第26話

 一通りの、しかし表面上の事情説明をすると団長さんは渋面で暫く考え込んで「また来る」と立ち上がった。流石に領地持ち貴族の領主様から勝手をするわけにはいかないようだ。領主様の考えの通りになったけど、確か職務権限で侯爵相当の爵位を持つ術師長に通じるのだろうか?


 まぁ、団長さんの話だと私に興味を持っているわけではなさそうなんだけど。


 あと、去り際に「第四の連中に会うな、このまま大人しくしていろ」とも言われた。団長さんにばれたのだから割り切って挨拶しようかと思ってたのに何かあるのだろうか。説明はしてくれなかった。というか、説明を嫌がった。何故? 不安しかないのだけど。


「セラ、何か問題かい?」

「私が急に居なくなったから心配してくれてたんだって。何度か雇われてお手伝いしたことがあったんだよ」

「そうかい。流石は王都の騎士団を纏めるだけはあるね、あたしが振り解かれそうになるなんて久しくなかったよ」

「いや、母さん。相手騎士なんだけど……」


 戦士を自称する人が騎士を抑え込むとか普通あり得ない。それも上級騎士でたる騎士団長相手にとか母さんまだ余裕で現役張れるでしょ……

 むしろ私の件が無かったら母さんが勧誘されていたんじゃなかろうか。


「そういえばセラ、あんた私に用があったんじゃないのかい?」

「あー……そうだった。団長さん、井戸を借りに来たんでしょ?」

「ああ、水の確保に苦労しているようだね」

「だから孤児院分は私が補填しようかって」


 言いながら〈水作成〉し、それを〈見えざる手〉で保持する。


「補填って、何人分だと思ってるんだい?」

「騎士団に雇われて遠征の時の騎士団員分賄ってたから」


 そう答えると母さんはポカンとして、それから頭痛を堪えるように顔を顰めた。


「あの人、あんたを勧誘する気だったんだろ?」

「……はい」

「助かるけど、異常の域に足突っ込んでる自覚はしておくんだよ?」

「学園でその辺りは学んできたつもりです。

 学ぶ前に団長さんに雇われて、第四騎士団の皆さんにはバレてるけど」


 母さんにも異常と言われてしまった。

 辺境において異常は武器になる。母さんの騎士にも劣らない力もその一つだ。だけどそれ故に目立つ。結果、色々な人に目を付けられて、相応に苦労したそうだ。手の内はなるべく見せるべきじゃない。無闇に目立つなという警告だった。


「ともあれ水だね。それなら庭の樽と炊事場の甕に詰めておくれ」

「はぁい」


 言われた通り庭の樽を〈水作成〉で満載にすると炊事場に移動。その途中でウィロが年少組に絡まれているのを発見する。普通の動物みたいに叩かれたり毛を引っ張られたりして悲鳴を上げることは無いのだけど、逆に狼や魔物への警戒心がなくなりすぎるのがちょっと怖い。母さんが上手くやるとは思うけど。


 なお、ウィロも子供には興味があるようで割と楽しそうにしていた。そのまま素通りして炊事場へ。

 年長組女子が朝食の片付けをしていた。


「あれ? セラ姉さん?」

「水の補給に来たよ。水瓶どれ?」

「え?」


 私をしげしげと見てももちろん桶などは持っていない。

 そのまま観察されていても埒があかないので目的だろう甕を見つけて「これ?」と問えば彼女は慌てて頷いた。


 さっさと〈水作成〉でそれを満たす。隣の甕も同じ用途の様なので続けて満たす。


「すごーい!」

「え? 一瞬で!?」

「魔法!?」


 他の子まで集まってきた。


「姉さん! これ、私にもできますか!?」

「あー、魔力に触る才能があれば差異はあれどこのくらいはできるかな?」


 私の場合初級魔術は魔力量のゴリ押しであっという間に満載にできるけど、世の従師だと柄杓で注ぐくらいの速度のはずだ。上級魔術を扱えるほどの魔力量なら同じことができるはず。まぁ、そんな魔術師様が水汲みなんてよっぽどでないとやらないだろうけど。


「今、騎士団とか来てるから、多分調査隊も同行していると思うよ。

 その人たちの検査次第かな」


 騎士剣の技術を応用して扱える魔力量を計る装置がある。感覚としては大きさの違う杯が用意されて、それぞれの容器を満たせるかどうかという程度の曖昧なものだ。私は最大容量の容器を満たしたのでファストの入学資格に達した。

 

 ……今思えばあの時、装置が異常動作して調査隊の人が慌てていたけど、やっぱり臨界反応とかそれに近いものだったのかなぁ?


「魔術が使える感覚がある子が居るなら少しは見るけど」

「使える感覚ってどんな物ですか?」

「体の内側にある何かが周囲にある似た何かを動かしている感覚」


 女の子たちが顔を見合わせる。わからないよねー……私も言いながら「何言ってるんだろう」って思うし。

 そもそも五感以外の感覚なんだから言葉にするのは難しい。


 と言うわけでいつか読んだ論文を思い出したのでそれを試してみる。


「じゃあ目を閉じて深呼吸してから手を延ばす。その指先が伸びて遥か先の何かに触れる想像をして」


 素直に従う一同。これ、〈見えざる手〉と〈魔力探知〉のどちらかが発動する可能性があるらしい。魔術師候補、即ち保有魔力が一定量以上あるなら外への放出はそれほど難しくないし、だからこそ調査団の装置も稼働する。


「あっ?」


 声は一つ、それと同時に壁が軽く叩かれる音。

 指さす手先を見れば声を上げた子と音の先は別。

 どうやら二人ほど魔術師候補が居るようです。

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