第23話

 あれから二日後、護衛兵団の人は王都に帰還した。

 もちろん先生は同行していない。彼が単独で域外に向かったことはドゥさんに聞いたけど、先生と会えたのか、会えたとして何を言われたのかはわからない。

 まぁ、先生が王都に戻る理由は無い。あの手紙は王国に対する決別だと私は解釈している。

 あの手紙を残す条件は幾つか決められていた。ファスト魔術学園はその全てを見事に満たし、私は去り際にアレを机に置いた。


 見事というのは皮肉が過ぎるかな。

 でもひと世代分の時間を掛けて先生視点では「何一つ進展がない」って意味だったし……

 私が宿題のために調べた範囲でも、先生が発見した物を利用したものばかり。応用を目指そうとした形跡はいくつもあるけど形になったものは見当たらなかった。


 庇うわけではないけど、先生が残した成果を運用することに限ってはあり得ない程の成果をあげていると思う。

 魔術師は旧来の二割以上増えたとされるし、騎士装備を手にし、整えられた街道を走る八つの騎士団と四つの護衛兵団は以降起きた全ての這い出しの被害を最小限に押し返し、それどころか人類に土地を取り戻した。この結果食糧生産量も増え、伴って人口も増え続けているという。


 これらはすべて現王の主導で行われたというのだから、彼が『愚王』の誹りを受けていることに首を傾げてしまう。勿論先生の出奔と死がその原因と知っているし、先生がそのまま国で研究を続けていたら全く違う世界があったかもしれない。それを考えれば多少の誹りは仕方ないかも知れないけど…王様に対して不敬だけど可哀そうと思う。


「難しいなぁ」


 全く集中できていないけど、ただいま練習中です。

 魔力外殻剣を握るけどこう、構え方というか足の位置というかどれもこれもしっくりこないから側から見たら失笑ものだろう。木に向かって振ってみると傷付けはするものの弾かれてしまった。手首が痛い。

 〈魔撃〉のように射出すれば細い木なら抉り折る程の威力を見せるが、体感〈増撃〉より展開速度が遅いし、淡く輝いているせいで視認しやすく躱し易そうに思えた。まぁ、〈増撃〉と違って簡単には消失せず、数度は引き戻して使えるので一概に劣るとも言い難い。


『とおぅ!』


 ウィロが口に噛んで斬りつける刃は欠けることなく私の腕ほどある枝を切り落とした。私のと全然違うんですけど。外殻形成の経験値の差なのか、振り方の問題か。両方だね。


「体術は専門外だしなぁ……」


 魔導兵と言っても軍人に変わりなく、体づくりや基礎的な体術は授業に含まれていた。しかし立場も体格も貧弱な私は好き放題に地面に転がされていたのを思い出す。

 挙句は「受け身は異常に上手い」と褒められながら空を仰いだっけ。


 剣術も学ぶことができたのだけど、私では幼少から家庭教師に武術を学ぶ高貴な方々と並ぶ勇気はなかったため辞退させていただいた次第。仮に学んでいても魔物相手に立ち回れるようになっていたとは思えない。下手な剣術でなんとかしようと足掻くより無様でも逃げるべきだとも思う。


 今更習うとしても先生がいない。母さんはまさに騎士の戦い方だからとても真似できるものじゃない。同じ孤児院出身者の戦士も十数人いるけどあまり教えを乞いに行きたくない。それなりに配慮をしてくれるとは言え、魔術師は誰も彼も喉から手が出るほど欲しい存在だから得るものよりも面倒が勝るのは容易く想像ができた。


「割り切ろう」


 近寄られる前になんとかする。私の辺境での生き方はそれだと結論づける。ただ魔力外殻盾は即時展開できるようにはしておきたい。試したいとも思わないけど、この前はあっさり破られた〈障壁〉の数倍頑丈で多分半端な中級魔術も防げると思うし。


「あのー」


 遠慮がちな声。振り返れば従師ちゃん……カリスが視線を彷徨わせながら困惑を顔に貼り付けていた。


「質問?」

「質問と言えば質問なのですが……」


 歯切れが悪い。今日は彼女への教習の日でもある。しかし基礎なんてまず自分の保有魔力とそれに集う魔力を感じ、操作する以外にない。彼女は保有魔力を充分扱えているので、集めた魔力を操作して〈魔撃〉を構築し、放つ練習を繰り返してもらっている。

 学園としては入学三ヶ月目位の内容。〈魔力探知〉ができているので一気に省略している。〈魔撃〉も半日の苦心で形にしたのでとても優秀だと思う。彼女が特別なのか、従師はみんなこれくらいなのかは分からない。


「どうして狼が魔術を使っているんですか?」

「どうしてって、覚えちゃったから?

 魔術って一定以上の保有魔力とそれを操作する感覚があれば誰でも使えるものだし」


 理論上と前置けば動物が魔術を使えないと断ずることはできない。術式回路を理解できるかは謎だけど、〈魔力探知〉と〈見えざる手〉を使う動物はいてもおかしく無いとは思う。


「それにあの剣は保有魔力を扱ったものだから厳密には魔術じゃ無いしね。原初魔術とは呼ばれるけど」


 術式回路を通していないものは魔術と定義されていない。人間の決めたことなので世界の真理かは知らない。原初『魔術』って矛盾した区分名作ってるし。


「……私にも使えますか?」


 私は目を瞬かせて、それから考える。

 恐らく可能だとは思う。でも保有魔力の方を使う上にその威力、強度は人間の核である魂の性能がものを言うと思われる。ウィロ基準の私が特殊なだけで普通の人間が使った場合〈障壁〉の方が断然有効な公算が高い。中級魔術に到達したなら〈石壁〉とかの方が早くて硬いと思う。


「できるかもだけど、初級魔術を使えてからだね」

「この印を腕の中に描く、ですよね?」


 少し離れた場所に〈魔撃〉の、つまりは〈放出〉の魔術回路が描かれていた。練習前の講義にて説明のために書いたものだ。

 『腕の中に描く』というのは比喩表現とされるが、学園でもそのように教えている。だから教えたかとしては間違っていない……はずだ。私も通常の魔術訓練の時は同じ感覚でやっている。


 あれ? よく考えたらこの体内に描く回路って魔力製なのかな?

 私の魔術の使い方からすれば、決まった形の回路に魔力を通せば魔術として発動する点は疑いようが無い。でも腕にいくつも回路を物理的に刻んでいたら腕の中がズタズタになってすぐに使い物にならなくなるだろう。上位魔術になればそれがさらに複雑になるわけで……

 肉体は極端な魔力遮断性能を有するから極小の回路が描けるとも考えられるけど……いや、待って。『極端な魔力遮断性能を持つ肉体』に魔力を通すって何?


 生命が宿るものは魔化しない。これは紛れもない事実。

 肉体は魔力を通す。これも事実だ。でなければ保有魔力で集めた魔力を取り込めない。でも肉体が『魔力遮断性能を持つ』為に、魔銀水とは違って『魔力漏洩しない』は矛盾していないだろうか。

 加えて腕の体積内で最上級魔術という複雑にして長大な術式回路を果たして形成しきれるのだろうか。その上で結構な魔力を通しても短絡を起こさないのは何故か。


 ……わからない。


 魔物の魔力外殻とそれに対する魔術干渉を踏まえると、無色の魔力は集めた瞬間から集めた人の色がつくから肉体に馴染む?

 だとすると〈変質〉を伴わない〈魔撃〉は自分に撃つと透過するのだろうか?

 一方で私の場合はウィロの魔力もあるから色違いの魔力が反発して通常方法では痛みを生じている?


「先生?」

「先生呼びはややこしいからやめて欲しいかな」


 思考の渦に飲まれかけた私にカリスが戸惑った声を掛ける。


「じゃあ、師匠?」

「セラで良いよ。落ちこぼれが師匠なんてどちらとも恥ずかしいでしょ?」

「落ちこぼれって……王都の魔術師はそんなに凄いんですか?」


 彼女の評価が過剰すぎる。

 王都出身に限らず魔術師なら内輪くらいの魔物は単独撃破可能だ。一方、辺境探索者で内輪より内に踏み込む人は滅多にいない。

 重量による買取なので外輪で充分数を稼げるならわざわざ危険を冒す必要はないという事情からだと思うけど、その辺りを考慮しなければ辺境上位層でも滅多に踏み込まない内輪でも活動する私は凄いと考えてしまっているのかもしれない。


「一概には言えないけど、それでも中級魔術を使えるから内輪の魔物を倒せるはずだね」


 中級魔術を使える魔術兵が探索者を始めたなら前衛は必須だけど辺境の上位層にすぐに入り込むはずだ。


「魔術師って結構な数がいるんですよね」

「魔術兵団所属を除いても各地駐屯兵も居るから相当な数いるはずだよ」

「国中の域外を全部潰してしまえば良いのに」

「それは無理かな」

「どうしてですか?」

「『奥』以上先に進める人は極端に少ないから。魔術師にとっても魔力が濃過ぎるのよ」


 忘れてはならない。域外は人が住めないから『人類の領域外』なのだ。

 保有魔力の低い人は内輪でも魂に多大な負荷を受けて死にかねないし、宮廷魔術師級でも心奥に踏み込むだけで命懸けだ。踏み込むどころか魔術や騎士術を奮って戦った英雄と先生は人類から足をはみ出した異常者でしかなく、故に他国に比べて十歩くらい先行く王国でも後に続く『王殺し』は現れていない。


 かなり勢力を削った王都近隣の小さな域外なら『王殺し』も可能ではないかと言われていたけどそこは魔道具用の魔石を作るための核の狩場と設定されているため、征伐計画が立つことはまずないだろう。


 域外を彷徨い、魔術を極め、魂を鍛えることで保有魔力量は増え、濃密な魔力への耐性と操作量は増えるとされるけど、ここ十年ほどはどの域外も奥ほどの魔力濃度地域に踏み込む人は皆無。『王殺し』への挑戦権保有者は数えるほどしか居ないとされる。


「あなたも内輪の側まで行けば体験できるよ」

「死ぬために魔術を習っているわけじゃないので」


 全くもって正論です。

 ただその言葉を聞いて私は思う。

 ウィロと私はすでに生きるのに十分な力を持っている。このままなら五年もしない内に一生分のお金を貯めることも可能だと思う。そんな私の目的地なんてどこにもなく、ただ背中に色々なものが載せられるけど振り返ってもまともに見えやしない。


 何も考えず色々な人たちの思惑に揺られていればいずれ呑まれて沈んでいく未来が容易に想像できた。


 先生からは契約を次の宿題と突きつけられたけど、果たして受けて良いものか。あの人の抱える業は周辺国を巻き込んで人類の歴史に影響するものだ。もう盛大に人類の命運を捻じ曲げた後にも関わらずあの人が動けば確実に世界は変革を迎えるだろう。その近くなんて好き好んで彷徨きたくないというのはまともな意見ではなかろうか。


 じゃあ、私の人生の目標はと聞かれると、それはそれで困るのだけど。「平穏無事に生きる」なんてごく普通の願いがありふれた孤児にどうしてか見えなくなっている。


 ……予感というか、手紙を置いて辺境に帰ってきた時点でこんな感じになるのはわかっていた。でも退学の時点で魔術師を諦めないなら先生の教えは必要だし、それなら指示は全うするしかない。実際辺境に帰ってきてからの方が色々と進展があった。学園で学んだことが無駄とは思わないけど、特殊になってしまった私が先に進むには先生の手を借りるしかない。


 手紙を残さなくても自分の魔力量に無自覚な時分に騎士団でやらかしているので後から注目を向けられる可能性はあった。

 自分でも火種をばら撒いてしまった未熟な私は母さんと先生の庇護下で他人に自由を奪われず、自分の身を守れるくらいにはなるのが目先の目標になるのかな。


「もし中級魔術まで習得できたなら辺境軍に顔を出せば良いよ。正規兵として即採用してくれるだろうから」


「私に使えるのでしょうか?」

「皮肉な話だけど、域外で無茶な〈魔力探知〉を繰り返したせいで、あなたの保有魔力は随分と増えていると思うよ。だからあとは根気よく制御を練習すればまず間違いなく届くかな」


 彼女戸惑いながらも嬉しそうにはにかんで見せる。私もそんな普通の喜びを得たい人生だった。


 とりあえず練習再開を促して私はもう一度、魔力外殻剣を作り出す。

 一度形を得たそれは別の形への変形は難しい。欠けた部分の補修は可能。

 つまりこれで術式回路を描くなら一発描き必須になる。

 私も練習あるのみだ。目標も終着点もわかっていないけど進む方向だけは提示されている私は愚直に前へ進むしかなかった。

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