二章 辺境騒動

第24話

「座りたまえ」


 ある日のこと。域外へ向かおうとした私を家の前で待ち構えていたのは辺境軍兵士のジャック兄さんだった。なにやら緊張した様子に嫌な予感を覚えつつも無視できないので挨拶すると「領主様がお呼びだ」との事。色んな意味で逆らえないので同行し、領主館兼軍の建物に入ると前回呼び出した兵士に引き継がれた。その間ジャック兄さんは何か会話をしたそうだったけど最後まで口をもごもごさせただけだった。

 兵士さんの視線は厳しいが対応が不気味に柔らかいのが気持ち悪い。今日はウィロも一緒で良いとのことで前回と同じ執務室へ。重い気持ちを押して入室すると領主様一人が待ち構えていた。


「朝から呼び出してすまないな」

「いえ……」


 気安い感じにゾワゾワするも顔には出さないように気をつける。


「君に話がある」


 視線で促された先には談話用のテーブルセット。動かない私を見て彼は立ち上がると自らそちらに腰掛け直す。


「失礼します」


 相手は貴族様。学園で覚えざるを得なかったマナーに従って動く。同じ貴族なら招待された側が先に腰掛けるのだけど、平民は常に貴族様優先。許しがあって行動に移せる。まぁ、これにも爵位差だったり子供や配偶者でまた差異が違ったりと、私何の勉強しに来たんだっけと頭を痛くしたものだ。


「よく学んでいる。

 辺境とあって家庭教師の当てもなくてな。

 母に習いはしたが男性としての立ち居振る舞いか怪しい。

 父は最後まで覚えようともしなかったが」


 なんと答えて良いのやら。貴族様方は子供のころからそういう世界で生きているため、常識として身に付いているものだと思っていた。私相手だと大体命令口調で一方的に言われるだけだったのでこんな世間話の受け答えは経験がない。


「まず一つ目だ。ラーヤ殿のことについて、改めて知っている限りを話してもらいたい」

「……今は辺境域外に住むかつて宮廷魔術師だった人。『王殺し』に同行し、その戦いで死んだとされる人です」


 恐らく彼も知っている大魔術師ラーヤの概略。


「……彼女は君の言う通り自らを魔物と称した。君はそうと知って彼女を師と仰いだのかね?」

「いいえ。どう見ても人間でしたからそんなことは微塵も。

 魔物ではないかと考えたのは学園で学んでからです。先日再開した時も自称はしていませんでした」

「彼女が大魔術師ラーヤとは知っていたのだろう?」

「それを知ったのも学園に入ってからです。

 ただ、死亡した事実や年齢と一致しない容姿も含め、後継者……私の姉弟子に当たる人が名前を継いだのかと考えていました」

「魔物であることは驚きも忌避もしないのだな」

「学園で『不死王』という記述に触れました。そこで、もしかしてとは思っていましたので」


 口にした通り、最初は森に住む不思議な女性。学園に入ってラーヤという人物を知った時には娘か後継者だと考えていた。

 けれども『不死王』という存在を知った瞬間、私は半ば確信していた。

 恐らく先生は魔物なんだって。だって初めて会ってから五年程。彼女は何一つ、髪の長さすら変わらなかった。


「彼女は王都への帰還を拒んだ。理由は域外から離れられないからだそうだ。事実と思うかね?」

「私の知識では真偽を計れません。

 しかし『溢れ出し』を除いて他の魔物も滅多に域外の外に出ようとしない実例を踏まえれば、相応の理由があるかと」

「なるほど。確かに魔物が好き勝手に外を闊歩するならこの街はもっと離れた場所に建てられていただろう」


 私は思わず例外を見ようとする体の動きを制した。王も森から出た姿を見たことは無いがウィロは別。その違い────先生が私に求めた『契約』を成せばその制約から解き放たれるのかもしれない。


 領主様は頭の中を整理すべく考え込む。ややあって彼は話題を変えた。


「溢れ出しの兆候がある事を聞いているかね?」

「……聞いてはいませんが、魔物の密度から察するところはあります」

「実のところ私も溢れ出しに立ち会ったことはない。君と同じく過去の事例からの予測だ。主に君が持ち帰ってきた核の数量が懸念の発端だがね」


 最初の数日間はやりすぎたと反省するほどだったからなぁ。抑えてもなお目立つ位には多かったし……

 実はそんな兆候は無く、私のやり過ぎで勘違いしただけとかないよね?


「ラーヤ殿は溢れ出しが起きたらこちらに手を貸してくれると思うか?」

「……」


 即答は難しかった。あの人は恐らくこの街への執着など一切ない。街どころか他人への興味も薄く、私の先生になったのは私が『特例』になったからに過ぎない。


「騎士団や魔術兵団が派遣されてきたら雲隠れするかもしれません」

「ラーヤ殿は国と確執を君に語ったことはあるかね?」

「ありません。

 ……王都で聞いたいくつもの話から、先生が見限っただけと思っています」


 国に仕える貴族に告げるには憚れる言葉だけどそうとしか言えない。そして彼も私の言葉を咎める事なく納得を苦笑で隠す。


「父からあの方の人となりは聞いている。

 『彼女は魔術しか見ていない。魔術とあり、魔術に添い遂げ、いずれ魔術を支配する』

 父にしては詩的に過ぎると感じた物だが、言葉の通りの方なのだろう。

 ……思えば『支配する』と父は言わなかったのか」


 先生は国に大きな恩恵を齎したが、それは先生にとって目的でも何でもない。歩いた時に出来た波紋を国が利用しただけだ。

 あの基礎論だって柵が無ければ面倒で時間を奪われるだけの作業に着手しなかっただろう。なにしろ『基礎』だ。先生からすれば論文に書き出すなど退屈極まりない作業だったに違いない。


「溢れ出しが起きた時、君が頼めば助力を願えるだろうか?」

「私だから、とは考えない方が良いと思います。

 手を出すかどうかは……規模によるかもしれません。

 派遣される騎士団と辺境軍で対処できるなら間違いなく手は出さないでしょう」

「手に負えない規模なら手を出すと?」

「先生は余人に興味はありませんが、人の魔術研究には興味を示します。

 『人間の』魔術を研究するにはもう他人に頼るしかありません。

 ……その研究材料がたまたま私だったわけですけど、域外から離れられないのであれば、街が無くなり付近に人が住めなくなると代わりを用意するのも難しくなります」

「だから近くに街がある方が好ましい、か」


 自分の特異性を話すのは藪蛇だ。その点はぼかして『誰でも良い』としておく。


「……」


 領主様はまるで嘘を見透かそうとするように、黙り込んで私を見る。


「他の人に似たような事を問われたら『気に入られた』と答えておきなさい。

 でなければ君を排して代わりをねじ込もうとする輩が出る」

「あ、はい。気をつけます」


 突然の善意に戸惑ってしまった。学園の貴族と違ってこちらへの物腰も穏やかなのでどうにも調子が狂う。


「実際君が懇願したなら、無碍にはしないのではないかね?」

「そうかもしれません。

 私が魔物と疑わなかった通り、人として会話できる存在です。感情を失ったわけでもありません」


 領主様は再び黙考。暫くして「わかった。ありがとう」と気安い例礼を口にした。この辺りもお貴族様方ならさも当然と礼なんて口にしない。


「話は変わるが、辺境軍に士官待遇で迎えたい」

「先生をですか? それは無理では?」

「いや君をだ」


 目を瞬かせる私。

 ファスト魔術学園の卒業者は士官候補生となり、平民出身であってもいずれ指揮官に就く。貴族位を与えられる理由はこれが理由で士官業務に関する授業もある。

 平民と貴族の差はこの時世でも断崖を跨ぐ。ただ優秀なだけではダメなのだ。だから命令系統の混乱を少しでも緩和するために貴族位を与えざるを得ない。

 で、まぁ、私は落第生なので当然貴族位を持っていないわけで。


「あの、私、落第して中退した身なので間違いなく平民のままですが?」

「内輪の魔物を討伐したと聞いている」


 卸先は階下の窓口なんだから領主様に伝わるのも不思議ではない。内輪で活動する探索者は少ないらしいし。


「騎士団創設後、中央は魔術師を抱え込んで外に出さない。騎士団が派遣されれば事足りると、ここに限らず域外に張り付いた辺境軍は常に魔術師不足だ」


 現王になってからこの国は激動の時代を迎えた。

 その過程で各国が血眼になって確保する魔術師を数多処刑するという、この世界に措いての暴挙を断行した。

 街道整備により脅威的な展開速度を得た騎士がその穴を埋めて有り余る成果を世に示したため批判は膨れ上がらなかったが、魔術師を多く損なった事実は変わらない。残った魔術師や新たに誕生する魔術師の大半は王都の魔術兵団所属となり、残りは各地の貴族が奪い合うという状況になっている。

 騎士が国の果てまで三日で駆けつけるという事実と、そもそも辺境への赴任を希望する人なんて居ないという現実から地方に魔術師が派遣されない状況になっている。


「故に魔術師と同等の能力を持つであろう君に、辺境軍司令と男爵家当主の権限で君に準爵を与え、迎え入れたい。

 そも、君が落ちこぼれと言うなら、そんな君でも内輪で狩れる術をぜひ教授願いたいな」


 この様子だと従師ちゃんのことを知ってても不思議じゃない。下手な回答は命取りだ。


「……剣を木に突き刺して、その柄頭を大鎚でまっすぐ叩きつければ剣は深く差し込まれます」

「?

 そうだな」

「でも、ハンマーの当たり方が少しでもズレるとそうはなりません」

「……なにが言いたいのだ?」

「中級魔術を習得できなかった私は初級魔術で先の例に似た事象を起こし、中級魔術相当の出力を得ることに成功しました。

 しかし例と同じく少しでも制御を誤れば失敗のツケを受けることになります」


 剣と槌の例からすれば良くて空振り、悪ければ剣は圧し折れ、最悪その折れた剣が自分を傷付けるだろう。それが生易しいと思うくらい〈増撃〉は危険な魔術だ。

 それと、恐らく私は無意識に魔力外殻を使っていた。私だから成立する曲芸である可能性はここにきて膨れ上がっていた。


「苦肉の策として編み出した物ですけど、結局中級魔術『相当』の威力が出るだけの初級魔術ですし、認められたとしても中級魔術三種が課題でしたので数が足りません。

 私の評価は変わらずとなります」

「教えられない、と?」

「失敗すれば死亡する事態も起こり得ます。運良く使える人に当たるまで従師を無駄に潰すわけにはいかないかと。

 色々調べられていらっしゃるようなのでご存じかもしれませんが、私の生徒になった子にもそれを教えるつもりはありません。

 ただ、学園で学んだことを伝えれば魔術師になれるかもしれないと思って教えています」

「ではその生徒に施しているのと同じ内容なら、他の従師の教育を受けるか?」


 随分と食い下がる。

 上位者からの繰り返しの要請を最後まで断ってはいけないというのも貴族の礼儀ではあるけれども……


「……申し訳ありませんが……

 暮らせるだけの稼ぎは得ていますので」


 教官役であっても軍属になれば拘束は強くなるし、その紐の先は王都に繋がっている。色々と抱えてしまった身ではそれは……まぁ、宜しくない。


「徴兵も可能だが?」

「その時は諦めます」

「……諦めて国を捨てると?」


 私の口にしなかった言葉を察して彼の目が細められる。


「軍属になりたいなら従師として騎士団付きになっていました」


 毎度大歓迎されたのでお願いすれば多分雇ってもらえた気がする。


「恐れず言うものだ。ラーヤ殿との関係が確実となった君を他国にやるはずがないだろう」

「私が学んだことは学園の教科書に全てありました。そう言う意味ではあの教科書こそ保護すべきです。あの教科書程価値がある物を私は知りません」


 私という個人に価値はない。その意図で告げる。まぁ、保護すると言っても手遅れではあるのだが。

 あのは論文は瞬く間に大陸中に広がっていて、名の通り基礎となっている。先生を『全ての魔術師の師』と言う人は国内外問わず大勢居る。


「では我が家に雇われろ」

「……と、言いますと?」

「役職は適当だ。女中でも家庭教師でも良い。その方がお前にとっても良いと思うが?」

「すみません。理解が及ばないのですが」

「溢れ出しの兆候は王都に知らされ、同時に君とラーヤ殿も向こうの知るところになった。

 ならば次は遠征ついでにラーヤ殿と、そして首輪役として君を確保に来る」

「……」


 あり得ない話では無い。


「その前に領主様に確保されろと」

「そうだ。ラーヤ殿が域外から離れられないならお前を確保したいと考えるのは当然だ。そこに意味があろうとなかろうと念の為に平民一人を飼い殺すなど苦でも無い。

 俺としては辺境領主としてラーヤ殿との橋渡し役兼、優秀な探索者を中央に持っていかれるのは損しかない。だから先に確保する。

 なんなら俺の側室でも構わないぞ?」

「それはお断りします」

「即答するな。無礼打ちするぞ」


 いや、男性としても非がない方なので普通なら大歓迎なんだろうけど、良くも悪くも学園で貴族社会を垣間見てしまったので正直片足でも突っ込みたくない。


「お前も態々辺境まで戻って来たんだ。ここに居座る理由が少なからずあるんだろ?」

「先生からの課題を提出するため。それから探索者としてやるならここが一番立ち回りやすそうだったからです」

「軍属になって安定した生活を得るよりも、探索者の立場……自由度を選ぶなら、俺の提案に損はないと思うが?」

「お暇をいただけないとか、ありませんよね?」

「今の所はな。だが話してみてわかったが、お前はラーヤ殿関連を別にしても随分と面白い」


 お貴族様の「面白い」は動物に向けるそれと変わらないから苦手だ。どんな曲芸を指示されるかわかったものじゃない。


「で、王都と辺境、どっちを取る?」

「……よろしくお願いします」


 こうして私は先生の因果でハクロ家に家令見習兼魔術顧問として雇われることになった。


 ……いや、その役職、何?

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