第18話

「おい、ヴァガーの奴見てないか?」

「ん? ここ数日見てないが?

 他の町にでも行ったかね。アイツら鳴かず飛ばずだったし」

「チッ! マジかよ。貸した金返してからいけよ」

「なんだ? どんだけやられた?」

「まぁ、飲み代一回だけだが」

「それくらい餞別と思えよ」


 先客の言葉に男は「確かに大した額ではないが、気分が悪い」と顔を顰める。


「消えたといえばドゥーホ達が壊滅したってな」


 男の渋面など見ても楽しくないと先客は話題を変える。


「誰だそいつら?」

「ほら、女の従師連れてたヤツらだよ」

「あー、居たなそんなの。

 ん? いや、その従師なら昨日見たぞ」

「おう、壊滅した所を例の魔術師が助けたそうだ。それで従師だけ生き残ったってのは皮肉だがな」

「従師なら生き残っても不思議じゃないだろ」

「ああ? 知らねえのか?

 その従師はヤツらの奴隷みたいなもので、命が掛かったってんなら真っ先に囮に使い捨てられておかしくなかったんだぜ?

 多分不意打ちでも食らったんだろうけどな」

「従師を連れて不意打ちって……どんだけ間抜けなんだ?」

「酷使してたからなぁ」

「使い潰しかけてたってことか? 自分で目隠しするようなもんじゃないか……

 って、今は浮いてるのか?!」

「だったら先に勧誘してから言うさ」


 すぐにでも動き出しそうな男に冷笑を浴びせる。


「シスタさんとこのガキが囲ったってよ。

 魔術師が孤児院出身だから、あの人に相談したらしい」

「なんだよそれ、ズルくないか?」

「ズルいな。だからって『豪風』に恨まれるようなマネをする気はないな」


 シスタのかつての異名を出して先客は嗤う。象徴たる斧は当たらずとも圧だけで吹き散らし、当たれば血肉を撒き散らす。魔術師を嘲笑うような、戦士の理想形のような『豪風』の担い手は魔物すらも言葉通りに蹴散らした。『近づくなかれ』とも言われた傑物は引退してなお畏敬を保っている。


「じゃあ魔術師も売れちまったのか?」

「いや、アレはまだ一人らしい。立派なお供は居るがな」

「なら……」

「この間は内輪の核を持ち帰ったらしいぜ」


 差し込まれた言葉に舌が凍る。

 聞き間違えではない事を滲む苦笑で確認し、男は嘆息する。


「マジかよ」

「多分マジだな」


 いくら魔術師が欲しくても内輪に同行できる戦士がどれだけ居るか。

 二人は言葉無く、示し合わせたかのように候補を脳裏に挙げるが、十も数えられなかった。


「そこまで強い魔術師様がなんで探索者やってんだ?

 そういうのはもっと程度の低いのを含めて全部軍人だろ?」

「軍人じゃない魔術師なんてほとんど見たことないよな。だからみんな好き勝手噂しているが、これってものは無いな」

「例えば?」

「都でお貴族様と揉めて逃げてきた」

「それは、ありそうな気がするが」


 とは言いつつも彼らは正しく『お貴族様』を知らない。辺境軍の司令官はこの街の領主を兼ねたお貴族様の一人だがその姿を見るのも稀だ。また数年に一度間引きに来る騎士にはお貴族様が多いと知っているが、遠目に見るばかりでお近づきになることも無い。

 そういう背景もあって本当か嘘かもわからない噂だけは山ほどあり、そのせいで視界に入ることも避ける。一人歩きの噂で形成されたお貴族様像は気難しく横暴な存在だった。


「他の噂はそれ以下の信憑性って事だ」

「なるほどな」


 訳知り顔をしながらも何かを語りたがっていると見た男は「なんだ?」と促す。


「いや、実はな。

 ヴァガーの一味、魔術師を襲う計画を立てていたらしいんだ」

「襲うって……」


 男は眉を顰める。それは倫理観に沿ったものでは無く、彼が本物の魔術師を見たことがあるが故のものだ。


「あの魔術師、家を買って一人暮らしなんだよ。だから忍び込もうとか話していたらしい」

「らしいって、人の耳がある所でンなバカな事を相談していたのか?」

「まぁ、似たような事話してるヤツ、何人かいたしな」


 魔術師といえども成人したばかりの細身の女性だ。どうにでもなると考えるのはあり得る話だ。男とて手の届く距離なら魔術を使われる前になんとかできるかもと考えていた。


「『家持ち』って意味、理解してないのか……」

「そりゃそうよ。辺境で稼いだ金でならまだ躊躇もあるだろうが、世間知らずの金持ちとか見ているヤツも居るさ」

「いや、実力の点はそういう見方をするヤツも居るだろうがよ。

 それより市民を襲うなんて話、衛兵の耳に入ったら処刑だろ」

「あー、そうだな」


 先客も忘れていたと抜けた声を漏らす。


「まぁ、知らないやつの方が大半だと思うぞ」

「そんなもんかね。まぁ、探索者で家持ち……市民権を買ったやつなんて『豪風』以来聞いた覚えもないからな」

「引退するなら辺境なんかに残らずに平和な土地に行くだろうからな」


 いつ溢れ出しが起きるかもわからない土地なんかで余生を暮らすなど願い下げだろう。引退してなお域外の傍に拘るなんて戦闘狂でもなければ『豪風』のように理由がある者くらいだ。


「魔術師は見た目弱そうだからなぁ。街中でも馬鹿なことを考えそうなのが出てきそうだな」

「見た目で魔術師を判断する時点で『馬鹿なこと』だがな。

 加えて衛兵の前だろうと探索者を殺しても市民権を持っている方はお咎め無しだからなぁ。あっちが暴れ始めたなら別だが」

「おとなしそうだから無いな。それが状況を悪化させているんだが。

 『豪風』みたいに怖……風格があれば全然違うんだがねぇ」


 ここ辺境ではどこに孤児院出身者が居るかわからない。先客は言葉を選んで曖昧に笑う。


 二人は言葉を交わし合いながらその話題をどうでも良い物へとシフトしていく。

 周囲の興味が離れて行くのを感じながら話題とは別の理由で苦笑し合う。


 自虐的と言われようとも探索者とは人材のゴミ捨て場。他の何にも成れず『いなくても良い』とされた人間の群れに過ぎない。


 二人はヴァガー達の末路を察していた。

 故に一芝居打ったのだ。探索者の立場が悪くならないように。しいては自分たちのために「迷惑行為をやめろ」と言外に周囲に告げたのだ。

 真正面から言っても聞く耳も理解する頭もないが、聞き耳立てて手に入れた情報は何故か鵜呑みにするのが学無き探索者の習性と知って。


 二人のテーブルに注文していない酒が届く。 

 あえて出所を聞かず、二人はそれに口をつけた。

 おひねりが貰えるなら芝居を打った甲斐があるというものだ。

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