第20話
『核』とは何か。
長い時間魔力に晒され続けた物質が『魔化』という状態変化を起こし、魔力を収集する性質を帯びたもの。
『魔物』とは何か。
核が集めた魔力量が一定を超えると魔力を〈変質〉させて〈魔力外殻〉を獲得する。何処かから得た情報に倣って動物に似た形状に〈魔力外殻〉を変形させ、その動物の様に動き始めた物。
中心の核を破壊するか、形を維持できない程魔力を損なうと崩壊する。
魔物に初級魔術が通じないのは何故か。
大気を漂う魔力は形式上『無色』と称される。それが保有魔力に引かれるとその性質に染まっていき、更に術式回路に含まれる〈変質〉を経ると色濃く変化する。この状態を『色付き』と称す。
魔物を構成する〈魔力外殻〉は〈変質〉を経たものと同等かそれ以上であり、それを塗り替えるには〈変質〉と〈放出〉の二段階を組み込んだ中級魔術以上でなければ意味がない。色の濃さが相応にならない。
初級魔術でも〈変質〉を介する術はあるが、〈発火〉や〈水作成〉などその場に生み出すだけになる。これを〈火槍〉や〈水弾〉などの攻撃手段に変えるには〈放出〉を組み合わせる必要がある。故に中級魔術以上が必須とされている。
……考えようによっては〈発火〉の火を直接魔物に押し付け続ければ損傷を与えられるのだけど、ただの自殺行為なので考慮外。
そんな基礎知識をつらつらと思い返しながら地面に描くのは〈発火〉の回路。もちろん地面に流した所で魔銀水も使ってないこれを魔力が正しく走ることはない。
「ウィロ、これを魔力で作れる?」
『ん?』
じっと地面の図柄を眺めたウィロが魔力を動かした。しかし、見えない。困っている感じから要求通りにできている様子はない。
「えっと、ウィロの外殻と同じように作れる?」
『どゆこと?』
こてんと首を傾げる狼。核が外殻を得るときに思考しているとは思えない。つまりは本能的なもので意志を持って形作られたわけではない。
確かにそうなのだろうけど───
「あー……そうだ。ウィロって二年前より随分大きくなったけど、どうして?」
『これくらいないと闘うのに不便だったから!
母様位大きいと木に引っかかるけど!』
「今も大きさ変えられたりするの?」
『んー? 爪を伸ばしたりはできるけど、無理!』
「……その爪って切ったら痛い?」
前足を上げてその指先から爪を伸ばしたり縮めたりする姿がかわいい。
それはさておき。
そも魔物の外見は変質した魔力で血肉ではない。首を落としても魔物として必要な魔力量を保っているなら動けるのが魔物という存在だ。ならば爪とは言わず例えば目を抉りだしても『量』は僅かなので影響は少ないはずだ。
『やったことない』
「……痛覚ってあるの?」
『なにそれ?』
「痛いとかそういうの」
そう会話をしながら……自分の察しの悪さ、頭の回転の悪さを改めて自覚し嘆く。
ウィロが特別なのは『王』からの話で承知しているけど、だからって気にすべき点は山ほどあった。いくら『域外』の傍だと言っても、内輪の魔物を蹂躙するウィロが『域外』の外でのんびりしているのはおかしい。頭を撫でれば喜ぶし、普通にご飯食べてたよね。排泄をしている所は見ていないけど。
『痛いは痛いよ?』
「えっとね」
ウィロの首に抱きつくようにして両手で目を塞ぐ。
「見える?」
『真っ暗』
両手が塞がっていなければ頭を抱えていた。魔物の耳目もまた模倣した形状の一部という意味しかなく、強い光や煙幕などによる目眩しは無意味とされている。私の〈魔力探知〉よりも広い知覚も持っているから他の魔物の知覚も併用しているのだろう。
手を滑らせ柔らかい毛並みに指を通せば抜け毛が……ない?
ちょっと強めに引っ張ってみるけど自分の髪を引っ張るのとは少し感覚が違う。思いっきりわしゃわしゃと摩ると『え? 何!? 何!?』と何やら楽しそうに振り返る。軍の飼っていた犬は見たことがあるけど、明確な意思疎通ができることを除けば、変わらない反応に思えた。
「……ごめんだけど、毛を一本、切り取っていい?」
『んー? 大丈夫と思う』
魔物としてはかすり傷にもならないはず。きめ細やかな毛の一本を掴んでナイフを当てる。
……切れない。
ちょっと力を入れる。ダメ。
……最も無意味な初級魔術と名高い〈土作成〉で小さな石器ナイフを作成。更に魔力を帯びさせながら、もう一度切る。
切れた。怖いので石器はぽいと投げ捨てる。
……痛み等はないらしい。首を回しても見えない位置なので大人しくしている。
「切ったって分かる?」
『んー?』
分からない程度らしい。でも痛みは知っているようだから……
「そういえば『王』に吹き飛ばされた時って痛かった?
久しぶりに会った時の」
『ちょっとだけ?』
割とひどい音を立てて木に叩きつけられていた気がするけど、その程度らしい。
いや、待て。違う。
魔物同士が殴り合うということは『色付き』の魔力同士がぶつかるに等しい。弱い方の魔力がごっそり削られるはずだし、同格なら相殺が起きてお互いに魔力を失うのでは?
「……王って、森の外に出たことある?」
『俺は知らない。出ちゃダメって言われていたし』
ダメな理由は普通なら魔力濃度によるもの。でもその制限が一番キツイはずの『王』が外周まで出てきているという事実。『王』にとっては外周なんて『域外』の外と大差ないはずだ。
……他の『王』が『域外』の中心から出たという記録がないだけで、別に特別でも何でもないかもしれないけど……
「……」
ウィロに抱き着いたまま唸る。
……
……追加情報。
なんとなく暖かく感じるのは私の気のせいだろうか……
心音らしきものは聞こえないし、生き物独特の匂いは薄い。
気がつけば切ったウィロの毛が消えている。霧散したのだろうか。
疑問は解けず、疲労が溜まる。とにかく、と心の中で切り替えの言葉を唱えて思考を停止。
学園に毒されている。先生の意図通り、私は世界に蔓延る毒を良く学んできた。でも過ぎない毒は薬でもある。その分水嶺を見極めなければならない。
ウィロをギュッと抱きしめて、その感覚を確かめる。
魔力外殻って何なんだろうか。他の魔物も同じように触ることは可能なんだろうか。従魔操術を覚えれば確かめられるのだろうか。
──────私は例外的な方法を知っている。
〈増撃〉────魔力の中に魔力を詰める独自魔術。
試行錯誤の途中で偶然できたそれを、私は「中級魔術には至らない紛い物」と切って捨てた。
〈増撃〉の理論は『物量攻撃』だ。一滴でコップの水を黒に染めるインクも湖の水に対しては無いに等しい。そんな単純な、しかし私にしかできない力技はそれ以上を目指す道が無く、便利使いしながらも研究としては興味の外に置いてしまった。
それこそが大きな間違い。先生は私の〈増撃〉を覗き見ていたのだろう。だから、もう「できる」と思ってあの回路を見せた。
中空に描くのは一本の筒。回路ですらないがうっすらと輝くそれは先生が描いた線と似ていた。そこに魔力を通せば吹き込んだ逆側から拡散していく。しかし筒は消えない。残っている。
私の────人間ではなく魔物に近い魔力が作り出す魔力外殻。改めて描くのは〈発火〉の回路。言葉にできないいつもとの違いに苦心しつつも完成。
深呼吸。中空の術式回路は崩れ去る兆候を見せない。
魔力を通す。そして───
「できた」
世界に定められた印を描いた魔力が現象を引き出す。
指先ほどの炎が術式の先から立ち上がりゆらゆらと揺れていた。
さぁ、次に進もう。
道は───道の一つは開かれた。
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