第27話

 森は騎士団が入り込んで掃討作業を行なっている為、まともに狩りをするのは難しい。そうなると私に外出する理由はほとんどない。

 と言うわけでカリスちゃんに加え、魔術師適性を見せた二人と共に学園の授業をかいつまんだ説明を行なっている。

 教科書を思い出しながらだから言葉使いが変に丁寧になるのは突っ込まないでいただきたい。


「魔術は厄災で世に魔力が噴き出した後、百年ほどして発見された技術と言われています。

 あなた達同様、感覚的に魔力操作を会得した人達の中に偶然魔術として発現させる方法に気付いた人がいて、そこから前時代の魔術は広がっていきました」


 これには諸説あるけど根強いのは「真説」に触れて魔術のありようを盗み見たというものだ。

 眠りにより触れる魂の原型。その奥にはこの世のあらゆる真実が秘されているという。古の魔術師はここから魔術回路図を得たとされている。

 ただこの「真説」は人間の身に余る程の情報量を有していて、触れた瞬間廃人と化したと言う話も一緒に語られている。


「私たちも眠った時に真説に触れる可能性があるってこと?」


 カリスちゃんの質問に私は少し迷って頷く。


「真説の存在が証明されたわけではありません。

 あると仮定しての話になりますが魔術を使い、疲弊した魂を癒す必要がある以上、魂の原型に触れその先の真説に至る可能性があります」


 そう言って、改めてカリスちゃんを正面に据える。


「『真説に触れる方法』というものがあります。

 魂が損壊するギリギリまで魔術を行使する。深く傷ついた魂はより原型に深く触れ、真説に至るというものです。

 ……この仮説が正しければカリスちゃんはうっかり真説に触れる可能性があったってことね」


 言われて目を瞬かせるカリスちゃん。何かを思い出そうとするけど、多分真説に触れてはいないと思う。


「ただ、この手段は他の物と比較すれば可能性の高い物とされていますが、それでも成功率は非常に低いとされています」

「そうなんですか?」

「高ければもっと多くの魔術が知られているでしょう」


 数百年の歴史で多くの魔術師が望まぬとも限界の戦いを繰り広げてきたはずだ。母数が大きいのだから、成功例はもっと多くあるべきだ。


「ある国で行われた実験では百人が試みて半分以上が死亡。死なないにしても魂が癒せないくらいに壊れて廃人に成った人がさらにその半分。残りは生き残ったものの何も得られず、結局新たな魔術回路図を得るに至らなかったとあります」


 予想を遥かに超える酷い結末にカリスちゃんは絶句する。


「ともあれ人に齎された回路図は共有されました。この大陸で知られている限り、最初の魔術は〈火槍〉と言われていますが、上級、最上級魔術の回路を垣間見て発動できなかったかもしれないし、得た知識を誰にも伝えないまま死んだ例もあるでしょう。実際各国には他所に伝えていない秘匿された回路図があると言われています」


 『人類の危機なのだから知識を共有して手を取り合う』なんて考えはお花畑に過ぎる。魔物に追いやられるばかりの人類にとって、他の生存域を持つ人間の方が勝ち目のある獲物であり、秘匿は当然の選択だった。


「数百年を経て幾つかの集団が合流し、国家を形成。その過程で複数の魔術回路図が知られる様になりました。基礎的な中級魔術は各国が把握済みとされています」


 〈火槍〉〈火玉〉〈水刃〉〈石弾〉あたりがそれ。もちろん他にもあるけど魔力外殻の魔物に対して効果的な魔術として知られ、伝えられた。


「これと同時に初級魔術も複数発見されていて、〈水作成〉〈発火〉〈光〉〈土操作〉〈冷却〉などはよく使われています。

 〈魔力探知〉と〈見えざる手〉は魔術の範囲に含まれないので注意してください」

「どうしてですか?」


 炊事組の一人エーダからの質問。


「人の持つ保有魔力に引かれて集まった魔力を魔術回路に通して行使するのが魔術だからです。〈魔力探知〉と〈見えざる手〉は保有魔力そのものを扱う為、魔術の定義の外になります。まぁ、原初魔術と呼ばれることもありますが」


 よくわかってない様だけどこれは初級魔術を覚えたら納得することだ。


「話を戻しますね。この発見された魔術をそのまま覚えて使うというのがその後の魔術師の在り方でした。しかし三十年ほど前、真説から与えられるだけだった魔術回路図は様々な回路の複合であり、既知のものから新たな術を作成できると発見した人がいました」


 もちろん先生のことだ。

 授業でこの名前を聞いた時は首を傾げ、『王殺し』の逸話が続いて変な声を上げそうになった。


「その中でも〈放出〉と〈変質〉の発見は魔物の魔力外殻に対する理解を深めました。これにより王国では中級魔術を習得できる術師が増加し、騎士剣と共についに域外の拡大を堰き止め押し返す力を得ました」


 魔術の研究には執着しても、発見したものが齎す利益や社会的影響を全く考慮しない彼女はこれらを含む基礎論を無造作に公開していた。それは魔術基礎論として編纂されその有用性が確認されるや否や瞬く間に周辺国に広まった。その一方で王国は騎士剣や魔銀水の製法を隠匿し今なお諸国に対する圧倒的な優位性を有している。

 新たな魔術理論は諸国でも魔術師を増産。各国も王国や他国に相対するより魔物への反抗に全力を注ぐ方向に舵を取った。これを歓迎するとして王国は諸国と共に相互不可侵条約を締結。その代わりに参加国へ一定数の騎士剣の販売を行うとした。

 ……まぁ、この騎士剣については「出来損ないの処分」だったり、「補修費用で更に儲ける為の仕掛け」だったりと色々言われているわけだけど。


「私たちは魔術師になれるんですか?」


 炊事場その2のヴィーが手を挙げて問う。


「それはあなた達次第です。

 あえて言うなら術式の解析によって『魔術師』の条件である中級魔術習得の難易度は大きく下がりました。かつて数少ない魔術師の中でも上級魔術師を扱えたなら奇跡の様に崇められていましたが、この国の現宮廷魔術師は全員上級以上の魔術を使えますし、それ以外にも各魔術師団に使い手が居ます。

 初級魔術の習得に躓かず、努力を怠らないなら必ず届くとまで言う人もいます」


 カリスちゃんが何か言いたげにこちらを見ているけど拾わない。私だってなれるなら普通に魔術師になりたかったよ。


「ここまでが簡単な魔術の歴史。

 もしどこかの修練所に入るなら役に立つから覚えておいて。

 ここからは基本的な練習の繰り返しになるけど、今日はここまでね」


 魔術の才能があるからと各自の仕事を他に押し付けるわけにはいかない。三人はそれぞれに私に礼を言ってその場を後にした。


 さて、内心が少しやさぐれているからウィロと戯れてくるかなー。

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