直に離れていた。鎧着ている人が浮くって、ほんと騎士術の身体強化は恐ろしい。特に殴られた方の首の強度が。

 魔力外殻盾を習得したけど、あくまでも外付けの盾だからあんなふうに力を押し込まれたら体内が衝撃でやられてしまうだろう。魔術師は距離をとって戦うものというのは常識だけど、昨日の母さんといい今の団長さんといい、どれだけ距離を取れば大丈夫なのか想像がつかなかった。


「はぁ。セラ、もう戻っていいぞ。悪かったな」

「あー、はい」


 これ以上居座っても空を飛ぶ人が増えて仕事が止まるだけだ。私は素直にお辞儀をし、団員さんたちの視線を背に野営地を後にするのだった。

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