第21話
「うーん……」
『うー?』
ウィロがくりっとした目で私を見上げる。
ついでに集めてきた核がポロポロと転がったので回収袋に拾い集めた。
あれから二日。
光明を見出したはずの私は見事に行き詰まっていた。
理由は単純で中級魔術の術式回路をうまく書けない。難しすぎる。
中級魔術の術式回路は単純に倍程度の長さだ。魔力外殻を扱うこと自体今までと違う感覚で難しいのに初級魔術分を超えたあたりから維持と描画の両立が苦しくなる。それでも無理に進めれば線が歪んで不格好で不成立なものになってしまう。
昨日はムキになって何度も試した結果、立ち眩みを起こしてしまいウィロに心配されてしまった。
術式をうまく描けたとて更に魔力を注ぎ込まなければ意味がない。果たして人間に出来る所業なのだろうか……
あの時、〈発火〉の術式を書いた時にも難しさを感じていたのだけど、高揚感が勝ってこの事態は全く想像していなかった。
溜息一つ。慣れだ慣れ。練習するしかない。
先生は私に出来ると思って見せてくれたんだ。多分。
……でも天才が人の形をした存在だしなぁ……
「それにしても、多くない?」
『何が?』
「魔物の数。派手に魔力をかき乱しているから目立ってるとは思うけど、それでももう三十は撃ったわ」
練習がてら〈増撃〉を魔力外殻の回路で描き続けている。普段以上の魔力を集めて使っているから魔物に気付かれているのかなとも思うのだけど……
外輪と内輪の境目に立ち、私は核を詰めた皮袋を持ち上げる。結構重く、一人だったらいくつか捨てていくことも検討したかもしれない。
『そう?』
「差がわかんない?」
『きにしてなかったから』
心奥に居たウィロには基準となる程度がわからないようだ。
ただ、前回の間引きは私が王都に行くよりずっと前だったはずだから、そろそろ時期なのかもしれない。
日はまだ中天に登る前だけど引き上げを検討する。これ以上持って帰ると穏やかに見過ごしている人の欲まで刺激しかねない。
……手遅れか。
目立ちなくなければ適量を除いて捨てて行けばいい。でも貧乏性がそれを許さない。母さんへの恩返しもしたいし、これからどれだけお金が必要になるかも分からない。
というか、もうそんな心配をする時期はとうに過ぎているよね。だって二度も襲われかけた。今更だね。
……ただ辺境軍経由で王都に連絡が行く可能性だけは避けたい。『這い出し』を警戒する頃合いとなれば王都から騎士団が派遣される。そして国内最大辺境のここだと第四騎士団が選出される可能性が非常に高い。知り合い経由で中級魔術が使えない私が稼いでいることが知られれば不審に思う人もいるだろう。ただでさえ先生の手紙がどんな影響を残しているのか分からないのだ。
少なくとも中級魔術の模倣に成功するまでは先生の近くから離れたく無い。現時点で当面お金の心配は無いし、暫くはひっそりと練習に徹しようかな……
『セラ!』
「なぁに?」
『見て見て!』
どうしたのと視線を向けたウィロの顔の横に短剣が浮いていた。
正確には、短剣状の魔力外殻……
『とぅ!』
威勢の良い掛け声が「がる」という生音と共に放たれる。それに押されるようにしてその短剣は射出。木の幹を抉って消えた。
『どお? セラの真似!』
褒めて褒めてと見上げるキラキラした目に、不覚にもすぐに反応できなかった。
我に返った私はわしゃわしゃとウィロの頭を撫でるけど……心中穏やかでない。これ、ウィロが魔術を使う可能性まで出てきたって事だよね?
いや、仲間が強くなるなら大歓迎で、張り合う必要は全く無いんだけど……ねぇ?
頭を切り替えよう。
これは私の手札にもなる。
「そっか。純粋な武器として使えるのね」
『飛ぶやつとかとやり合うのに便利!』
それだけじゃ無い。恐らく初級魔術の〈障壁〉より強い盾も生み出せる。核となる魔力がウィロの物だから強度もウィロ基準になるはずだ。
「……あれ? 中級魔術、要らなくない?」
思わずこぼれた言葉をすぐに否定。感情論でなく中級魔術なら〈変質〉による付加特性が実質的な威力を上げるはずだ。
ただ……〈増撃〉は完全に要らない子になった。外殻魔力を扱う為の基礎になったと思えば無価値ではないと思う事にする。
あれ? 外殻ってそんなに気軽に使い捨てて良いものなのかしら?
私は人間だから体そのものが外殻相当。失っても命が削れることは無い。保有魔力の方を〈変質〉させないといけないけどナイフくらいの大きさなら多分数百本は余裕だ。〈変質〉に集中力を削られる方がキツイくらい。
でも魔物のウィロは生命力と同義じゃないの?
「ウィロ、それってどれくらい疲れるの?」
『? 別に?』
魔物の生態はわからないしウィロなら尚更わからない。今は魔力豊富な域外に居るからってのも影響は大きいだろう。この辺りは繰り返して確かめるしか無い。
「今日は戻ろう。もう袋もいっぱいだし」
『おう!』
楽しげな返事を受けた私は街へと翻した。
〈魔力探知〉が外周で戦う魔物や探索者の姿を捉える。やっぱり魔物の数が多いと感じる。一体を囲んで叩くのが基本の探索者が同数を相手にしているような反応もあった。
ドゥさんに挨拶し、辺境軍の引き取り場へ。内輪のものと思われる核はとりあえず別の袋に隠しているので外周、外輪分を提出。ウィロが暇で飽き始めるくらい待って査定分のお金を受け取る。
ちなみに買取金額は核の重さだ。基本的に質量が大きい方が魔力を溜め込める上に域外の中央に近いものがより高い魔力を持っているとされるけど、それを測る手段がない。従って次善の案として計測しやすい「重さ」で金額を決めることになっていた。
「お前がセラキスか?」
用を終えて建物を出ようとしたところで兵士に高圧的な声を向けられた。
「はい。そうですが?」
「ついて来い」
「えっと……何処へ?」
「司令官殿がお呼びだ!」
司令官? 辺境軍の一番上? なんでそんな人が……?
正直兵士に声を掛けられる謂れはあるのだけどそれなら事情聴取になるはずだ。加えて司令官は領主兼任の男爵……英雄の子に当たるれっきとした貴族様だ。
ここで逃げたら犯罪者になりかねない。大人しく従う。
「その獣も連れて行く気か!?」
「はい、そうですけど?」
「そもそも建物の中に入れるな!」
粗相をするなら別だけど……ま、違いを説明する方が面倒になるからこれも素直に従っておこう。
「ウィロ、ごめんだけどちょっと先に家に戻っておいて。
街を出るとドゥさんとかが対応に困るだろうから」
『んー、わかった!』
聞き分けの良い子で何よりだ。開いた窓から飛び出したウィロを驚いた表情で見送る兵士さんはやがて我にかえると「来い!」と相変わらず恫喝するような大きな声で歩き始める。
王都に駐屯する兵と違って地方の兵隊は大体ガラが悪い。犯罪者やゴロツキ探索者を相手取ることもあるため自然とそう言う態度になるのかもしれない。
建物の最上階、立派な扉の前に立った兵士は扉越しに声を張り上げた。
「セラキスを連行しました!」
「……入れ」
返答呆れているようにも感じた逡巡は何なのか。重厚な扉を開き敬礼する兵士の向こうに領主と言うには若いと感じる男性の姿を見た。
英雄の子 辺境領主にして辺境軍指揮官。白狼男爵ヒロイツク・ハクロ。
『王殺し』の無理が祟ったか、齢五十ほどでこの世を去った英雄の子は未だ二十代と聞いた覚えがある。
学園で見た貴族の歴々と一線を画す身体の鍛錬が高価な装束の下に見て取れた。手入れをされ差し込む日差しに輝く金髪はある人を想起させるが、母親では無いとのこと。
「ご苦労。だが、連行しろとは言っていない。
用があったから呼んだのだが?」
「え? あ、え、し、失礼しました!」
チラリとこちらを見る目が「なんでこんな平民のガキに」と言っている。同意見なので気づかない振りをした。多分この人生まれが貴族な人か。
「下がれ」
「はっ!」
キビキビとした態度で部屋を出て扉を閉める。正面を塞ぐ人がいなくなったので漸く部屋が見渡せるけど、相手はお貴族様だ。私は学園で魔術以上に厳格に教わった礼を取ろうとして
「堅苦しい儀礼は要らん。軍の略式招集と考えてくれ」
差し止められたので言葉の通り略式の物に切り替える。
大規模な『這い出し』が発生するなどして平民や探索者を臨時雇用する際、学んですらいない礼儀作法でいちいち無礼打ちするなんて事が起きないように限定的に無礼を許すと言うものだ。なので略式礼も必要ないけど念のため。
当然身分差が消えるわけでは無いので、気に障ったらその場で処刑なんてこともあり得るから、鵜呑みにするわけにはいかない。
部屋にはもう一人、平服を纏った男がいる。騎士の勲章やら階級章はうろ覚えだけど、そこそこ以上の立場なのは片手を超える数の勲章が物語っている。
「……セラキスです。此度は如何様でしょうか?」
「……私のことは知っているようだから挨拶は省こう。
君に用があるのは彼だ」
話を向けられた男が私に向き直り口を開く。
「第一護衛兵団所属、ソレイクだ」
「第一……」
それって宮廷魔術師長直下じゃなかったっけ?
護衛兵団とは騎士が生まれる前から存在し、魔物への攻撃能力を持つ魔術師をその身を挺して守ることを目的とする部隊だ。騎士盾が生まれる前はその殉職率の高さから『貴族の墓場』とも言われていた。
対魔物戦闘の要である貴重な魔術師の数を増やして維持すること。これは長く人類の大指針となっていた。魔術師の命さえ守れれば他に何も求められない『肉の盾』。最初は犯罪者や奴隷などを用いていたが、あまりの士気の低さに逃亡壊滅が多発。多くの魔術師を損なう事態を幾度と生じさせた。
そこで貴族の誇り、家名を背負いながらも家督に絡まない第三子以降を集めたのが最初の護衛兵団と言われる。そのままでは平民落ちする貴族生まれが近衛に抜擢され、新たに叙爵されることを夢見、しかし無情にも叶うことも稀に多くの命を散らしてきた歴史を持つ。
そんな護衛兵団も騎士盾、騎士鎧の成立によりその有り様を大きく変えることになる。今では「世に護衛兵団を崩せるもの無し」とさえ高らかに謳い、これを否定する声が何処からも上がらない。いくつもの『這い出し』で死者を数えないという驚異的な戦果を残している。
「私は護衛兵団長並びに術師長の名代としてここに来ている。
ラーヤ前術師長について、知っていることを洗いざらい話してもらいたい。
必要なら両権限において君を王都に連れ帰れとも申しつけられている」
淡々と述べられた言葉に私は表情を崩さず、内心で「早いなぁ」と感心する。
「私としても父の相棒について、興味がある。ぜひ聞かせてもらいたいね」
男爵殿の目は「逃がさない」と語っているけど、ここから逃げるほど命知らずでは無い。二人とも騎士術使いだ。騎士術を持たず、魔術展開も遅い私では抵抗する暇も与えられない。
しかし、言葉を重ねたところで納得を得られるかわからない。なので決定的な言葉を向けるとする。
「私の知ることなどたかが知れていますので、直接本人に伺った方が良いかと」
その返事に領主様も使者様もぽかんと目を見開き、直ぐにバネでも仕込まれていたかのように腰をあげる。
「ら、ラーヤ殿が生きているのか!?
いや、そんなはずはない多くの者の前で埋葬したと聞いているぞ!?」
「昔のことは存じ上げませんが、先生────ラーヤ師が『王殺し』の際に亡くなったのは事実です。本人もそう語っていました」
「死者と、話したと言うのか?!
いや────まさか!?」
護衛兵団の青年がその可能性に気づき、しかし倫理上の問題が引っかかって続きに詰まる。
このまま沈黙が続いても仕方ない。
「私の知る『ラーヤ』は魔物として域外で暮らしています。
ですが、生前の先生と全く同じ人物、同じ記憶を有しているかは私には判断しかねます。
ですから私が間接的に語るより、より良く知る方が直接お会いになる方が正しい解を得られると思います」
「不死者化……それも記憶を失っていないなんて伝説の『不死王』ではないか……!」
氷と鋼の混合物のような雰囲気を纏っていた使者さんが、完全に動揺で崩れていた。口にしながらも信じられないと声を震わせる。
域外の無機物は魔化する。そして核に至れば魔力を集めて魔物化する。
それは命を失った人の死体にも起こりうる現象だ。おおよその場合は魔化する前に土に帰ってしまうのだけど、ごく稀に動く骨や幽霊と称される魔物として域外を彷徨う物が現れる。その際に生前の特徴を反映させた魔物になることがあり、会話をする個体も確認されている。これを『不死者』と称する。
しかしほぼ全ての不死者の発言に知性は見いだせず、生前口にした言葉を不規則に繰り返しているだけと記録されていた。行動も人の形をしているだけで魔物と大差ないらしい。
そんな中、例外として広く知られているのが『不死王』と呼ばれる域外の『王』。遥か彼方の、災厄発生直後の記録にのみ残る存在だ。もし本当に実在するのならば災厄前の世界を知る生き証人───死んでいるのだけど───の為、いくつもの国や探索者がその存在を追い求めたとされる。
「ただ、居ないと騒がれても困るのであらかじめ言っておきます」
じゃないと先生、普通に意地悪するからなぁ……
「先生は先生が会いたい時にだけしか出てきません。私が望んでも隠れられればどうしようもありませんし、心奥近くに引きこもられたら流石に踏み込めません。
私に同行を求めたところで先生の気分次第です。そこはご理解ください」
護衛兵団さんの表情が私の言い訳を疑うように険に染まるのを見ながら、続きを口にする。
「先生が王国をどう思っているか。
ご承知とは思いますので」
締めた言葉に二人の表情が一転、苦いものへと変わる。
そのあたりの一切を知らないままに生徒になり、運び屋にされた小娘としては、権力者に乱暴な手段にでないで欲しいなと祈るしかなかった。
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