第25話

「早く天幕張れ! 日が暮れるぞ!」

「兵站保管所はあっちだ!」

「おい、誰か手を貸してくれ!」


 と、こんな感じで街が急に騒がしくなったのはあれから一月後のことだった。

 ちなみに孤児院に来るまでに見た光景です。


「第四騎士団が来るのはあるかなーって思ったけど、第一護衛兵団も一緒って……」


 確かにこの辺境域外は他国にまで広がる国内どころか大陸で最大規模の域外で、ここから溢れ出しが起きれば小国くらい軽く飲み込まれると言われていた。だから力を入れて間引きを行おうというのは理解できるけど、第一護衛兵団が同行しているのは普通じゃない。第一護衛兵団の総長は筆頭宮廷魔術師。つまりこの兵団が動いているということは宮廷魔術師長が同行しているという証左だ。

 ……間引きでなく先生が目的なんだろうね。


「それでアンタ、間引きが終わるまでぐうたらしているつもりかい?」


 孤児院の食堂。大きなテーブルの片隅でぐてーっと上半身を投げ出した私に母さんが呆れたように問う。


「研究とかに充てるつもり。どうせ域外には入れないし、家にいたら呼び出されそうだし」

「呼び出されるって、アンタ領主に雇われたんじゃなかったのかい?」

「領主様も承知だよ。というか静かにしておけってさ」

「じゃあ誰に呼び出され……アンタ、王都で何かしたのかい?」

「咎められるようなことはしてないよ」


 少なくとも私はまじめに勉強をしていただけだ。何もしていないとは言えないけど、先生の指示だから私に責はありません。


「手伝うから、しばらくお世話になります」

「色々とお金を入れたりしてくれてるし、無碍にもしないけどね」

「他の子に面倒が出そうならすぐに出ていくから」


 母さんとしては域外を歩き回れる私よりも子供たちを心配して優先するのは当然だ。騎士団も護衛兵団も基本的に貴族だ。孤児に対してどんな扱いをするか知れたものじゃない。第四の皆さんはそんな心配要らないと思うけど。


「……それじゃ手伝いとかは要らないから、魔術師になれそうな子を調べてくれないかい?」

「あー、でも調査団も一緒に来てると思うよ?

 特に今回は第一護衛兵団も来てるし」

「だから不当に扱われる前に、ね?」


 何をもって不当とするかにもよるけど……流石に王都の兵団と随伴した調査隊が不当な選別をするとは思えないかな。地方教練所の調査隊については嫌な噂をたまに聞くけど、魔術師候補を無下に扱えるほど世界は安定していない。事実だとしても直ぐに査察と是正が入るようになっているはずだ。

 そんな正論は置いておいて、母さんの依頼にケチを付けるわけがない。


「わかった」

「よろしくね」


 そう言って母さんは家事を手伝う子たちを呼びに離れる。

 これから掃除と洗濯の時間。男子どもは総出で水汲みとかだ。この孤児院には専用の井戸があるのだけど、二師団も急に増えて街の井戸は間に合うのだろうか。

 ある程度は随伴の従師が補うにしても一時的に人口が倍近くになっている。地下水脈は豊富だけど川の無いこの街は井戸に頼るほかなく、ここにも人が来てもおかしくない。


「あー、母さん?」


 水ならいくらでも出せる。そう思って洗濯の準備をしているだろう井戸の方へ向かった私は、ばっちり彼と目が合った。


 即座に身を翻した私に襲いかかる風と圧。騎士の屈強な体躯が騎士術の加速に運ばれて背後にあった。


「ぐ……?」


 でもその速度に乗ったのは一つじゃない。


「うちの子に何か用かい? 騎士様?」


 驚きと共に振り返ると、私に手を伸ばす青年の姿と、その手首をガッチリと掴む母さんの大きな手があった。


「へ、辺境軍の方で?」

「辺境の戦士崩れさね」

「ご冗談を」

「貴族様の冗談は嗜んでないね。それよりいきなり女の子に襲いかかるなんてどういう了見かしらね?」

「襲いかかったんじゃない!

 知ってる顔だからつい!」


 お母さんが私を見る。逃げようとした手前どうしたものかと一瞬迷ったけどこのままじゃ団長さんが犯罪者になってしまう。


「……王都でお世話になった騎士団長さんです」


 私と団長さんとの間を数度視線が往復し、その手首を解放する。

 お互い騎士術を使っていたのか、渦巻いていた圧がふっと溶けた。


「何で逃げようとしたんだい?」

「退学になった後、顔を合わせないまま王都を出たので、気まずかったんです」


 嘘だけど。それっぽいことを言うと母さんは溜息一つ。


「込み入った話があるなら院長室を使いな。

 それともあたしが立ち会った方がいいかい?」

「あー」

「お借りします」


 団長さんが真面目な顔で即答する。私から話なんて挨拶なく王都を離れたことくらいしかないんだけど、何かあったっけ?

 いや、騎士術まで使って逃がさないと動いたんだから、先生がらみの指示を受けているのかな……


 母さんが「大丈夫?」と目で問うてくるけど王都の知り合いで随一と言えるくらい紳士だ。さっきの行動は驚いたけど過度に警戒する必要はないと思う。大丈夫と頷いた。


 団長さんを案内して院長室へ。ここは名前的に母さんの部屋の様だけど、院長としての応接や書類仕事に使う仕事部屋という扱い。母さんの個人的な部屋は別にある。


 部屋に入ると応接用の机へと案内した。


「あー、さっきは突然悪かったな」

「いえ、私も思わず逃げてしまったので」

「どうしてだ?」

「気まずかったのは事実ですよ?」


 ここまで歩いている最中に思い出したけど私が王都を去って直ぐに遠征計画があったはずだ。退学は確実だったこともあり雇用契約を結んでいたわけではないけど、その辺りで怒っているのかなと気まずい思いが膨らんでいた。


「正式に依頼されていたわけではありませんが、遠征計画に私を当てにしていたかなぁって」

「それはまぁ、苦労したが……

 それよりお前の立場とかそういう理由じゃないのか?」


 問答無用で踏み込んできた。


「魔力量を学園に隠していたんだろ?」

「あー、それは、まぁ」

「ラーヤ殿との関係を隠す為か?」


 やっぱり聞いているよね。

 第一護衛兵団が同行するのがまずおかしい状況だ。少なくとも団長さんはその理由を知らされて当然だろう。


「魔力量と……ラーヤさんは関係ありませんよ?」


 団長は私をしばらくじっと見た後、盛大にため息を吐く。


「お前が退学になった後、術師長が駐屯所にまで乗り込んできてお前のことを聞いてきた」

「へ? 先生、じゃない、ラーヤさんのことでなく?」

「先生って、お前あの方の弟子かよ……」


 驚いたついでに失言した。手遅れかもだけど話を進める。


「えっと……宮廷魔術師長は確か導師じゃないですよね?」

「元導師だな。そして知っての通りファストは魔術の研究機関も敷地内に抱えている。あの人は頻繁に出入りしているし、学園への発言権も強い。

 あの人の編纂した教科書が今の全魔術教練所で使われているからな」


 先生の基礎論を教科書に再編纂したの、宮廷魔術師長だったんだ……

 著者が先生の名前になってたから知らなかった。


「そこから話が転がって辺境に行き当たり、都合よく溢れ出しの兆候があるからとウチの派遣に便乗して護衛兵団が派遣された。

 護衛兵団は間違いなく術師長が出張る口実だがな」

「やっぱり宮廷魔術師長まで来ているんですか……」


 冗談抜きに国の一割くらいの戦力がここに集結している。仮に周辺国の軍が全力で攻め込んできても即座に返り討ちにしてしまうだろう。この国にとって先生の重要性が窺える。


「今、領主に会っているはずだ。

 領主はラーヤ殿のことを知っているのか?」

「はい。一ヶ月くらい前に第一護衛兵団の使いが来て、せんせ……ラーヤさんの件を二人に問われました」

「もう繕う必要もないだろ。

 じゃあ、術師長はそっちに掛かり切りだろうな。ラーヤ殿は王都に帰還する目はあるのか?」

「今の所は無いし出来ないと思います。

 別に口止めもされていないので言いますが、先生は死んでかなり強力な魔物になっていますから、域外から出られない、あるいは出たがらないのだと思います」


 流石にこの話には団長も目を見開いて驚く。それから顔を手で覆って暫し沈黙。


「人の姿を保ったまま、会話する人から転じた魔物……『不死王』の伝承そのままじゃねえか」

「護衛兵団の方もそう言ってました」

「まさか、溢れ出しであの方が敵に回る様なことはないだろうな?」

「断言はできませんが学園で学ぶまではあの人が魔物だなんて考えもしないくらい理性的で、魔物や不死王の知識が無ければ人にしか思えません。

 個人的な事情で敵対しない限りは大丈夫と思います」

「……お前ラーヤ殿の娘だったりしないだろうな?」

「計算があいませんよ。先生は三十年以上前の『王殺し』で死んでいるんですから」

「それは……そうか?」


 先生なら少しくらいの矛盾があっても何とかしそうだという考えは共感するけど。


「親は知りません。ここが私の故郷で実家です」


 ここが孤児院であると思い出した団長は申し訳なさそうな顔をするも、感情を言葉にはしなかった。それでいいと思う。


「ラーヤ殿についてはだいたい理解した。情報提供感謝する。

 それよりお前のことだ」

「はい?」

「第四騎士団に入ってくれ。輜重隊副隊長にするから学園卒と同じく即準爵の立場を与えられるぞ」

「あー……」


 まさか魔術師側より先に騎士団から誘われるとは思っていなかった。領主様にはあんなことを言ったけど、まさか本当とは。

 でも答えは決まっていて────


「今、領主様に雇われているのでお断りします」

「なにっ!?」


 私が断ると思っていなかった団長は、驚きと共に立ち上がるのだった。

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