第29話

「お姉ちゃん」

「何?」


 夜、寝るまでのわずかな時間。女子の大部屋で就寝準備をしていた私の前に来たのはエーダだった。


「明日、調べる人たちが来るんだって」

「そっか」

「私、受けない方がいいかな?」

「どうして?」

「お姉ちゃんに習う方が、良いんじゃないかって。街に行くのもなんか怖いし」


 普通なら調査団に認められたいと願うものなんでけど、私という存在が色々と認識を歪めてしまったのかもしれない。


「ここで私に習っても、探索者にしかなれないよ?

 辺境軍に引き抜かれるかもだけど、どうせ軍人になるなら学校を出た方が良いって聞くし」


 軍も一つの社会だ。同級、同卒だからと優遇されることもある。

 それになんだかんだここは辺境。都会と比べれば何もかもが不便だ。


「私は落第した身だからね。教えるにしても限界があるし、いつこの街を出ていくかもわからない」


 確かに教科書の内容は覚えているし、実のところ三年次までに習う内容は全て把握している。上級までの術式回路も公開されている分は記憶済みだ。きっと学校で習う範囲は教えられるけど、何より実技を、魔術の手本を見せられないという教師として致命的すぎる問題を抱えている。


「カリスちゃんもファストに引っかかるかもくらいの保有魔力量だから、検査を受けるべきだと思ってるし」


 ジェスター兄さんには迷惑だろうけど、個人の幸福を優先しても良いと思う。この短い間に私が受けた仕打ちを鑑みても「女性なら何とでもなる」と強引な手段に出てくる輩は今後もきっといくらでも現れる。


「姉さんがダメだったのに、私自信ないよ?」

「私はまぁ、うん」

「姉さんは探索者の中でもとっても凄いって聞いたよ?」


 これについては辺境で暮らし続けるのに伝えて良いものか。

 少し悩んで私は口を開く。


「探索者の中にも例外はいるけど、それを除けば学校卒の兵士に勝てる人なんでそういないよ」

「どうして?」

「理由はいくらでもあるけど、現状を見れば明白かな。

 国の軍隊が来ているから探索者は森に入ってないでしょ?

 あれ、色んな意味で勝てないから張り合わないし、帰るまで待つつもりなんだよ」


 これは嘘偽りない事実だ。

 個人戦力の差があるのに組織的行動までする軍が間引きをしているのだ。溢れ出しにまで至れば人手はいくらあっても足りないと言われるけど、従師もろくにいない探索者は獲物一つ見つけるのも苦労する。


「私がそこそこやっていけてるのは落第したとはいえそれでも訓練を受けたからだよ。落第しても他の探索者より稼げているとも言えるね」


 他の探索者に聞かれたら怒りを買いそうだ。

 私の特異性を除いても、学園で得た知識を駆使しなければいつぞやの事故でもっとひどい目に遭ったり、それ以前に大きな失敗をしていたかもしれない。


「何よりも軍なら従師であってもそれなりの待遇だからね。辺境で人に使われるよりはいい暮らしができると思うよ」

「それじゃあお姉ちゃんはどうしてここに戻ってきたの?」

「約束があったからだよ。それは果たしたはずだからいずれここを出ていくかもしれない」

「ここで生活できるくらい稼いでいるのに?」

「それをよく思わない人もいる。

 言われていない? 『貴方だけ魔法を習ってズルい』って」


 エーダがわかりやすく顔を顰める。


「だから似た環境の人と一緒の方が楽だよ。

 必ずしも良いとは言えないけど、無い物ねだりが敵意、殺意になれば手がつけられない」

「私は……」

「魔術が使えるのは確かに特別。でも良いか悪いかと言えば微妙。なぜなら平和に街で働けず、兵士か探索者といった荒事に道を絞られてしまう。

 なら、その中でもきちんと国が管理する軍人が無難なんだよ」


 人類は終末を目前としている。それでも終わらなかったのは魔術を手にして抗ってきたからだ。ゆえに身分に限らず魔術師の卵を国はかき集めるし、優遇もする。代わりに魔術師は人類の盾として剣として戦う義務を課せられる。

 この国では騎士剣と騎士術の確立を経て、背水の陣から一歩踏み出す力を得たが、世界のほんのわずかな地域の話でしかない。


 ─────学園で論文を読み漁っていた時、私は挟み込まれて忘れられたメモを見つけた。


『この国は滅びの時を迎えているのかもしれない。

 名ばかりの魔術師が特権に縋り、義務を投げ捨てて椅子を磨くことばかりに執着している』


 何かの書き物の途中で上層部への愚痴に筆を滑らせてしまったのだろう。先生が現れるよりもきっと前の時代の誰かの言葉。当然書き残すわけにもいかず、誰かの目に触れさせるなど以ての外。原稿から除外され捨てられるはずだった一文。

 これを書いた人は果たして現国王がこの文章に同意するように行った王国の刷新に立ち会ったのだろうか。

 幸いにして王国は立ち直り、今がある。それでも魔術師を軽んじる事はできない。騎士の出現を嘆く声こそあれ、それでも国は十分に手厚く扱っている。


「……うん、検査受けてみる」

「そう」


 教官だって人間なので色々いるし、兵士になった後の上司も様々。上手くやっていけるかは結局運だよ。なんてことを言って不安にさせても仕方ない。そんなの何処でもどんな仕事でも条件は同じだ。


 自分のベッドに戻っていく『後輩』を見送りながら、私は足元で丸くなるウィロを撫でるのだった。

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