第17話

「うー」


 簡素なベッドに寝転がり、呻く。

 急に詰め込まれた様々な知識に頭が追いついていない。


 大きな核を素材にして中級魔術を使える杖を作る案は没となった。


 理由は私が焦って力を籠めるだけで核が崩壊しかねない。加えてこの杖の構想が単体の核で制作したものならまた違うのかもしれないが、内部に回路を掘る必要があるため張り合わせになる。臨界反応待ったなしだった。


 かといって魔化していないを材料にする案は論外だ。魔化していない物質は魔力を保持しないから中空に術式を書くよりも望まない結果になってしまう。


 核を材料にしているわけではない魔道具はどうやって成立しているのか。これには『魔銀水』という特殊な材料が登場する。


 魔銀水とは魔石と同じく製法が国家機密としている銀色の塗料だ。魔道具……よりも今となっては騎士剣の要となるもので、魔力が大気へ発散するのを抑えつつ伝達する特性がある。騎士剣の維持補修費用の大半がこの魔銀水の塗り直しと言われており、現状流通の問題で王都以外での補修は難しい。これが全騎士団が王都を拠点とする理由でもある。

 騎士鎧になるとその面積に比例して維持費は恐ろしいほど跳ね上がるという。現在では八つの騎士団でも上級騎士のみ。他は高位貴族の家長くらいしか騎士鎧は所有していない。代わりに騎士盾が標準装備になっている。

 団長さんも騎士鎧を所持している一人だけど、遠征では決して持ち出さなかった。金食い虫を引っ張り出すのは『溢れ出し』の時くらいだそうだ。任務で使用した場合の費用は原則国の予算から出るとはいえ、遠征程度で持ちだしたら財務部から色々と確認という名の苦情が来るとのこと。天下の王国騎士も世知辛い。


 予想はしていたのだけど、先生の口ぶりからして魔銀水は魔石から作るんだろうなぁ……と察しが付いた。これは当面心の奥にしまっておこう。

 

 魔道具と魔銀水に話を戻す。

 魔銀水で魔術回路を描き、魔力を流せば私の魔術と同様に魔術が成立する。

 しかしこれにはいろいろと問題があり、現時点では初級魔術以外の魔道具は存在していないし、存在できないとされている。


 問題その一。魔銀水が魔力を保持すると言っても損耗が無いわけではなく、当然術式が複雑になり距離が延びれば発動の為に必要な魔力は増える。

 問題その二。線の太さに応じて保持できる限界魔力が決まる。限界を超えた魔力を流せば溢れた魔力が別の線へと跳んでしまい術式回路が壊れてしまう。

 この二つをふまえると、中級魔術の魔術回路を描いた場合、それを発動させるために必要な魔力を流せば入口の所で許容量を超えて回路が破綻してしまうのだ。

 加えて出力にムラッ気のある人間では初級魔術の回路でもうっかり強く流して壊してしまいかねない。従って魔道具には一定の出力で魔力を放出する魔石が使用される。今日現在の魔石の用途は魔道具の動力と見做されている。

 一般常識の範囲では。


 以上のことから魔道具は〈発火〉〈水生成〉〈灯り〉くらいしか存在せず、そのほとんどは軍か貴族の家にしかない。そもそも魔石も魔銀水も国が製法と販売を独占しているのだからその総数も大した数でないとされる。

 まとめると魔銀水は回路でなく経路として太く描いても良い騎士剣向きの素材とされている。


 さて私が設計していた魔銀水を用いらない杖はなんだと言う話に舞い戻る。

 私は核に「魔力をその表面に流す」性質を期待した。核は保有魔力と同様、魔力を集めるが、別に内部に貯め込むわけではない。その周囲に堆積していくのだ。つまり核の表面をなぞるように漂う。その現象を利用して溝として描いた回路を魔力が走り抜ければ良いと考えたのだ。

 だから材料に魔銀水は含まれていない。そもそも魔銀水単体での販売はされていないため入手できない。

 空気中なら自然発散する魔力もこれなら発動までガンガン魔力を注ぎ込めば発動に漕ぎ着けるという、私の無駄に多い魔力のゴリ押しを前提とした構想だった。


「臨界反応かぁ」


 いざ実験の段になって貴重な巨大核と共に大爆発を起こさなくて助かったと思うべきか。


「……」


 思考停止して頭を真っ白にするとあの光景が浮かぶ。

 時間をかけて研究した杖の設計が無意味だった衝撃は甚大なものだというのに先生が宙に描いた回路が目に焼きついて離れない。


 私が逡巡していた時間など全く気にすることも無く、魔晶成立まで存在し続けていた。アレができるなら杖なんてなくても中級魔術以上を使えるはずだけど模倣は悉く失敗している。一人で回路構築と魔力の送り込みをする難しさは今更のこと。まず魔力の漏洩欠損率が私の回路と違い過ぎる。特別な道具を使った様子もないから、構築そのものが根本的に違うのだろうけど皆目見当もつかない。


 二重に「杖なんか要らない」と言われた。証左であり答えであるそれを眼前に提示されて真似することすらできない。

 それでも確信はあった。先生は私にできないと思っていない。私ができる手段なのだ、アレは……


『セラ』

「ん」


 ウィロの声に苛立ちを募らせてベッドから半身を起こす。

 ウィロにむしゃくしゃを押し付けたわけではない。寝ていたって聴覚や触覚は働いているように、〈魔力探知〉は第六の感覚として周囲を見ていた。


 反応は二箇所。裏に回っているのは窓を狙ったか、逃亡防止か。


「正面いくつ?」

『三人とおもう!』


 頷いて耳を澄ます。時間は深夜。酒飲みも沈没している頃合いだ。こんな時間に真っ当な客が来るはずもない。忍足なら尚更だ。

 案の定入口の鍵穴から音。でも残念。錠は既になく、代わりに気分転換に設計した特殊な形の閂に取り替えてある。外から〈見えざる手〉など使わない限り解除はできないし、使えても閂の動かし方が分からなければ解くことはできない。

 杖造りを目指す過程で私の工作技能は無駄に上達しているのでした!


 ……気分が重くなった。


 鍵開けの金具に手応えがないと気付いた不埒者が静かに戸を揺らすけど、もちろん閂が許さない。この時点で容赦の必要もない。裏手の一人は動きがない。窓の板も必要以上に開かないように細工しているのでハンマーで叩き壊すとかしない限り簡単には開かない。この静かすぎる深夜にそんな真似はできないだろうから後回しで良いか。


 足音を殺して扉の前に。他の魔術師と違って私の魔術の発動点は中空に描いた術式の先であり、魔力は魔化していない物質を笊のように透過する。

 つまりは扉越しに描いた術式回路から〈魔撃〉を乱射すれば小さな呻きと水音。そしてどさりと倒れ伏す音が三つほど。〈魔力探知〉で確認。裏手の一人以外の反応なし。そして気付いていない。


 窓は私の身長では外を覗くことができない位置にある通気用のものだから大人の男性が簡単に潜ることも難しい。〈見えざる手〉で捻り潰すか。


 ふと脳に走った疑問に動きが停まる。


 〈見えざる手〉は保有魔力を直接操作する原初魔術だ。扉や壁越しでも使用可能なのはまぁ良いとして、これで従師ちゃんを持ち上げたり、核を持ったりできるのは原則に反していないだろうか?


『セラ?』


 っと、今は処理が先だ。正面の動きがない事を訝しがったか裏手の一人が移動を始めた。

 私は不埒者が行こうとする方の壁に近づき、〈見えざる手〉を伸ばす。そして掴んだそれを握りつぶした。

 悲鳴も無く、鈍い音と崩れ落ちる音。それと水音が少しばかり付随する。まるで自分の手の調子を確認するかのように〈見えざる手〉を軽く動かすけど触覚があるわけでも無いので動機も曖昧だ。〈魔力探知〉の反応は無くなったので仕留めたのは間違いない。


 そもそも私の魔術回路は何だ?

 先生の回路には劣るにしてもどうして魔力を通している間、通している魔力に干渉して溶け合ったり崩れたりしない?

 それに先生のあの回路に至っては割と洒落にならない量の魔力を通したはずだ。先生が驚く程の。

 これも原則を考えれば私の魔力が触れた瞬間にあの精緻な回路が僅かにも歪まないなんて意味が分からない。


 保有魔力は魔力と性質が違う?

 でも〈魔力探知〉では確かに人間や魔物に当たって砕けている。砕けてもらわないと探知できない。

 あれ? でもこっちは砕けた『感触』を知覚しているよね? 〈見えざる手〉はそんな感覚は無いのに。


『セラ? もう他にはいないみたいだけど?』


 ウィロの呼びかけに我に返った。割と女の危機だったはずなのに意識散漫が過ぎる。他所で一人探索者を始める方を選ばなくて本当に良かったと思う。


 不埒者の処分は終わっているが、家の周りに死体が転がっているのは大変よろしくない。念のために、そして疑念の確認のために念入りに〈魔力探知〉を放ってみるが、残念ながら……いや、良い事だけど他に仲間は居ない模様。


「ウィロ、悪いんだけど外のを『域外』まで捨ててきてくれない?

 細かい残骸は無視して良いから」

『まかせろー』


 周囲に反応がないのを再三確認して扉を開ける。

 あー、私のせいではあるけど家の前がぐしゃぐしゃだよ。血の匂いに顔をしかめているとウィロが死体を浮かせて戻ってくる。


「あ、入口じゃなくて壁を越えてね。他の人にも会わないように」

『わかった!』


 しっかり横手の方も回収した狼は颯爽と壁側へと走っていった。賢くて良い子です。

 夜で門を閉じていても衛兵はしっかり立っている。死体を持って通りかかった日には緊急を知らせる鐘が鳴り響くことになる。


 水でざっと洗い流し〈見えざる手〉で地面をひっくり返して残骸を埋める。均して終わり。

 いや、ほら、壁を透過できるのに、土を持てる。どういうこと?

 ウィロも死体を持って行ったし……?

 魔力が笊の様に抜ける問題はどこに行った?


 鍵を開けっぱなしのまま外で悩むのは流石に不用心が過ぎるので一旦室内に戻ってため息一つ。だめだ。単純に知識が足りない気がする。このままじゃ結論まで辿り着けそうにない。一旦やめよう。


 扉を眺める。


 それにしても魔術師を甘く見過ぎだ。従師だって〈魔撃〉だけで戦士くらいどうにでもなる。障害物も無い状況での不意打ちならまだしも建物に籠った術師を損害なしでなんとかできるなんて普通考えない。


 あー、でも従師ちゃんは〈魔撃〉を使えなかったっけ。〈見えざる手〉もどうだろうか。辺境はその規模から前線地の中でも危険な方と思っていたけど、もしかしてまともな魔術師どころか教練所出身の従師も碌に見たことがないのかもしれない。

 少なくとも辺境軍には数名居るはずだけど、確かに街では衛兵以外見た覚えがない。大事に温存されているのかな?


「……」


 なんだか疲労がどっと出た。眩暈すら感じる。

 帰ってきたウィロを労いも込めて撫で回してから今日はもう寝ることにしよう。


 明日の私は冴えていますように。

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